大林組 の歴史

更新:

創業

1892年

創業者

大林芳五郎

創業地

大阪市西区

直近売上高(2026/3)

25,863億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ大林組は1914年に東京駅と生駒トンネルという建築・土木の難工事を同年に完工させたのか
A 建設は案件ごとに実績で受注を競う商売で、社内で施工できる工事の幅が広いほど、需要がどの分野へ動いても仕事を取り続けられる。大林組は1914年、首都の玄関となる東京中央停車場(東京駅丸の内本屋)と、当時東洋一・3,388メートルの生駒トンネルを同じ年に完工させ、駅舎と山岳トンネルという建築・土木の両極を社内に並立させた。とりわけ生駒トンネルは、発注者・大阪電気軌道の資本を上回る約820万円が投じられた巨額事業で、大林組への支払いも手形のため資金繰りに苦しんだ、ハイリスク・ハイリターンの案件だった。落盤で作業員20名を失う難所を掘り抜いたことで、関西の一請負業者が全国区の総合建設会社として認知された。何でも引き受ける受注力を何でも施工できる技術へ広げたこの一年が、超高層ビルからダムまで需要が動いても実績で受注できる、いまのスーパーゼネコンの幅を用意した。
Q なぜ1989年に、創業家と血縁のない津室隆夫氏を初の非同族社長に据えたのか
A 創業から97年で大林組は全国の建築・土木を抱える大企業に育ち、大林家の身内だけでは経営の専門性も客観性も保ちにくくなっていた。そこで1989年6月、大林家と血縁のない津室隆夫氏を4代目社長に据え、所有と経営を切り離した。津室氏の就任を境に、大林家以外からの社長起用が以降のトップ選定の基本方針となり、創業家が経営の前面から退く組織経営へ移った
Q なぜ大林組は2018年以降「建築・土木を本業と呼ばない」と掲げ、請負依存からの脱却を急ぐのか
A 国内の建設投資は人口減と公共投資の頭打ちで中長期に縮む見通しで、請負を積み上げるだけでは売上も利益率も伸び代が乏しい。そこで2018年就任の蓮輪賢治社長は「建築・土木を本業と呼ぶな」と号令し、開発・グリーンエネルギー・海外建設という請負以外の収益源を育てる方針へ転じた。2024年の中期経営計画2022追補では、国内建設以外が国内建設と同等以上を稼ぐ体制を掲げ、5年で7,500億円の成長投資を割り当てた。2025年に継いだ佐藤俊美社長はこれを資本効率の経営として引き取り、政策保有株を売って1,000億円の自社株買いとDOE5%の増配に回している

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1892年〜 大阪の乾物問屋の三男が官需で興し、東西の難工事で名を上げるまで

  1. 1892年 大林組創業——乾物問屋の三男が大阪・阿波座で興した土木建築請負業 乾物問屋の三男・27歳の大林芳五郎氏は、市制施行後の大阪で立ち上がる建設需要をどう受注に変えたか
  2. 1906年 東京支店を開設
  3. 1909年 大林組を設立
  4. 1914年 東京中央停車場(東京駅丸の内本屋)・生駒トンネル工事が完成
  5. 1916年 創業者・大林芳五郎が死去、大林義雄が2代目社長に就任
  6. 1918年 大林組を設立
  7. 1927年 日本初の地下鉄工事(上野〜浅草間のうち万世橋〜上野間)を完工

商家の信用を元手にした創業と、大阪市築港工事の7年

1892年1月、大阪の乾物問屋[1]「大徳」の三男である大林芳五郎氏[2]が、大阪市西区阿波座で土木建築の請負業を[3]個人名義で興した。建設業とは無縁の商家に育った氏は、技術の蓄積ではなく、商家として培った信用と人脈を足場に工事を取り込む方針[4]を採った。1月18日に阿部製紙所工場(西成郡川北村西野新田、現・此花区西九条)の新設工事を落札[5]し、独立を果たした7日後の1月25日を創業日と定めている[6]。店舗兼住居は大阪・西区靱南通4丁目62番地(現・西区西本町2丁目5番24号)[7]に構えた。建築と土木のどちらも切らずに並行して請け負う方針[8]は、この出発点から採られている。

  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1892年1月 個人企業として創業
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [2]創業者 大林芳五郎氏(乾物問屋「大徳」の三男)
    • [3]創業地 大阪市西区阿波座・業種は土木建築の請負
    • [4]技術の蓄積ではなく商家の信用と人脈で工事を取り込む方針
    • [5]1892年1月18日 阿部製紙所工場の新設工事を落札
    • [6]創業日 1月25日(落札の7日後)
    • [7]創業時の店舗兼住居 大阪・西区靱南通4丁目62番地
    • [8]建築と土木を並行して請け負う方針

創業6年目の1898年、大林組は大阪市築港工事を受注し、7年がかりで1905年に完成[9]させた。安治川河口を掘り込む築港[10]は、1889年の市制施行を経た大阪が近代港湾を得るための事業[11]で、個人企業が請け負う規模ではなかった。続く1903年には第5回内国勧業博覧会の諸施設工事の大半を受注[12]し、創業から10年ほどで関西の大手業者と並ぶ位置[13]に進んでいる。1906年には東京支店を設置[14]し、辰野金吾氏が設計した東京中央停車場(東京駅丸の内本屋)[15]を請け負って首都の官需へ踏み込んだ。1909年7月には合資会社へ改組[16]し、個人名義の請負から法人による経営へ移した。

  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [9]1898年 大阪市築港工事を受注し1905年に完成
    • [10]大阪市築港は安治川河口の近代港湾整備事業
    • [11]1889年 大阪市制施行
    • [12]1903年 第5回内国勧業博覧会の諸施設工事の大半を受注
    • [13]創業から10年ほどで関西の大手業者と並ぶ位置
    • [15]東京中央停車場(東京駅丸の内本屋)の設計は辰野金吾氏
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [14]1906年 東京支店を設置
    • [16]1909年7月 合資会社へ改組
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1892年1月 個人企業として創業
    • [14]1906年 東京支店を設置
    • [16]1909年7月 合資会社へ改組
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [2]創業者 大林芳五郎氏(乾物問屋「大徳」の三男)
    • [3]創業地 大阪市西区阿波座・業種は土木建築の請負
    • [4]技術の蓄積ではなく商家の信用と人脈で工事を取り込む方針
    • [5]1892年1月18日 阿部製紙所工場の新設工事を落札
    • [6]創業日 1月25日(落札の7日後)
    • [7]創業時の店舗兼住居 大阪・西区靱南通4丁目62番地
    • [8]建築と土木を並行して請け負う方針
    • [9]1898年 大阪市築港工事を受注し1905年に完成
    • [10]大阪市築港は安治川河口の近代港湾整備事業
    • [11]1889年 大阪市制施行
    • [12]1903年 第5回内国勧業博覧会の諸施設工事の大半を受注
    • [13]創業から10年ほどで関西の大手業者と並ぶ位置
    • [15]東京中央停車場(東京駅丸の内本屋)の設計は辰野金吾氏

東京駅と生駒トンネル ── 1914年に並び立った建築と土木

1914年、大林組は東西にまたがる二つの大工事を同じ年に完成[17]させた。一つは東京中央停車場、もう一つは大阪電気軌道の生駒トンネル[18]で、当時東洋一の長さとなる3,388メートル[19]を掘り抜いた。生駒トンネルは完成前年の1913年に落盤で作業員20名が死亡する事故[20]を起こしており、湧水と崩落に苦しめられた難工事だった。発注者の大阪電気軌道の資本金は300万円、大林組も同額の300万円[21]で、合計600万円の資本しかない相手に対し、投下資金は820万円ほどに達している[22]。しかも支払いはすべて手形で、その手形に融通性が[23]なかったため、大林組は資金繰りに苦しんだ。

  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [17]1914年 東京中央停車場と生駒トンネルを同年に完成
    • [18]生駒トンネルは大阪電気軌道の工事
    • [19]生駒トンネルは当時東洋一の長さ 3,388メートル
    • [20]1913年の落盤で作業員20名が死亡
  • 回顧70年 : 大林組とともに(大林組, 1968)
    • [21]大阪電気軌道の資本金 300万円・大林組も300万円
    • [22]生駒トンネル事業への投下資金 約820万円
    • [23]支払いはすべて手形で融通性がなく資金繰りに苦しんだ

