2025/12 売上高25,748億円YoY▲0.1%
2025/12 営業利益515億円YoY+4.9%
FY25 単体平均給与833万円前年度比▲59万円
創業1872佐々木荘助(創業者)
創業地東京市麹町区
上場1950-

筆者所感 1937年、日中戦争下の日本で「日本通運株式会社法」に基づく国策会社が設立された。政府出資の半官半民企業は、戦後に民間会社として再出発し、鉄道貨物の発着端輸送から航空貨物、宅配便、国際フォワーディングへと事業を広げ、日本最大の総合物流企業へと成長した。物流業は荷主産業の景況と規模の経済に強く依存する装置産業であり、拠点網と取扱量の厚みが交渉力を決める。日本通運は鉄道貨物の集配網という国内インフラを最大の資産としながら、航空・海上フォワーディングでは欧米勢に取扱量で大きく水を開けられた。規模で劣る状態から、いかに世界市場で存在感を持つかが一貫した経営課題となった。

2010年、宅配便「ペリカン便」を日本郵便に統合して撤退した経験は、B2C市場で規模の競争に敗れた教訓を残した。以後、日本通運は重量品・美術品・医薬品といったB2Bの専門物流に経営資源を集中させた。2022年に持株会社体制へ移行し、2023年にはオーストリアのcargo-partnerを約1,267億円で買収。欧米メガフォワーダーとの差を縮めるため、M&Aによる海外拡大へ舵を切った。1872年の陸運元会社から続く150年の国内インフラと、海外M&Aによる規模拡大をどう接続するか。ペリカン便で規模競争から降りたB2Cとは対照的に、フォワーディングではむしろ規模で勝つ道に戻ろうとしている。この振れ幅の大きさが同社の戦略の軸を形づくってきた。

NIPPON EXPRESSホールディングス:売上高の内訳と営業利益率(PL 分解 × 営業利益率)
営業利益(億円)販管費(億円)売上原価(億円)営業利益率(%)
歴代社長
FY01
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齋藤充
代..
堀切智
代表取締..
代..
歴代社長
FY22
FY23
FY24
FY25
齋藤充
代表取締役社長
堀切智
代表取締役社長
堀切智
代表取締役社長兼CEO
NIPPON EXPRESSホールディングス:投資CF(M&A・設備投資ほか/事業施策と紐付き)
投資CF(億円)
cargo-partner社の買収を発表2023

歴史概略

1872年〜1961国策会社の誕生から民間企業としての再出発へ

飛脚問屋から始まった近代物流の原型

日本通運のルーツは1872年に設立された陸運元会社にある。江戸時代に飛脚問屋・和泉屋の支配人を務めた佐々木荘助が中心となり、明治政府の郵便制度整備に合わせて近代的な運輸会社を立ち上げた。1875年に内国通運会社へ改称し、鉄道貨物の発着両端輸送を担う「通運」事業の原型を築いた。鉄道が全国に延伸するにつれ、駅から届け先までの「最後の1マイル」を担う通運業者の役割は大きくなった。通運は鉄道網と一体で成立する装置産業であり、全国の駅を押さえた事業者が強い立場を持つ。内国通運は早い段階から全国網を構築し、後の日本通運の広域ネットワークの原型を形づくった。

1928年に国際通運株式会社として発足した後、1937年10月、日中戦争下の戦時物資輸送を目的に「日本通運株式会社法」に基づく国策会社として日本通運が設立された。国際通運に同業6社の資産を統合し、政府と国鉄共済組合が資本の過半を出資した。1941年には東京合同運送ほか56社を合併し、全国の通運業者を一元的に束ねた。戦時体制下で日本の陸上物流を独占的に担う巨大組織が成立した。この国策会社化は、通運業界の零細事業者を一社に集約した点で画期的であり、戦後の民営化後も日本通運は全国の駅頭拠点と集配網を丸ごと継承した。競合が一から全国網を敷く必要に迫られたのに対し、同社は設立時から圧倒的な拠点数を抱える構造になった。

参考文献
  • 有価証券報告書
  • 日本通運公式サイト沿革

戦後の民営化と総合物流企業への多角化の起点

1950年、日本通運株式会社法の廃止と通運事業法の施行により、日本通運は民間会社として再出発し、東京証券取引所に上場した。政府出資は解消され、純然たる民間企業となったが、全国に張り巡らされた鉄道貨物の集配ネットワークはそのまま引き継いだ。1951年にはコンテナの試験輸送や美術品輸送業務を開始し、通運業者から総合物流企業への転換を模索し始めた。国内の貨物輸送はこの時期、鉄道から自動車・船舶・航空へと多様化が進み、通運業者は駅頭集配だけでは荷主の需要に応えられなくなっていた。民営化とほぼ同時に多角化の種を蒔いたことが、その後の事業構成の幅を決めた。

