1987年〜 経営安定基金3,877億円という持参金から始まった赤字鉄道会社
- 1987年 国鉄分割民営化による発足と、経営安定基金3,877億円を前提とした事業設計 鉄道では黒字にならない会社をどう成り立たせるか——石井幸孝初代社長が基金の運用益に上乗せしようとしたもの
- 1988年 「九州交通企画」設立
- 1989年 「ジェイアール九州オーエーサービス」設立
- 1990年 「ジェイアール九州コンサルタンツ」設立
- 1990年 「ジェイアール九州ハウステンボスホテル」設立
- 1995年 「小倉ターミナルビル」設立
- 1996年 駅ビル・不動産・流通・介護へ広げた非鉄道事業の構築 基金の運用益が細るなかで利益をどこに作るか——駅の上と沿線の土地を収益源に変えた10年
営業損失300億円を運用益で相殺する設計
1987年4月、日本国有鉄道改革法(昭和61年法律第[1]87号)にもとづき、九州旅客鉄道株式会社が福岡市に発足した。国鉄分割民営化の3島会社(北海道・四国・九州)の1社で[2]、設立時点から鉄道事業単体での黒字化が想定されていなかった点に最大の特徴がある。発足時の鉄道営業損失は約300億円[3]、それを補うため国は経営安定基金3,877億円を出資金として注入し、利率7.3%で運用して得られる年間約300億円の運用益で営業損失を相殺する設計とした。同時に約3,000人の余剰人員を抱え[4]、ローカル線の維持と人員調整が経営課題として残された。鉄道インフラ会社が「鉄道では赤字、運用益で帳尻」という構造で生まれたのは戦後経済史でも例外的な設計である。
- 九州旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
- [1]1987年4月 日本国有鉄道改革法(昭和61年法律第87号)により九州旅客鉄道株式会社が福岡市に発足
- [2]国鉄分割民営化の3島会社(北海道・四国・九州)の1社で鉄道単体黒字化が想定されていなかった
- 日本経済新聞(2015年1月30日)/日経ビジネス(2023年4月11日)
- [3]発足時の鉄道営業損失は約300億円、経営安定基金3,877億円を出資、想定利率7.3%で運用益年約300億円により損失相殺
- 日経ビジネス(2023年4月11日)
- [4]発足時に約3,000人の余剰人員を抱えた
設立直後から金利低下が運用益を侵食した。基金の想定利率7.3%は発足当時の高金利を前提としており、1990年代後半以降の超低金利時代には実勢運用益が想定を下回り[5]、運用益で赤字を埋める前提が崩れた。九州旅客鉄道は飛行機・高速バスとの旅客流動競争に対抗するため、ワンマン運転の拡大、列車本数の増加、スピードアップ、新駅設置を順次実施し、メンテナンス費用と駅業務体制も見直した。それでも九州島内の人口減少と過疎化が進む沿線では収益増が限られ、鉄道事業の単体黒字化は遠かった。国鉄時代に法律で原則禁じられていた非鉄道事業への展開が、収益源確保の唯一の選択肢となった。
- 日経ビジネス(2023年4月11日)
- [5]基金の想定利率7.3%は発足当時の高金利前提で、1990年代後半以降の超低金利で実勢運用益が想定を下回った
- 九州旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
- [1]1987年4月 日本国有鉄道改革法(昭和61年法律第87号)により九州旅客鉄道株式会社が福岡市に発足
- [2]国鉄分割民営化の3島会社(北海道・四国・九州)の1社で鉄道単体黒字化が想定されていなかった
- 日本経済新聞(2015年1月30日)/日経ビジネス(2023年4月11日)
- [3]発足時の鉄道営業損失は約300億円、経営安定基金3,877億円を出資、想定利率7.3%で運用益年約300億円により損失相殺
- 日経ビジネス(2023年4月11日)
- [4]発足時に約3,000人の余剰人員を抱えた
- [5]基金の想定利率7.3%は発足当時の高金利前提で、1990年代後半以降の超低金利で実勢運用益が想定を下回った
駅・不動産・流通へと拡張した多角化
国鉄改革で旧国鉄が抱えた鉄道用地のうち、駅周辺の商業適地は九州旅客鉄道が継承した。同社は早期から駅という顧客接点を商業施設・不動産・流通事業に振り向ける方針を採り、1988年に㈱九州交通企画(現JR九州サービスサポート㈱)、[6]1990年にジェイアール九州ハウステンボスホテル㈱(現JR九州ホテルズアンドリゾーツ㈱)、[7]1995年に小倉ターミナルビル㈱(現㈱JR小倉シティ)、[8]1996年にジェイアール九州リーテイル㈱を矢継ぎ早に設立した。[9]駅ビル運営・ホテル・小売・コンサルティング・整備など、いずれも鉄道事業との隣接領域で、鉄道インフラの集客力と土地資産を活用できる事業である。1990年代後半までに連結子会社44社の体制を組み上げ[10]、グループ売上の鉄道依存度を下げる動きを進めた。
- 九州旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
- [6]1988年 ㈱九州交通企画(現JR九州サービスサポート㈱)設立