東京中央停車場と生駒トンネルはいずれも1911年に受注した工事[24]で、その完工から2年後の1916年、創業者の大林芳五郎氏が死去[25]し、嗣子の大林義雄氏が2代目社長を継いだ[26]。第一次世界大戦下の好況で工事量は年々増え[27]、1918年12月には資本金50万円で株式会社大林組を設立[28]、翌1919年3月に合資会社を合併して資本金を200万円へ引き上げた[29]。義雄社長は業務組織の近代化とあわせて技術者の欧米派遣を始め[30]、外部から工法を持ち帰る経路を社内に作っている。新しい技術の導入と機械設備の拡充[31]が続いた結果、大林組はこの時期に全国規模の建設会社として扱われるようになった。

  • 会社銀行八十年史(東洋経済新報社, 1955)「大林組」の項
    • [24]東京中央停車場と生駒トンネルは1911年に受注
    • [25]1916年 創業者 大林芳五郎氏が死去
    • [26]2代目社長 大林義雄氏(芳五郎氏の嗣子)
    • [27]第一次世界大戦下の好況で工事量が増加
    • [28]1918年12月 資本金50万円で株式会社大林組を設立
    • [29]1919年3月 合資会社を合併し資本金200万円
    • [31]新技術の導入と近代的な機械設備の拡充
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [30]技術者の欧米派遣を開始
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [17]1914年 東京中央停車場と生駒トンネルを同年に完成
    • [18]生駒トンネルは大阪電気軌道の工事
    • [19]生駒トンネルは当時東洋一の長さ 3,388メートル
    • [20]1913年の落盤で作業員20名が死亡
  • 回顧70年 : 大林組とともに(大林組, 1968)
    • [21]大阪電気軌道の資本金 300万円・大林組も300万円
    • [22]生駒トンネル事業への投下資金 約820万円
    • [23]支払いはすべて手形で融通性がなく資金繰りに苦しんだ
  • 会社銀行八十年史(東洋経済新報社, 1955)「大林組」の項
    • [24]東京中央停車場と生駒トンネルは1911年に受注
    • [25]1916年 創業者 大林芳五郎氏が死去
    • [26]2代目社長 大林義雄氏(芳五郎氏の嗣子)
    • [27]第一次世界大戦下の好況で工事量が増加
    • [28]1918年12月 資本金50万円で株式会社大林組を設立
    • [29]1919年3月 合資会社を合併し資本金200万円
    • [31]新技術の導入と近代的な機械設備の拡充
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [30]技術者の欧米派遣を開始

関東大震災後の信用と、傍系会社による工種の囲い込み

1923年の関東大震災では、大林組が施工した日本興業銀行のビルをはじめ複数の建物が倒壊を免れ、同社の鉄筋コンクリート造に対する評価が高まった。1927年には上野〜浅草間のうち万世橋〜上野間で[32]日本初の地下鉄工事を完工し、都市部の土木でも実績を積んでいる。震災の前後には伏見桃山・伏見桃山東・多摩・多摩東の各御陵造営[33]も手がけており、官需と民需の双方に受注先を持つ体制ができた。創業から30年余りで、大林組は関西の一請負業者から全国の官公需を扱う会社へ変わった[34]

  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [32]1927年 日本初の地下鉄工事(万世橋〜上野間)を完工
  • 会社銀行八十年史(東洋経済新報社, 1955)「大林組」の項
    • [33]伏見桃山・伏見桃山東・多摩・多摩東の各御陵造営を施工
    • [34]創業から30年余りで全国の官公需を扱う会社へ

本体の拡大と並行して周辺の工種を担う会社も置き、1931年10月に木工内装工事を目的とする内外木材工芸[35]、1933年8月に道路舗装工事を目的とする東洋鋪装を設立[36]している。内外木材工芸は家具製作と高級造作工事を[37]扱い、建物の内側まで自社の系列で仕上げる体制を用意した。東洋鋪装は1967年2月に大林道路へ商号を変え[38]、1971年4月には東京証券取引所市場第二部へ上場[39]している。建築の仕上げと道路舗装はいずれも本体の請負と工程で接する分野[40]で、外注していた工種を系列に抱えた分だけ、受注できる工事の幅が広がった。

  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [35]1931年10月 内外木材工芸を設立(木工内装工事)
    • [36]1933年8月 東洋鋪装を設立(道路舗装工事)
    • [38]1967年2月 東洋鋪装を大林道路へ商号変更
    • [39]1971年4月 大林道路が東証第二部へ上場
  • 会社銀行八十年史(東洋経済新報社, 1955)「大林組」の項
    • [37]内外木材工芸は家具製作と高級造作工事を担当
    • [40]建築の仕上げと道路舗装は本体の請負と工程で接する分野
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [32]1927年 日本初の地下鉄工事(万世橋〜上野間)を完工
  • 会社銀行八十年史(東洋経済新報社, 1955)「大林組」の項
    • [33]伏見桃山・伏見桃山東・多摩・多摩東の各御陵造営を施工
    • [34]創業から30年余りで全国の官公需を扱う会社へ
    • [37]内外木材工芸は家具製作と高級造作工事を担当
    • [40]建築の仕上げと道路舗装は本体の請負と工程で接する分野
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [35]1931年10月 内外木材工芸を設立(木工内装工事)
    • [36]1933年8月 東洋鋪装を設立(道路舗装工事)
    • [38]1967年2月 東洋鋪装を大林道路へ商号変更
    • [39]1971年4月 大林道路が東証第二部へ上場

1936年〜 第二大林組による資本の再編から、株式上場と初の海外常駐拠点まで

大林組の業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1936年 第二大林組を設立し大林組を再編
  2. 1943年 大林義雄社長が死去、大林芳郎が3代目社長に就任
  3. 1955年 浪速土地を設立
  4. 1958年 高松支店を開設
  5. 1958年 大阪証券取引所に株式を上場
  6. 1960年 東京証券取引所に株式を上場
  7. 1963年 東洋ビルサービスを設立

第二大林組を器にした資本再編と、戦時下の社長承継

1936年12月24日、大林組は資本金10万円で株式会社第二大林組を設立[41]した。翌1937年3月、この新会社が資本金500万円の株式会社大林組を吸収合併し、資本金1,010万円へ増やしたうえで商号を株式会社大林組に[42]改めている。現在の同社が法律上の設立日を1936年12月とする[43]のは、この再編を経ているためである。資本を積み増した効果は受注量に表れ、1936年から1940年までの5年間、大林組は年平均の施工高で業界1位に立った[44]。銀行や商社のビルはもとより工場や倉庫の建築工事が急増し、発電所・道路・橋梁の[45]土木工事も盛んで、国内産業の拡張がそのまま受注として流れ込んだ時期である。

  • 証券 1960年11月号「新規上場会社紹介 株式会社大林組」
    • [41]1936年12月24日 資本金10万円で株式会社第二大林組を設立
    • [42]1937年3月 資本金500万円の株式会社大林組を吸収合併し資本金1,010万円へ
    • [43]法律上の設立日は1936年12月
  • 1995日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [44]1936年から1940年の5年間 年平均の施工高で業界1位
  • 会社銀行八十年史(東洋経済新報社, 1955)「大林組」の項
    • [45]銀行・商社のビル、工場・倉庫の建築と発電所・道路・橋梁の土木工事が増加

1943年4月、大林組は資本金を1,500万円へ増資[46]した。同じ年、大林義雄社長が死去し、嗣子の大林芳郎氏が3代目社長を継いでいる[47]。芳郎氏は応召中に就任を命じられており[48]、戦時下の経営が人事の面でも制約を受けていたことを示す。戦前からの受注の増勢は1940年ごろまで続いていた[49]が、戦時と敗戦の混乱で施工高1位の地位は一度失われた。創業者が大阪の一工務店を業界首位まで押し上げるのに約50年[50]を要した歩みが、数年で振り出しへ戻っている。

  • 会社銀行八十年史(東洋経済新報社, 1955)「大林組」の項
    • [46]1943年4月 資本金1,500万円へ増資
    • [47]大林義雄社長の死去により大林芳郎氏が3代目社長を継承
    • [49]戦前からの受注の増勢は1940年ごろまで継続
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [48]大林芳郎氏は応召中に社長就任を命じられた
  • 1995日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [50]創業から業界首位まで約50年
  • 証券 1960年11月号「新規上場会社紹介 株式会社大林組」
    • [41]1936年12月24日 資本金10万円で株式会社第二大林組を設立
    • [42]1937年3月 資本金500万円の株式会社大林組を吸収合併し資本金1,010万円へ
    • [43]法律上の設立日は1936年12月
  • 1995日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [44]1936年から1940年の5年間 年平均の施工高で業界1位
    • [50]創業から業界首位まで約50年
  • 会社銀行八十年史(東洋経済新報社, 1955)「大林組」の項
    • [45]銀行・商社のビル、工場・倉庫の建築と発電所・道路・橋梁の土木工事が増加
    • [46]1943年4月 資本金1,500万円へ増資
    • [47]大林義雄社長の死去により大林芳郎氏が3代目社長を継承
    • [49]戦前からの受注の増勢は1940年ごろまで継続
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [48]大林芳郎氏は応召中に社長就任を命じられた