1955年に国内航空貨物の混載業務、1957年に国際航空貨物の混載業務を開始し、航空フォワーディング事業に参入した。1964年には東京オリンピックの公式運搬を担当し、フランスから「ミロのヴィーナス」を輸送するプロジェクトを担った。1970年の大阪万博、1972年の札幌冬季オリンピックでも運搬業務を受託した。大型イベント物流での連続的な実績は日本通運のブランドを高め、美術品輸送や精密機器輸送といった高付加価値分野の基盤になった。鉄道貨物の通運から始まった事業は、航空貨物・イベント物流・特殊輸送へと広がり、「何でも運べる」総合物流企業という性格が定着した。この幅広い事業構成が、その後の海外展開でも日系顧客を多業種でまとめて受ける武器となる。

参考文献
  • 有価証券報告書
  • 日本通運公式サイト沿革

1962年〜2021海外展開の広がりとペリカン便撤退が残した教訓

海外進出 ── 米国から欧州、アジアへ

1962年に米国日通を設立し、海外進出の第一歩を踏み出した。日本企業の海外進出に伴い現地での物流需要が拡大するなか、1973年にシンガポール日通、1977年にオランダ日通、1981年に英国・ドイツ日通を設立し、拠点を各地に展開した。1992年には海外拠点が200を突破し、2001年には海外従業員が10,000人を超えた。日系企業の海外工場や販売拠点に寄り添う形で拠点を増やすモデルが、日本通運の海外展開の基本型となった。日系荷主の海外進出に伴走する手堅いモデルではあったが、非日系の現地顧客を面で取り込む発想は薄く、グローバル市場での取扱量を積み上げる構造にはなりにくかった。

欧米のメガフォワーダーとの差は歴然としていた。DHLサプライチェーン、キューネ・アンド・ナーゲル、DSVといった欧米勢は大型M&Aで規模を拡大し、航空・海上フォワーディングのボリュームで圧倒的な交渉力を持っていた。日本通運は拠点数こそ増えたものの、各拠点が日系顧客中心の小規模オペレーションにとどまり、グローバルでの取扱量は欧米勢に大きく劣っていた。2014年に海外拠点は500を突破し、2015年には海外従業員が20,000人に達したが、売上高に占める海外比率は約3割にとどまった。拠点数と従業員数は膨らんだのに、取扱量では欧米勢に追いつかないという構造的な限界が、のちのM&A路線への転換を押し出していく。

参考文献
  • 有価証券報告書
  • 日本通運公式サイト沿革
  • 日本海事新聞 2022/1/6

ペリカン便33年に幕、B2C撤退の帰結

1977年に開始した宅配便「ペリカン便」は、日本通運のB2C向け事業の象徴だった。しかし、ヤマト運輸の「宅急便」や佐川急便との競争で劣勢が続いた。宅配便は取扱個数の規模が収益を左右する典型的な装置産業であり、上位2社に先行されたシェアを後発が取り返すのは難しい。2009年4月、日本郵便との共同出資でJPエクスプレスを設立し、ペリカン便事業を移管して統合を試みた。しかしシステム統合の問題で事業統合は遅延を重ね、JPエクスプレスの累積損失は約681億円に達した(日本経済新聞 2010/6/28)。統合の遅延は単なる技術的な問題ではなく、規模で勝てない事業に巨額の統合コストを投じるジレンマそのものだった。

2010年7月、JPエクスプレスのペリカン便事業は日本郵便の「ゆうパック」に吸収され、日本通運は33年間続けた宅配便事業から撤退した。B2C市場で規模の競争に敗れた経験は、事業戦略をB2B物流への集中に向かわせた。以後、企業間物流・フォワーディング・重量品輸送・医薬品物流といった専門性の高い領域に経営資源を振り向けた。ペリカン便の撤退は短期的には事業縮小だったが、B2Bへの集中を決定づけた転換点でもあった。重量品建設輸送、美術品輸送、医薬品コールドチェーンなど専門性と技術力で差別化できる分野に注力する路線が定まった。規模で勝つ領域から降り、単価と専門性で勝負する構造に切り替えた判断である。