- [7]1990年 ジェイアール九州ハウステンボスホテル㈱(現JR九州ホテルズアンドリゾーツ㈱)設立
- [8]1995年 小倉ターミナルビル㈱(現㈱JR小倉シティ)設立
- [9]1996年 ジェイアール九州リーテイル㈱設立
- [10]1990年代後半までに連結子会社44社の体制
1996年2月のジェイアール九州リーテイル設立で流通事業を譲渡し[11]、駅構内売店事業の経営自由度を高めた。1998年4月には九州整備㈱と鉄道産業㈱を合併[12]させてジェイアール九州メンテナンス㈱(現JR九州エンジニアリング㈱)を発足、整備工事をグループ内製化した。2001年2月にはジェイアール九州バス㈱を設立して自動車事業を譲渡し、[13]2003年1月にはJR九州ライフサービス㈱を設立して介護事業に進出した。[14]1987年の発足時、九州旅客鉄道は鉄道事業以外をほとんど持たない単一事業会社だったが、2003年までには鉄道・建設・流通・ホテル・不動産・整備など、複数事業を束ねる地域コングロマリットとしての骨格を形作った。鉄道事業の構造的赤字を非鉄道事業の利益で埋める収益構造の基盤は、この16年で整備された。
- 九州旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
- [11]1996年2月 ジェイアール九州リーテイル設立で流通事業を譲渡
- [12]1998年4月 九州整備㈱と鉄道産業㈱が合併しジェイアール九州メンテナンス㈱(現JR九州エンジニアリング㈱)発足
- [13]2001年2月 ジェイアール九州バス㈱設立で自動車事業を譲渡
- [14]2003年1月 JR九州ライフサービス㈱設立で介護事業に進出
- 九州旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
- [6]1988年 ㈱九州交通企画(現JR九州サービスサポート㈱)設立
- [7]1990年 ジェイアール九州ハウステンボスホテル㈱(現JR九州ホテルズアンドリゾーツ㈱)設立
- [8]1995年 小倉ターミナルビル㈱(現㈱JR小倉シティ)設立
- [9]1996年 ジェイアール九州リーテイル㈱設立
- [10]1990年代後半までに連結子会社44社の体制
- [11]1996年2月 ジェイアール九州リーテイル設立で流通事業を譲渡
- [12]1998年4月 九州整備㈱と鉄道産業㈱が合併しジェイアール九州メンテナンス㈱(現JR九州エンジニアリング㈱)発足
- [13]2001年2月 ジェイアール九州バス㈱設立で自動車事業を譲渡
- [14]2003年1月 JR九州ライフサービス㈱設立で介護事業に進出
九州新幹線部分開業と肥薩おれんじ鉄道への分離
2004年3月、九州新幹線が新八代~鹿児島中央間で部分開業した[15]。同時に並行在来線の鹿児島本線八代~川内間(116.9km)を肥薩おれんじ鉄道㈱に移管し[16]、不採算区間を切り離した。新幹線開業によって博多~鹿児島中央間の所要時間は新八代乗り換えを挟んで2時間10分程度まで短縮され、航空機との競合区間で鉄道の優位性が高まった。並行在来線分離は整備新幹線スキームに沿った仕組みで、第三セクター方式で運営される肥薩おれんじ鉄道が貨物列車運行と旅客輸送を継続し、九州旅客鉄道は新幹線・在来線特急の収益区間に経営資源を集中できる構造に再編した。同区間の収益寄与はその後も拡大を続け、同区間の収益寄与はその後も拡大を続け、九州旅客鉄道の鉄道事業における地域別収益構造の最初の再編事例となった。
- 九州旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
- [15]2004年3月 九州新幹線が新八代~鹿児島中央間で部分開業
- [16]並行在来線の鹿児島本線八代~川内間(116.9km)を肥薩おれんじ鉄道㈱に移管
部分開業段階での新幹線収益はまだ限定的だったが、九州旅客鉄道は新幹線開業を待たずに駅ビル開発・不動産販売・ホテル運営の拡張を継続した。経営安定基金の運用益が金利低下で目減りする一方で、駅ビル賃料と不動産販売の利益は底堅く伸びた。3代目社長の石原進氏(2002〜2009年在任)の経営体制で、収益源を鉄道から非鉄道へ移す方針が経営の主軸として明文化され、[17]JR博多シティ計画(2011年開業)の準備も2000年代後半から始まった。[18]1987年に「持参金」で生まれた赤字鉄道会社が、非鉄道事業で連結黒字を支える複合企業へ事業構造を組み替えていく基礎工事は、この第1期を通じて積み上がった。
- [17]3代目社長 石原進氏 在任2002〜2009年
- JR九州統合報告書 FY22
- [18]JR博多シティ計画は2011年開業
- 九州旅客鉄道 有価証券報告書【沿革】
- [15]2004年3月 九州新幹線が新八代~鹿児島中央間で部分開業
- [16]並行在来線の鹿児島本線八代~川内間(116.9km)を肥薩おれんじ鉄道㈱に移管
- [17]3代目社長 石原進氏 在任2002〜2009年
- JR九州統合報告書 FY22
- [18]JR博多シティ計画は2011年開業