支店網の再建と、大阪店頭公開から二市場上場へ

戦後の大林組は、戦災を受けた道路・工場・住宅の復旧工事と進駐軍関連の工事から再建に着手[51]した。1946年6月に仙台出張所を仙台支店とし横浜支店を新設[52]、同年11月に札幌、1947年3月に広島、1948年10月に岡山[53]と、出張所を支店へ格上げする形で全国の営業網を組み直している。1950年に始まる朝鮮動乱の好況にも恵まれ、1951年以降は官公私の各方面から工事を多量に受注[54]して戦前の姿へ復した。1950年の沖縄の米軍工事は鹿島建設・竹中工務店との協力で施工[55]し、続く那覇の飛行場工事には鹿島・竹中・大成を加えた4社で共同して当たっている[56]。1955年時点の社員数は3,000名、年間の施工高は約200億円[57]で、NHK新館、東京鉄道会館、三和銀行本店、関西電力姫路火力発電所[58]などを手がけている。

  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [51]戦後は戦災復旧工事と進駐軍関連工事から再建に着手
  • 証券 1960年11月号「新規上場会社紹介 株式会社大林組」
    • [52]1946年6月 仙台支店化と横浜支店新設
    • [53]1946年11月 札幌・1947年3月 広島・1948年10月 岡山の各出張所を支店化
  • 会社銀行八十年史(東洋経済新報社, 1955)「大林組」の項
    • [54]1950年 朝鮮動乱の好況と1951年以降の受注回復
    • [57]1955年時点の社員数 3,000名・年間施工高 約200億円
    • [58]NHK新館・東京鉄道会館・三和銀行本店・関西電力姫路火力発電所を施工
  • 私の履歴書 経済人7「鹿島守之助」(日本経済新聞社、1980年)
    • [55]1950年の沖縄米軍工事を鹿島建設・竹中工務店と協力して施工
    • [56]那覇の飛行場工事は鹿島・大林・竹中・大成の4社で共同施行

ゼネコンの株式は長く非公開で、個人経営的な閉鎖性を残していた[59]。これを破ったのは1956年9月に東京店頭市場へ公開した大成建設[60]で、大林組は1957年12月に大阪店頭市場へ続いた[61]。工事量の増大に伴う運転資金の需要と、機械化投資の拡大が、自己資本の充実を迫っていた[62]ためである。大林組は1958年12月に大阪証券取引所[63]、1960年11月に東京証券取引所へ株式を上場[64]した。上場時点の資本金は24億円、従業員は5,110名[65]、1960年3月期の完成工事高は223億円[66]で、工事の内訳は建築84%・土木16%、受注の約70%を特命が占めていた[67]

  • 日本産業史(日経文庫、日本経済新聞社、1994年)第2巻「建設-巨大工事にいどむ」
    • [59]ゼネコンの株式は長く非公開で個人経営的な閉鎖性を残した
    • [60]1956年9月 大成建設が東京店頭市場へ株式公開
    • [61]1957年12月 大林組が大阪店頭市場へ株式公開
    • [62]公開の背景は運転資金需要の増大と機械化投資の拡大
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [63]1958年12月 大阪証券取引所へ上場
    • [64]1960年11月 東京証券取引所へ上場
  • 証券 1960年11月号「新規上場会社紹介 株式会社大林組」
    • [65]上場時点の資本金 24億円・従業員 5,110名
    • [66]1960年3月期の完成工事高 223億円
    • [67]工事の内訳は建築84%・土木16%、特命受注が約70%
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [51]戦後は戦災復旧工事と進駐軍関連工事から再建に着手
  • 証券 1960年11月号「新規上場会社紹介 株式会社大林組」
    • [52]1946年6月 仙台支店化と横浜支店新設
    • [53]1946年11月 札幌・1947年3月 広島・1948年10月 岡山の各出張所を支店化
    • [65]上場時点の資本金 24億円・従業員 5,110名
    • [66]1960年3月期の完成工事高 223億円
    • [67]工事の内訳は建築84%・土木16%、特命受注が約70%
  • 会社銀行八十年史(東洋経済新報社, 1955)「大林組」の項
    • [54]1950年 朝鮮動乱の好況と1951年以降の受注回復
    • [57]1955年時点の社員数 3,000名・年間施工高 約200億円
    • [58]NHK新館・東京鉄道会館・三和銀行本店・関西電力姫路火力発電所を施工
  • 私の履歴書 経済人7「鹿島守之助」(日本経済新聞社、1980年)
    • [55]1950年の沖縄米軍工事を鹿島建設・竹中工務店と協力して施工
    • [56]那覇の飛行場工事は鹿島・大林・竹中・大成の4社で共同施行
  • 日本産業史(日経文庫、日本経済新聞社、1994年)第2巻「建設-巨大工事にいどむ」
    • [59]ゼネコンの株式は長く非公開で個人経営的な閉鎖性を残した
    • [60]1956年9月 大成建設が東京店頭市場へ株式公開
    • [61]1957年12月 大林組が大阪店頭市場へ株式公開
    • [62]公開の背景は運転資金需要の増大と機械化投資の拡大
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [63]1958年12月 大阪証券取引所へ上場
    • [64]1960年11月 東京証券取引所へ上場

バンコクの常駐事務所と、清瀬に置いた自前の技術研究所

1950年代当初、清水・大成・鹿島・大林・竹中の大手5社の年間完成工事高はほぼ200億円に達しよう[68]としており、建設業はここから約10年の成長期に入った[69]。上場で資金調達の道を得た大林組は海外と技術へ資源を割き、1964年には日系企業の現地工場建設の需要を見越して、建設業界で初めてバンコクに常駐事務所を置いた[70]。1965年12月には東京都清瀬市に技術研究所を新設[71]し、ここを拠点にOWSソレタンシュ工法(連続地中壁工法)や超高層建築を支える技術[72]を開発している。佐久間ダムや黒部第四に代表される大土木工事を通じて土木事業には機械の導入が本格化[73]しており、ダムや電源開発の現場では他社にない施工技術が受注の条件になっていた。

  • 日本産業史(日経文庫、日本経済新聞社、1994年)第2巻「建設-巨大工事にいどむ」
    • [68]1950年代当初の大手5社の年間完成工事高は約200億円規模
    • [69]建設業は1950年代当初から約10年の成長期に入った
    • [73]大土木工事を通じて土木事業に機械の導入が本格化
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [70]1964年 バンコクに建設業界初の海外常駐事務所を開設
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [71]1965年12月 東京都清瀬市に技術研究所を新設
    • [72]OWSソレタンシュ工法(連続地中壁工法)を技術研究所で開発

1970年12月、大林組は東京支店を東京本社へ改めた[74]。1972年1月にはインドネシアにジャヤ大林を設立[75]し、バンコクの常駐事務所から現地法人へと海外の体制を進めている。国内でも1963年10月に建物管理の[76]東洋ビルサービスを設立し、1965年7月には神戸支店を開く[77]など、支店網と関連会社を増やした。売上高は1965年3月期の1,156億円から1972年3月期の2,865億円へ7年で2.5倍[78]に伸び、同じ期間に営業利益も68億円から162億円へ増えている[79]

  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [74]1970年12月 東京支店を東京本社へ改称
    • [75]1972年1月 インドネシアにジャヤ大林を設立
    • [76]1963年10月 東洋ビルサービスを設立
    • [77]1965年7月 神戸支店を開設
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [78]売上高 1965年3月期1,156億円 → 1972年3月期2,865億円
    • [79]営業利益 1965年3月期68億円 → 1972年3月期162億円
  • 日本産業史(日経文庫、日本経済新聞社、1994年)第2巻「建設-巨大工事にいどむ」
    • [68]1950年代当初の大手5社の年間完成工事高は約200億円規模
    • [69]建設業は1950年代当初から約10年の成長期に入った
    • [73]大土木工事を通じて土木事業に機械の導入が本格化
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [70]1964年 バンコクに建設業界初の海外常駐事務所を開設
    • [78]売上高 1965年3月期1,156億円 → 1972年3月期2,865億円
    • [79]営業利益 1965年3月期68億円 → 1972年3月期162億円
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [71]1965年12月 東京都清瀬市に技術研究所を新設
    • [72]OWSソレタンシュ工法(連続地中壁工法)を技術研究所で開発
    • [74]1970年12月 東京支店を東京本社へ改称
    • [75]1972年1月 インドネシアにジャヤ大林を設立
    • [76]1963年10月 東洋ビルサービスを設立
    • [77]1965年7月 神戸支店を開設