参考文献
  • 有価証券報告書
  • 日本通運公式サイト沿革
  • 日本海事新聞 2022/1/6

M&Aによる海外規模拡大への舵切り

2010年代後半、世界のフォワーディング業界ではDSVがパナルピナを買収するなど大型M&Aが相次ぎ、上位企業への集約が進んだ。日本通運も2017年に企業メッセージ「We Find the Way」を制定し、グローバル物流企業への転換を宣言した。自力での拠点展開だけではメガフォワーダーとの差は縮まらず、M&Aによる規模拡大が不可避との認識が社内で広がった。フォワーディングは航空会社・船会社との運賃交渉で取扱量が武器になるため、規模が小さいほど利幅が削られる構造にある。日系顧客を積み上げるモデルの限界と、非日系の現地荷主を面で取り込む必要性が、M&Aという選択肢を前面に押し出した。

2022年1月、日本通運は単独株式移転によりNIPPON EXPRESSホールディングスを設立し、持株会社体制に移行した。初代社長の齋藤充は「ホールディングス移行は当社グループの長い歴史の中でも大きな転換点であり、未来に向けての新たなスタート」(日本海事新聞 2022/1/6)と位置づけ、翌2023年年頭には「グループシナジー創出に注力」(日本海事新聞 2023)の方針を掲げた。持株会社体制の狙いは、グループ全体の経営資源配分を最適化し、とくに海外M&Aの意思決定を速めることにあった。事業会社である日本通運は物流オペレーションに専念し、持株会社が資本政策とM&A戦略を主導する二層構造を採用した。FY22(2022年12月期)の連結売上収益は2兆6197億円だったが、海外売上高比率はなお約3割にとどまり、グローバルでの競争力強化が最優先課題に据えられた。持株会社化は戦略を宣言する段階から実行に移す段階への切り替えだった。

参考文献
  • 有価証券報告書
  • 日本通運公式サイト沿革
  • 日本海事新聞 2022/1/6

2022年〜2024欧米メガフォワーダーへの挑戦と持株会社体制

cargo-partner買収 ── 過去最大の1,267億円

2023年5月、NXHDはオーストリアの物流企業cargo-partner社の買収を発表した。取得価格は845百万ユーロ(約1,267億円)で、NXグループ過去最大のM&Aとなった。cargo-partnerは中東欧地域に物流基盤を持ち、自動車・電機・電子・医薬品産業の海運・航空フォワーディングを手がける企業で、2022年12月期の連結売上高は約3,200億円(NXHDプレスリリース 2023/5/12)。2024年1月に子会社化が完了した。これは日系顧客に寄り添う従来モデルから、非日系の現地荷主基盤を丸ごと取得する初めての大型案件であり、欧米メガフォワーダーとの差を取扱量で詰める一歩と位置づけられた。取得価格の大きさは、残された時間とM&A市場の玉数から見て、機を逃せないとの判断を反映している。

この買収は、NXグループが手薄だった中東欧地域の物流基盤を一挙に押さえる意味を持った。欧米メガフォワーダーは航空・海上フォワーディングの取扱量で日本勢を圧倒しており、その差を縮めるにはM&Aによるボリュームの積み上げが欠かせなかった。NXグループはこれまで海外拠点を日系顧客向けに個別に設立してきたが、cargo-partnerの買収で非日系の現地顧客基盤を一括して取得する初めてのケースとなった。2024年9月にはドイツのヘルスケア物流企業SH HoldCoも子会社化し、医薬品物流のグローバル展開を進めた。FY23(2023年12月期)の連結売上収益は2兆2,390億円、営業利益は600億円であり、M&A効果が本格的に表れるのはFY24以降となる。海外売上高比率の引き上げを数字で示せるかが、その後の評価を左右する。

参考文献
  • 有価証券報告書
  • IR Day 2024 QA

国内事業の構造改革と不採算拠点の整理

海外拡大と並行して、NXHDは国内事業の再構築にも取り組んでいる。2024年1月に社長に就任した堀切智は、日本通運の社内カンパニー制を導入した。従来のブロック制では本社の意思決定に依存していた地方組織に自律的な経営判断の権限を与え、各地域のマーケットに即した事業運営を可能にする狙いがある。営業利益率4%未満の課所約100拠点を統合・廃止の検討対象に選定し、過去6年間で低収益不動産約400件超・売却額1,000億円超を処分してきた取り組みを続けている(IR Day 2024 QA)。戦時体制下で積み上げた全国網は資産であると同時に、利益率の低い拠点が散在する負債でもあった。その重みをどう削るかが国内事業再編の主題にある。