1973年〜 石油危機後の受注構造の転換、脱同族への移行、そして初の営業赤字

大林組の業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1974年 タイ大林を設立
  2. 1975年 金沢支店を開設
  3. 1987年 福岡支店を九州支店に商号変更
  4. 1989年 初の非同族社長・津室隆夫氏の登場——大林家45年支配からの転換 創業100周年を翌年に控え、大林芳郎会長は経営の椅子を血縁の外に譲る決断をどう下したか
  5. 1989年 オーシー・ファイナンスを設立
  6. 1990年 CI導入、企業理念・新社章を制定
  7. 1994年 仙台市長への贈賄容疑で経営首脳が逮捕

石油危機が変えた受注構造と、開発企画型営業への転換

1973年の石油危機は、戦後の建設業界が30年依拠してきた成長条件を変えた[80]。国と自治体の公共投資の伸びは鈍り、大林組の売上高は1975年3月期の5,269億円から翌1976年3月期には4,254億円へ2割[81]落ち込んでいる。経常利益も同じ2期で176億円から128億円へ減った[82]。当期純利益は1975年3月期の85億円から1979年3月期には43億円まで下がり[83]、立て直しには時間がかかっている。売上高が1975年3月期の水準を超えたのは、1978年3月期の5,151億円を経た1980年3月期[84]であった。

  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [80]1973年 石油危機
    • [81]売上高 1975年3月期5,269億円 → 1976年3月期4,254億円
    • [82]経常利益 176億円 → 128億円
    • [83]当期純利益 1975年3月期85億円 → 1979年3月期43億円
    • [84]売上高が1975年3月期の水準を超えたのは1980年3月期

需要が細った国内を補うため、大林組は1974年5月にタイ大林を設立[85]して東南アジアに現地法人を置き、1979年にはアメリカの公共工事を日本の建設会社として初めて受注[86]している。国内では新しい施工技術の研究開発と、顧客の土地活用の企画から提案する開発企画型営業[87]に経営資源を振り向けた。1975年2月には金沢支店を開き[88]、1987年4月には福岡支店を九州支店へ改める[89]など、国内の営業網も組み直している。売上高は1980年3月期の5,434億円から1987年3月期には8,478億円[90]まで戻した。

  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [85]1974年5月 タイ大林を設立
    • [86]1979年 アメリカの公共工事を日本の建設会社として初受注
    • [88]1975年2月 金沢支店を開設
    • [89]1987年4月 福岡支店を九州支店へ商号変更
  • 1995日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [87]開発企画型営業への転換
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [90]売上高 1980年3月期5,434億円 → 1987年3月期8,478億円
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [80]1973年 石油危機
    • [81]売上高 1975年3月期5,269億円 → 1976年3月期4,254億円
    • [82]経常利益 176億円 → 128億円
    • [83]当期純利益 1975年3月期85億円 → 1979年3月期43億円
    • [84]売上高が1975年3月期の水準を超えたのは1980年3月期
    • [90]売上高 1980年3月期5,434億円 → 1987年3月期8,478億円
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [85]1974年5月 タイ大林を設立
    • [86]1979年 アメリカの公共工事を日本の建設会社として初受注
    • [88]1975年2月 金沢支店を開設
    • [89]1987年4月 福岡支店を九州支店へ商号変更
  • 1995日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [87]開発企画型営業への転換

初の非同族社長と、経営に残り続けた創業家の存在

1989年6月、大林組は大林家と血縁関係を持たない津室隆夫氏を4代目社長に起用[91]した。1943年の就任から45年にわたり社長を務めた大林芳郎氏[92]の後任に、京都大学建築学科出身で現場と技術部門を歩んだ[93]生え抜きが就いたことになる。創業から97年、大林家3代が率いてきた経営は、創業100周年を前に「土木の請負中心で堅く暗い会社」という企業イメージの刷新を課題[94]としていた。翌1990年4月にはCI(コーポレート・アイデンティティ)を導入し、新しい企業理念と新社章を制定[95]している。会長に退いた大林芳郎氏は津室氏への信頼を示しつつ、次男の大林剛郎氏を副社長に据えた[96]

  • 日経ビジネス 1990年7月30日号「新社長登場 津室隆夫氏(大林組) 同族外で初の登板「先読み」に自信」
    • [91]1989年6月 津室隆夫氏が4代目社長に就任(大林家と血縁なし)
    • [93]津室隆夫氏は京都大学建築学科出身で現場と技術部門を歩んだ生え抜き
    • [94]創業100周年を前に企業イメージの刷新が課題だった
    • [96]大林芳郎氏は会長へ退き次男の大林剛郎氏を副社長に据えた
  • 1995日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [92]大林芳郎氏の社長在任は1943年から45年
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [95]1990年4月 CI導入・新企業理念と新社章を制定

社長職の非同族起用は定着した一方、創業家は経営の中枢に残り続けた[97]。1994年には仙台市長への贈賄容疑で経営首脳が逮捕され[98]、建設業界の談合・贈賄体質への批判が高まるなかで全社的な経営見直しに着手している。1997年6月、本命と見られていた大林剛郎氏は副会長に退き[99]、津室氏の後任にはノーマークに等しかった向笠愼二副社長が就いた[100]。同じころ関西では、談合を取り仕切っていたとされる元大林組常務が公正取引委員会に実態を告発[101]しており、不祥事を避けて創業家の切り札を温存したという見方が業界に流れた[102]

  • 週刊東洋経済 1997年12月6日号「フラッシュ ゼネコン 同族経営が終焉迎える 信用不安のさなかに、銀行VSオーナーの軋れきが高まっている」
    • [97]社長職の非同族起用が定着する一方、大林剛郎氏は経営の中枢に残留
    • [99]1997年6月 大林剛郎氏が副会長へ退任
    • [100]津室隆夫氏の後任社長は向笠愼二副社長
    • [101]関西の談合を取り仕切ったとされる元大林組常務が公正取引委員会へ告発
    • [102]不祥事を避けて創業家の切り札を温存したとの見方
  • 1995日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [98]1994年 仙台市長への贈賄容疑で経営首脳が逮捕

バブル崩壊後の処理は業績にも表れ、2002年3月期には741億円の当期純損失を計上[103]した。2003年に社長の向笠愼二氏が掲げたのは規模ではなく収益力[104]で、正当な対価を要求すべきだと自ら全国の支店を説得して回ったと語っている。同時に、PFI事業を行う100%出資の特別目的会社を9社持ち、年間100億円ずつ投資を拡大する方針[105]を示した。他社がリスク分散のため100%出資を避けるなかでの選択[106]で、施工量の拡大を通じて収益に効かせる狙いがあった。海外事業の比率も5年後に倍増させる方針を掲げ、米国のエンジニアリング会社の買収にも言及[107]している。

  • 大林組 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [103]2002年3月期 当期純損失741億円
  • 週刊東洋経済 2003年7月5日号「特集 ゼネコン大乱戦 竹中脱落、大林浮上か? 変わるスーパー5社の勢力図」
    • [104]向笠愼二社長は規模より収益力を掲げた
    • [105]PFI事業の100%出資SPCを9社保有し年間100億円ずつ投資を拡大する方針
    • [106]他社はリスク分散のため100%出資を避けていた
    • [107]海外事業比率を5年後に倍増させる方針と米エンジニアリング会社の買収検討
  • 日経ビジネス 1990年7月30日号「新社長登場 津室隆夫氏(大林組) 同族外で初の登板「先読み」に自信」
    • [91]1989年6月 津室隆夫氏が4代目社長に就任(大林家と血縁なし)
    • [93]津室隆夫氏は京都大学建築学科出身で現場と技術部門を歩んだ生え抜き
    • [94]創業100周年を前に企業イメージの刷新が課題だった
    • [96]大林芳郎氏は会長へ退き次男の大林剛郎氏を副社長に据えた
  • 1995日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [92]大林芳郎氏の社長在任は1943年から45年
    • [98]1994年 仙台市長への贈賄容疑で経営首脳が逮捕
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
    • [95]1990年4月 CI導入・新企業理念と新社章を制定
  • 週刊東洋経済 1997年12月6日号「フラッシュ ゼネコン 同族経営が終焉迎える 信用不安のさなかに、銀行VSオーナーの軋れきが高まっている」
    • [97]社長職の非同族起用が定着する一方、大林剛郎氏は経営の中枢に残留
    • [99]1997年6月 大林剛郎氏が副会長へ退任
    • [100]津室隆夫氏の後任社長は向笠愼二副社長
    • [101]関西の談合を取り仕切ったとされる元大林組常務が公正取引委員会へ告発
    • [102]不祥事を避けて創業家の切り札を温存したとの見方
  • 大林組 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [103]2002年3月期 当期純損失741億円
  • 週刊東洋経済 2003年7月5日号「特集 ゼネコン大乱戦 竹中脱落、大林浮上か? 変わるスーパー5社の勢力図」
    • [104]向笠愼二社長は規模より収益力を掲げた
    • [105]PFI事業の100%出資SPCを9社保有し年間100億円ずつ投資を拡大する方針
    • [106]他社はリスク分散のため100%出資を避けていた
    • [107]海外事業比率を5年後に倍増させる方針と米エンジニアリング会社の買収検討

枚方市の官製談合とリーマンショックが同時に突いた弱点

2007年6月、大阪府枚方市の官製談合事件で当時の経営幹部が逮捕されたことを受け、脇村典夫社長ら役員5人が退任し、白石達専務執行役員が社長へ昇格[108]した。創業家の大林剛郎会長は代表権のない取締役へ降格[109]している。大林剛郎氏は会見で、バブル崩壊後も財務面で大きな打撃を負わなかったために「大林組はつぶれることがない」と考えてきたと述べ、危機感の不足を[110]辞任の理由に挙げた。業績面でも、2008年3月期の完成工事利益率は単体で5.1%の見通しと、鹿島の6.3%や清水建設の6.1%に見劣り[111]していた。

  • 週刊東洋経済 2007年6月16日号「ニュース最前線01 ゼネコン逮捕者続出! 大林組が抱える2つの難題」
    • [108]2007年6月 枚方市の官製談合事件で脇村典夫社長ら役員5人が退任、白石達氏が社長へ
    • [109]大林剛郎会長は代表権のない取締役へ降格
    • [111]2008年3月期の完成工事利益率 単体5.1%見通し(鹿島6.3%・清水建設6.1%)
  • 週刊東洋経済 2007年6月16日号「ニュース最前線 このひとに5つの質問 大林剛郎 大林組会長 危機感が足りなかった 人心一新で信用を回復する」
    • [110]大林剛郎氏は危機感の不足を挙げた

2006年6月に大林ベトナムを設立[112]し、2008年4月には海外支店を開く[113]など、海外の体制は広げていた。だが談合摘発による指名停止処分が受注を削る[114]なか、リーマンショック後の建設不況が重なった。2010年3月期、大林組は連結で初の営業赤字625億円と純損失533億円を計上[115]している。連結売上高は前年比約2割減の1兆3,414億円へ落ち込み[116]、工事粗利率も悪化した。海外でもドバイ地下鉄をはじめ設計変更や追加工事の代金を回収できない案件が続き[117]、各社が数百億円規模の損失処理を迫られている。

  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [112]2006年6月 大林ベトナムを設立
    • [113]2008年4月 海外支店を開設
  • 週刊東洋経済 2007年6月16日号「ニュース最前線01 ゼネコン逮捕者続出! 大林組が抱える2つの難題」
    • [114]談合摘発による指名停止処分が受注に影響
  • 大林組 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [115]2010年3月期 連結で初の営業赤字625億円・純損失533億円
    • [116]2010年3月期の連結売上高 1兆3,414億円(前年比約2割減)
  • 週刊東洋経済 2011年12月3日号「特集 蠢くゼネコン 第3章 ついに中国からも撤退 なぜ日本ゼネコンは海外進出で挫折するのか」
    • [117]ドバイ地下鉄など海外案件で代金回収ができず損失処理
  • 週刊東洋経済 2007年6月16日号「ニュース最前線01 ゼネコン逮捕者続出! 大林組が抱える2つの難題」
    • [108]2007年6月 枚方市の官製談合事件で脇村典夫社長ら役員5人が退任、白石達氏が社長へ
    • [109]大林剛郎会長は代表権のない取締役へ降格
    • [111]2008年3月期の完成工事利益率 単体5.1%見通し(鹿島6.3%・清水建設6.1%)
    • [114]談合摘発による指名停止処分が受注に影響
  • 週刊東洋経済 2007年6月16日号「ニュース最前線 このひとに5つの質問 大林剛郎 大林組会長 危機感が足りなかった 人心一新で信用を回復する」
    • [110]大林剛郎氏は危機感の不足を挙げた
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [112]2006年6月 大林ベトナムを設立
    • [113]2008年4月 海外支店を開設
  • 大林組 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [115]2010年3月期 連結で初の営業赤字625億円・純損失533億円
    • [116]2010年3月期の連結売上高 1兆3,414億円(前年比約2割減)
  • 週刊東洋経済 2011年12月3日号「特集 蠢くゼネコン 第3章 ついに中国からも撤退 なぜ日本ゼネコンは海外進出で挫折するのか」
    • [117]ドバイ地下鉄など海外案件で代金回収ができず損失処理

2010年〜 請負への依存から抜けるための、非建設事業と海外買収による拡大

大林組の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2010年 初の営業赤字・純損失を計上
  2. 2011年 新星和不動産の全株式を取得
  3. 2012年 大林クリーンエナジーを設立
  4. 2017年 大林道路を完全子会社化
  5. 2023年 シルチェスターによる特別配当の株主提案と、その否決 DOEに基づく安定配当を貫くか、増配要求に応じるか——低PBRのゼネコンが迫られた資本配分の選択
  6. 2024年 データセンター事業への参入を発表
  7. 2025年 佐藤俊美体制の始動と北米MWH機軸の積極M&A戦略 縮む国内建設を超えられるか——海外・非建設の拡大で描く売上高1兆円構想

東京スカイツリーが変えた知名度と、中国からの撤退

スーパーゼネコン5社の一角を占める大林組[118]にとって、赤字の底から立て直しにかかるなかで名を全国へ広げたのは、東京スカイツリーだった[119]。この工事には地中連続壁工法、スリップフォーム工法、リフトアップ工法という三つの要素技術[120]が使われ、いずれも大林組が得意としてきたものである。下請けに任せず直接施工した点も大きく[121]、専任を置かずに手の空いた者が現場へ入る方式[122]を採っても作業が滞らなかった。白石達社長は、この仕事が社員の自信につながったと語っている[123]。大阪で創業した会社ゆえ東京での知名度は低かったが、完成を機に全国区へ変わった[124]。関東に根差した同業は地元企業との[125]結び付きが強く、大林組は関西の顧客との関係に比べて関東での取引先が少なかった。

  • 週刊東洋経済 2020年7月4日号「第1特集 激震! 不動産 PART3 ゼネコンの多難 INTERVIEW 大林組 社長 蓮輪賢治「建築・土木を本業と呼ぶな 多様な収益源で成長する」」
    • [118]大林組はスーパーゼネコン5社の一角
  • 週刊東洋経済 2016年7月30日号「第1特集 ゼネコン バブル超え PART1 TOP INTERVIEW 大林組 社長 白石達 旺盛な再開発はいつまで続く?」
    • [119]東京スカイツリーが大林組の知名度を全国へ広げた
    • [124]大阪で創業した会社ゆえ東京での知名度が低かった
    • [125]関東の同業は地元企業との結び付きが強く大林組は関東の取引先が少なかった
  • 週刊東洋経済 2011年12月3日号「特集 蠢くゼネコン 第2章 仁義なき争奪戦 interview 大林組社長 白石達 スカイツリーの仕事は自信につながった」
    • [120]東京スカイツリーは地中連続壁工法・スリップフォーム工法・リフトアップ工法の三技術で施工
    • [121]下請けに任せず直接施工した
    • [122]専任を置かず手の空いた者が現場へ入る方式
    • [123]白石達社長はスカイツリーの仕事が社員の自信につながったと述べた