事業ポートフォリオの整理も進んでいる。警備輸送部門の分社化は完了し、重量品建設部門の分社化も検討中である。小口貨物輸送部門は名鉄運輸との事業統合を進めている。2024年問題によるトラックのキャパシティ減少と外注費高騰が国内事業の収益を圧迫しており、料金改定による顧客へのコスト転嫁が経営課題に浮上した。経営計画では5年間で110億円の料金改定効果を見込んでいる(IR Day 2024 QA)。社内カンパニー制による地域裁量の拡大と、不採算拠点の淘汰、分社化による非中核事業の切り出しは、荷主産業の縮小に合わせて国内オペレーションを軽くする作業である。海外でのM&A投資余力を確保するための原資づくりとも連動している。

参考文献
  • 有価証券報告書
  • IR Day 2024 QA

直近の動向と展望

経営計画2028 ── 売上高3兆円への道筋

2024年2月、NXHDは5か年の「NXグループ経営計画2028」を発表した。最終年度のグループ売上高目標は3兆円で、うち海外売上高を1兆2,000億円(比率40%)とする。長期ビジョンでは2037年の創業100周年に売上高4兆円・海外比率50%を掲げ、経営計画2028をそのマイルストーンに位置づけた。海外売上高はM&Aによる積み上げを含め5年間で倍増を目指す。国策会社として国内市場を押さえてきた企業が、海外売上で国内を超える構造に転換するという宣言に等しい。ペリカン便撤退で規模競争から降りたB2Cとは対照的に、フォワーディングではむしろ規模で勝つ道に戻ろうとしている。この路線変更は、cargo-partnerの買収額1,267億円が示すとおり、数字の裏付けを伴った実行段階に入っている。

成長の重点領域として医薬品産業と半導体産業を掲げた。医薬品産業では大型投資を実施済みで回収フェーズに入る段階にあるが、国内でのGDP(医薬品物流ガイドライン)の導入遅延により回収に遅れが出ている。半導体産業では倉庫建設を含む設備投資が続き、グローバルネットワークを活かしたフォワーディング収益の拡大も並行している。cargo-partnerの買収で得た中東欧の拠点網は、半導体サプライチェーンの欧州拠点としても活用が見込まれる。経営計画2028では、こうした重点産業の収益拡大と海外M&Aの継続によって、営業利益率の改善を目指す。取扱量の薄い領域には深入りせず、単価の高い専門物流で利幅を確保する構えは、ペリカン便撤退以後の一貫した方針である。

参考文献
  • 有価証券報告書
  • IR Day 2024 QA
  • NXグループ経営計画2028

150年の蓄積と海外比率のジレンマ

NXグループの強みは、1872年から150年にわたり築いてきた国内の物流インフラにある。全国に広がる拠点網、重量品・美術品・医薬品といった専門輸送の技術、大型イベント物流の経験は、他社が容易に再現できない資産である。一方で、国内物流市場は人口減少と2024年問題による構造的な変化に直面している。ドライバー不足とコスト上昇は、料金改定で一部を吸収できても、市場全体の縮小圧力を覆すほどの力にはなりにくい。150年かけて積み上げた国内インフラの収益性をどこまで保てるかが、海外M&Aに投じる原資の大きさを決める。国内の分社化や不採算拠点の整理も、海外投資の原資を生み出すための作業として連動しており、国内と海外の事業再編は表裏一体の関係にある。

海外売上比率を40〜50%に引き上げるには、cargo-partner規模のM&Aを継続的に実行する必要がある。FY23(2023年12月期)の売上収益は2兆2,390億円、営業利益は600億円であり、海外M&Aの投資余力をどう確保するかが焦点となる。欧米メガフォワーダーとの取扱量の差は依然として大きく、DSVは2025年にDBシェンカーを買収して世界第3位に浮上した。業界の集約が進むほど、後発が上位に食い込むためのM&A案件は希少になり、取得価格も高止まりしやすい。NXグループが日本最大の物流企業から世界で存在感を持つ物流企業へと転換できるかは、海外M&Aの実行力と、それを下支えする国内事業の利益水準に左右される。国策会社として始まった150年の歴史は、国内インフラを梃子にした世界進出という最終章に入っている。

参考文献
  • 有価証券報告書
  • IR Day 2024 QA
  • NXグループ経営計画2028

参考文献・出所

有価証券報告書
日本通運公式サイト沿革
日本海事新聞 2022/1/6
IR Day 2024 QA
NXグループ経営計画2028
NXHDプレスリリース 2023/5/12
日本経済新聞 2010/6/28
有報PL(FY23)
日本海事新聞