国内の建設投資が2010年度に41兆円まで落ちる[126]なか、大林組は収益源の幅を広げにかかった。2011年6月に新星和不動産の全株式を取得[127]してデベロッパー事業の基盤を得て、白石社長は将来これを国内土木と同じ規模にしたいとして、M&Aも有力な方法だと述べている[128]。海外では当時17〜18%の比率を3年後に20%超へ引き上げる目標[129]を置いた。一方で中国からは撤退し、上海万博の日本産業館が最後の工事となっている[130]。現地の専門業者とうまく付き合えなければ工事採算が取れない[131]というのが、撤退の理由であった。

  • 週刊東洋経済 2011年12月3日号「特集 蠢くゼネコン 第2章 仁義なき争奪戦 interview 大林組社長 白石達 スカイツリーの仕事は自信につながった」
    • [126]国内建設投資は2010年度に41兆円まで減少
    • [128]白石社長はデベロッパー事業を国内土木と同規模にする意向とM&Aの活用を示した
    • [129]海外比率 17〜18%を3年後に20%超へ
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [127]2011年6月 新星和不動産の全株式を取得
  • 週刊東洋経済 2011年12月3日号「特集 蠢くゼネコン 第3章 ついに中国からも撤退 なぜ日本ゼネコンは海外進出で挫折するのか」
    • [130]中国から撤退し上海万博の日本産業館が最後の工事
    • [131]撤退理由は現地の専門業者と付き合えないと工事採算が取れないこと

首都圏の再開発と震災復興が重なって業績は急速に戻り、連結営業利益は2017年3月期に1,337億円、2019年3月期には1,555億円へ達し[132]た。2014年には売上高で鹿島を抜いて業界首位に立っている[133]。白石社長は2016年の時点で利益水準はほぼピークに近いと述べ[134]、営業利益率6%を世間が認める水準と[135]位置づけた。バブルではなく過当競争が消えて正常な競争状態に戻っただけだ[136]、という認識である。2017年9月には大林道路を完全子会社化[137]し、1933年に設立した傍系会社をグループへ取り込み直した。

  • 大林組 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [132]連結営業利益 2017年3月期1,337億円・2019年3月期1,555億円
  • 週刊東洋経済 2018年2月3日号「ニュース深掘り 談合疑惑には「ゼロ回答」 大林組、社長交代で露見した本音」
    • [133]2014年 売上高で鹿島を抜き業界首位
  • 週刊東洋経済 2016年7月30日号「第1特集 ゼネコン バブル超え PART1 TOP INTERVIEW 大林組 社長 白石達 旺盛な再開発はいつまで続く?」
    • [134]白石社長は2016年時点で利益水準はほぼピークに近いと述べた
    • [135]営業利益率6%を世間が認める水準と位置づけた
    • [136]過当競争が消えて正常な競争状態に戻ったという認識
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [137]2017年9月 大林道路を完全子会社化
  • 週刊東洋経済 2020年7月4日号「第1特集 激震! 不動産 PART3 ゼネコンの多難 INTERVIEW 大林組 社長 蓮輪賢治「建築・土木を本業と呼ぶな 多様な収益源で成長する」」
    • [118]大林組はスーパーゼネコン5社の一角
  • 週刊東洋経済 2016年7月30日号「第1特集 ゼネコン バブル超え PART1 TOP INTERVIEW 大林組 社長 白石達 旺盛な再開発はいつまで続く?」
    • [119]東京スカイツリーが大林組の知名度を全国へ広げた
    • [124]大阪で創業した会社ゆえ東京での知名度が低かった
    • [125]関東の同業は地元企業との結び付きが強く大林組は関東の取引先が少なかった
    • [134]白石社長は2016年時点で利益水準はほぼピークに近いと述べた
    • [135]営業利益率6%を世間が認める水準と位置づけた
    • [136]過当競争が消えて正常な競争状態に戻ったという認識
  • 週刊東洋経済 2011年12月3日号「特集 蠢くゼネコン 第2章 仁義なき争奪戦 interview 大林組社長 白石達 スカイツリーの仕事は自信につながった」
    • [120]東京スカイツリーは地中連続壁工法・スリップフォーム工法・リフトアップ工法の三技術で施工
    • [121]下請けに任せず直接施工した
    • [122]専任を置かず手の空いた者が現場へ入る方式
    • [123]白石達社長はスカイツリーの仕事が社員の自信につながったと述べた
    • [126]国内建設投資は2010年度に41兆円まで減少
    • [128]白石社長はデベロッパー事業を国内土木と同規模にする意向とM&Aの活用を示した
    • [129]海外比率 17〜18%を3年後に20%超へ
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [127]2011年6月 新星和不動産の全株式を取得
    • [137]2017年9月 大林道路を完全子会社化
  • 週刊東洋経済 2011年12月3日号「特集 蠢くゼネコン 第3章 ついに中国からも撤退 なぜ日本ゼネコンは海外進出で挫折するのか」
    • [130]中国から撤退し上海万博の日本産業館が最後の工事
    • [131]撤退理由は現地の専門業者と付き合えないと工事採算が取れないこと
  • 大林組 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [132]連結営業利益 2017年3月期1,337億円・2019年3月期1,555億円
  • 週刊東洋経済 2018年2月3日号「ニュース深掘り 談合疑惑には「ゼロ回答」 大林組、社長交代で露見した本音」
    • [133]2014年 売上高で鹿島を抜き業界首位

リニア談合と「建築・土木を本業と呼ぶな」の号令

2017年末、リニア中央新幹線工事をめぐる談合疑惑が浮上[138]した。大林組は2018年1月23日に白石達社長の3月1日付辞任を発表[139]し、公正取引委員会への課徴金減免申請の期日翌日というタイミングにもかかわらず、会見で辞任の理由を経営体制の刷新と説明[140]している。同年3月、法人が独占禁止法違反の容疑で起訴された[141]。後任には、太陽光発電など新規事業を手がけてきた蓮輪賢治専務執行役員が就いた[142]。同業他社の社長が土木や建築の本流出身者で占められるなかで、経歴にとらわれずに成長を模索すると述べて[143]の就任であった。

  • 週刊東洋経済 2018年2月3日号「ニュース深掘り 談合疑惑には「ゼロ回答」 大林組、社長交代で露見した本音」
    • [138]2017年末 リニア中央新幹線工事の談合疑惑が浮上
    • [139]2018年1月23日 白石達社長の3月1日付辞任を発表
    • [140]辞任の理由を経営体制の刷新と説明
    • [142]後任社長は太陽光発電など新規事業を手がけた蓮輪賢治専務執行役員
  • 週刊東洋経済 2018年8月11日号「トップに直撃 大林組 社長 蓮輪賢治 Q.独禁法違反で社長交代 会社をどう率いますか」
    • [141]2018年3月 法人が独占禁止法違反の容疑で起訴
    • [143]蓮輪氏は経歴にとらわれずに成長を模索すると述べた

蓮輪社長は2018年5月に再発防止策を公表し、同業他社との会合へ出席する際の決裁を、それまで営業部門に限っていた対象から全社員へ広げた[144]。公正取引委員会に刑事告発された4社のうち、外部の第三者委員会を設けたのは大林組だけ[145]であった。内部調査だけではあらゆるステークホルダーの理解を得られない[146]というのが設置の理由で、2007年の枚方市談合の後にも定款へ法令順守を書き加えていた[147]同社にとって、二度目の作り直しにあたる。当時のルールに落とし穴があったなら変えていくほかない[148]、と蓮輪社長は述べている。

  • 週刊東洋経済 2018年8月11日号「トップに直撃 大林組 社長 蓮輪賢治 Q.独禁法違反で社長交代 会社をどう率いますか」
    • [144]2018年5月 再発防止策を公表し会合出席の決裁対象を全社員へ拡大
    • [147]2007年の談合事件を受け法令順守を定款へ追加していた
    • [148]蓮輪社長はルールに落とし穴があれば変えるほかないと述べた
  • 週刊東洋経済 2020年7月4日号「第1特集 激震! 不動産 PART3 ゼネコンの多難 INTERVIEW 大林組 社長 蓮輪賢治「建築・土木を本業と呼ぶな 多様な収益源で成長する」」
    • [145]刑事告発された4社のうち第三者委員会を設置したのは大林組のみ
    • [146]設置理由は内部調査だけではステークホルダーの理解を得られないこと

コンプライアンスの立て直しと並行して、蓮輪社長は収益構造にも手を入れた[149]。社内では建築事業と土木事業を本業と呼ぶなと言い続け[150]、建設事業の好調に甘んじず多様な収益源を確保するようポートフォリオを変える必要[151]があると説いている。柱の一つが再生可能エネルギーで、2012年7月に設立した大林クリーンエナジー[152]を軸に、メガソーラーの後は洋上風力とバイオマス発電を開発[153]した。建設業で排出するCO2を相殺できるだけの再エネを生み出したい[154]というのが目標で、30〜40年の息の長いストックビジネスと見ている[155]。2021年4月にはビジネスイノベーション推進室を40人で立ち上げ[156]、グリーンエネルギーや産業DXを新領域に掲げた[157]

  • 東洋経済オンライン 2020年6月26日(東洋経済新報社)
    • [149]蓮輪社長は収益構造にも手を入れた
    • [151]多様な収益源を確保するポートフォリオへの転換方針
  • 週刊東洋経済 2020年7月4日号「第1特集 激震! 不動産 PART3 ゼネコンの多難 INTERVIEW 大林組 社長 蓮輪賢治「建築・土木を本業と呼ぶな 多様な収益源で成長する」」
    • [150]蓮輪社長は建築事業と土木事業を本業と呼ぶなと社内に指示
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [152]2012年7月 大林クリーンエナジーを設立
  • 週刊東洋経済 2018年8月11日号「トップに直撃 大林組 社長 蓮輪賢治 Q.独禁法違反で社長交代 会社をどう率いますか」
    • [153]メガソーラーの後は洋上風力とバイオマス発電を開発
    • [154]建設業で排出するCO2を相殺できる再エネを生み出す目標
    • [155]再エネを30〜40年スパンのストックビジネスと位置づけ
  • 週刊東洋経済 2022年9月10日号「特集 ゼネコン「両利きの経営」 Prologue 転換期迎えるゼネコン」
    • [156]2021年4月 ビジネスイノベーション推進室を40人で立ち上げ
    • [157]グリーンエネルギーと産業DXを新領域に掲げた
  • 週刊東洋経済 2018年2月3日号「ニュース深掘り 談合疑惑には「ゼロ回答」 大林組、社長交代で露見した本音」
    • [138]2017年末 リニア中央新幹線工事の談合疑惑が浮上
    • [139]2018年1月23日 白石達社長の3月1日付辞任を発表
    • [140]辞任の理由を経営体制の刷新と説明
    • [142]後任社長は太陽光発電など新規事業を手がけた蓮輪賢治専務執行役員
  • 週刊東洋経済 2018年8月11日号「トップに直撃 大林組 社長 蓮輪賢治 Q.独禁法違反で社長交代 会社をどう率いますか」
    • [141]2018年3月 法人が独占禁止法違反の容疑で起訴
    • [143]蓮輪氏は経歴にとらわれずに成長を模索すると述べた
    • [144]2018年5月 再発防止策を公表し会合出席の決裁対象を全社員へ拡大
    • [147]2007年の談合事件を受け法令順守を定款へ追加していた
    • [148]蓮輪社長はルールに落とし穴があれば変えるほかないと述べた
    • [153]メガソーラーの後は洋上風力とバイオマス発電を開発
    • [154]建設業で排出するCO2を相殺できる再エネを生み出す目標
    • [155]再エネを30〜40年スパンのストックビジネスと位置づけ
  • 週刊東洋経済 2020年7月4日号「第1特集 激震! 不動産 PART3 ゼネコンの多難 INTERVIEW 大林組 社長 蓮輪賢治「建築・土木を本業と呼ぶな 多様な収益源で成長する」」
    • [145]刑事告発された4社のうち第三者委員会を設置したのは大林組のみ
    • [146]設置理由は内部調査だけではステークホルダーの理解を得られないこと
    • [150]蓮輪社長は建築事業と土木事業を本業と呼ぶなと社内に指示
  • 東洋経済オンライン 2020年6月26日(東洋経済新報社)
    • [149]蓮輪社長は収益構造にも手を入れた
    • [151]多様な収益源を確保するポートフォリオへの転換方針
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [152]2012年7月 大林クリーンエナジーを設立
  • 週刊東洋経済 2022年9月10日号「特集 ゼネコン「両利きの経営」 Prologue 転換期迎えるゼネコン」
    • [156]2021年4月 ビジネスイノベーション推進室を40人で立ち上げ
    • [157]グリーンエネルギーと産業DXを新領域に掲げた

シルチェスターの株主提案と、佐藤俊美体制の海外買収

転換の途中で請負の弱さが再び数字に出て、2022年3月期は資材価格の高騰が工事採算を圧迫し、国内建築セグメントは88億円の損失を計上[158]、連結営業利益は前期の1,232億円から411億円へ落ちた[159]。発注元へのスライド条項の適用は認められにくい一方、下請けからは同じ条項を求められる[160]立場に置かれている。翌2023年、大林組株を約4%持つ英運用会社シルチェスター・インターナショナル・[161]インベスターズが、1株12円の特別配当を第119回定時株主総会へ提案[162]した。会社は5月11日の取締役会で反対を決議[163]し、中期経営計画2022で掲げた5年6,000億円の成長投資と、自己資本配当率3%を目安とする長期安定配当[164]を根拠に挙げている。提案は6月28日の総会で否決された[165]

  • 大林組 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [158]2022年3月期 国内建築セグメントは88億円の損失
  • 大林組 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [159]連結営業利益 1,232億円(2021年3月期)→ 411億円(2022年3月期)
  • 週刊東洋経済 2022年9月10日号「特集 ゼネコン「両利きの経営」 Prologue 転換期迎えるゼネコン」
    • [160]発注元へのスライド条項適用は認められにくく下請けからは求められる立場
  • 日本経済新聞(2023年4月25日)「英シルチェスター、大林組に株主提案 特別配12円求める」
    • [161]シルチェスターは大林組株を約4%保有
    • [162]1株12円の特別配当を第119回定時株主総会へ提案
  • 大林組 適時開示「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」(別紙含む・2023年5月11日)
    • [163]2023年5月11日 取締役会が反対を決議
    • [164]反対の根拠は中期経営計画2022の5年6,000億円の成長投資とDOE3%の長期安定配当
  • 日本経済新聞(2023年6月28日)「大林組の株主総会、特別配当の株主提案を否決 英シルチェスターが要求」
    • [165]2023年6月28日の総会で提案は否決

株主提案と同じ年の2023年11月、大林組は北米の水インフラ建設会社MWHを約188億円で買収[166]した。2024年11月には都市型データセンターの開発と運用を担う新会社を設立[167]し、同年12月に次期社長人事を発表[168]している。2025年4月1日、財務・経営企画畑を歩み北米駐在の経験を持つ佐藤俊美氏が9代目社長兼[169]CEOに就任した。創業家以外では初の事務系出身者[170]である。本社にM&A検討チームを置き、北米事業のグランドデザイン策定とオセアニアでのM&A検討[171]を掲げるとともに、自己資本1兆円水準の維持と1,000億円の自己株式取得[172]、自己資本配当率5%の維持を財務方針として示した[173]

  • 日本経済新聞(2023年11月6日)「大林組、米水道プラント大手を買収 4〜9月は減益」
    • [166]2023年11月 北米の水インフラ建設会社MWHを約188億円で買収
  • 大林組「都市型データセンターの開発、運用を目的とした新会社を設立」(2024年11月11日・プレスリリース)
    • [167]2024年11月 都市型データセンターの開発・運用を担う新会社を設立
  • 日本経済新聞(2024年12月23日)「大林組社長に佐藤俊美氏 事務畑起用で非建設の成長急ぐ」
    • [168]2024年12月 次期社長人事を発表
    • [169]2025年4月1日 佐藤俊美氏が9代目社長兼CEOに就任(財務・経営企画畑、北米駐在経験)
    • [170]創業家以外では初の事務系出身の社長
  • 日経クロステック(2025年9月2日)「積極M&Aの大林組、買収経験豊かな佐藤社長「動かなければ30年後も変わらない」」
    • [171]本社にM&A検討チームを設置し北米のグランドデザインとオセアニアでのM&Aを検討
  • 大林組 2025年3月期決算説明会 質疑応答
    • [172]自己資本1兆円水準の維持と1,000億円の自己株式取得
    • [173]長期安定配当の方針として自己資本配当率5%を維持

就任後の買収は続き、2025年10月に米データセンター建設のGCON社[174]、2026年6月に豪州・英国・カナダで建築事業を展開するマルチプレックス社を子会社化[175]した。海外建設の売上高は10年で倍増[176]し、海外土木セグメントの売上高は2024年3月期の1,154億円から2025年3月期に2,587億円へ跳ねている[177]。2019年4月にはシンガポールにアジア支店、米国に北米支店を設けて[178]地域統括を敷いており、2025年3月期の海外建築と海外土木を合わせた売上高は7,574億円、連結売上高の約29%を占めた[179]。連結売上高は2025年3月期に2兆6,201億円、営業利益は1,434億円となり[180]、2026年3月期の連結営業利益は1,947億円と前期をさらに上回った[181]。請負の採算そのものは厚くなく、2025年3月期の建築の完成工事利益率は9.1%であった[182]。佐藤社長は市場シェアの拡大へ国内でもM&Aを進める考えを示している[183]

  • 日本経済新聞(2025年10月17日)「大林組、米国の建設会社を数百億円で買収 データセンターの受注拡大」
    • [174]2025年10月 米データセンター建設のGCON社を買収
  • 大林組「豪州、英国及びカナダにおいて建築事業を展開する「Multiplex社」の子会社化に関するお知らせ」(2026年6月18日)
    • [175]2026年6月 豪州・英国・カナダで建築事業を展開するマルチプレックス社を子会社化
  • 日経クロステック(2025年9月22日)「今動けばバンシやブイグを追える、積極的なM&A戦略取る大林組」
    • [176]海外建設売上高は10年で倍増
  • 大林組 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [177]海外土木セグメント売上高 2024年3月期1,154億円 → 2025年3月期2,587億円
    • [179]2025年3月期の海外建築+海外土木の売上高 7,574億円・連結の約29%
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [178]2019年4月 シンガポールにアジア支店・米国に北米支店を開設
  • 大林組 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [180]2025年3月期 連結売上高2兆6,201億円・営業利益1,434億円
    • [181]2026年3月期 連結営業利益1,947億円
  • 大林組 決算説明会資料
    • [182]2025年3月期の建築の完成工事利益率 9.1%
  • 日本経済新聞(2025年12月16日)「大林組の佐藤俊美・社長兼CEO「市場シェア拡大へ国内でもM&A」」
    • [183]佐藤社長は市場シェア拡大のため国内でもM&Aを進める考えを示した
  • 大林組 有価証券報告書(セグメント情報)
    • [158]2022年3月期 国内建築セグメントは88億円の損失
    • [177]海外土木セグメント売上高 2024年3月期1,154億円 → 2025年3月期2,587億円
    • [179]2025年3月期の海外建築+海外土木の売上高 7,574億円・連結の約29%
  • 大林組 有価証券報告書(連結財務諸表)
    • [159]連結営業利益 1,232億円(2021年3月期)→ 411億円(2022年3月期)
    • [180]2025年3月期 連結売上高2兆6,201億円・営業利益1,434億円
    • [181]2026年3月期 連結営業利益1,947億円
  • 週刊東洋経済 2022年9月10日号「特集 ゼネコン「両利きの経営」 Prologue 転換期迎えるゼネコン」
    • [160]発注元へのスライド条項適用は認められにくく下請けからは求められる立場
  • 日本経済新聞(2023年4月25日)「英シルチェスター、大林組に株主提案 特別配12円求める」
    • [161]シルチェスターは大林組株を約4%保有
    • [162]1株12円の特別配当を第119回定時株主総会へ提案
  • 大林組 適時開示「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」(別紙含む・2023年5月11日)
    • [163]2023年5月11日 取締役会が反対を決議
    • [164]反対の根拠は中期経営計画2022の5年6,000億円の成長投資とDOE3%の長期安定配当
  • 日本経済新聞(2023年6月28日)「大林組の株主総会、特別配当の株主提案を否決 英シルチェスターが要求」
    • [165]2023年6月28日の総会で提案は否決
  • 日本経済新聞(2023年11月6日)「大林組、米水道プラント大手を買収 4〜9月は減益」
    • [166]2023年11月 北米の水インフラ建設会社MWHを約188億円で買収
  • 大林組「都市型データセンターの開発、運用を目的とした新会社を設立」(2024年11月11日・プレスリリース)
    • [167]2024年11月 都市型データセンターの開発・運用を担う新会社を設立
  • 日本経済新聞(2024年12月23日)「大林組社長に佐藤俊美氏 事務畑起用で非建設の成長急ぐ」
    • [168]2024年12月 次期社長人事を発表
    • [169]2025年4月1日 佐藤俊美氏が9代目社長兼CEOに就任(財務・経営企画畑、北米駐在経験)
    • [170]創業家以外では初の事務系出身の社長
  • 日経クロステック(2025年9月2日)「積極M&Aの大林組、買収経験豊かな佐藤社長「動かなければ30年後も変わらない」」
    • [171]本社にM&A検討チームを設置し北米のグランドデザインとオセアニアでのM&Aを検討
  • 大林組 2025年3月期決算説明会 質疑応答
    • [172]自己資本1兆円水準の維持と1,000億円の自己株式取得
    • [173]長期安定配当の方針として自己資本配当率5%を維持
  • 日本経済新聞(2025年10月17日)「大林組、米国の建設会社を数百億円で買収 データセンターの受注拡大」
    • [174]2025年10月 米データセンター建設のGCON社を買収
  • 大林組「豪州、英国及びカナダにおいて建築事業を展開する「Multiplex社」の子会社化に関するお知らせ」(2026年6月18日)
    • [175]2026年6月 豪州・英国・カナダで建築事業を展開するマルチプレックス社を子会社化
  • 日経クロステック(2025年9月22日)「今動けばバンシやブイグを追える、積極的なM&A戦略取る大林組」
    • [176]海外建設売上高は10年で倍増
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
    • [178]2019年4月 シンガポールにアジア支店・米国に北米支店を開設
  • 大林組 決算説明会資料
    • [182]2025年3月期の建築の完成工事利益率 9.1%
  • 日本経済新聞(2025年12月16日)「大林組の佐藤俊美・社長兼CEO「市場シェア拡大へ国内でもM&A」」
    • [183]佐藤社長は市場シェア拡大のため国内でもM&Aを進める考えを示した

大林組の沿革1892〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
大林組創業——乾物問屋の三男が大阪・阿波座で興した土木建築請負業乾物問屋の三男・27歳の大林芳五郎氏は、市制施行後の大阪で立ち上がる建設需要をどう受注に変えたか 詳細を読む★★★
東京支店を開設
大林組を設立
東京中央停車場(東京駅丸の内本屋)・生駒トンネル工事が完成
創業者・大林芳五郎が死去、大林義雄が2代目社長に就任
大林組を設立
日本初の地下鉄工事(上野〜浅草間のうち万世橋〜上野間)を完工
東洋鋪装を設立
第二大林組を設立し大林組を再編
大林義雄社長が死去、大林芳郎が3代目社長に就任
浪速土地を設立
高松支店を開設
大阪証券取引所に株式を上場
東京証券取引所に株式を上場
東洋ビルサービスを設立
神戸支店を開設
技術研究所を新設
東洋鋪装を大林道路に商号変更
東京支店を東京本社に改める
大林道路が東京証券取引所市場第二部に上場
ジャヤ大林を設立
タイ大林を設立
金沢支店を開設
福岡支店を九州支店に商号変更
初の非同族社長・津室隆夫氏の登場——大林家45年支配からの転換創業100周年を翌年に控え、大林芳郎会長は経営の椅子を血縁の外に譲る決断をどう下したか 詳細を読む★★★
オーシー・ファイナンスを設立
CI導入、企業理念・新社章を制定
台湾大林組を設立
大林シンガポールを設立
仙台市長への贈賄容疑で経営首脳が逮捕★★
大林USAを設立
オーク設備工業の全株式を取得
脇村典夫大林ファシリティーズを設立
脇村典夫大林ベトナムを設立
白石達海外支店を開設
白石達初の営業赤字・純損失を計上★★
白石達新星和不動産の全株式を取得
白石達大林クリーンエナジーを設立
白石達大林道路を完全子会社化★★
蓮輪賢治シンガポールにアジア支店、米国に北米支店を開設
蓮輪賢治サイプレス・スナダヤの株式を取得
蓮輪賢治シルチェスターによる特別配当の株主提案と、その否決DOEに基づく安定配当を貫くか、増配要求に応じるか——低PBRのゼネコンが迫られた資本配分の選択 詳細を読む★★★
蓮輪賢治データセンター事業への参入を発表★★
佐藤俊美佐藤俊美体制の始動と北米MWH機軸の積極M&A戦略縮む国内建設を超えられるか——海外・非建設の拡大で描く売上高1兆円構想 詳細を読む★★★
出典・参考
  • 大林組 有価証券報告書【沿革】
  • 大林組百年史(大林組, 1993)
  • 回顧70年 : 大林組とともに(大林組, 1968)
  • 会社銀行八十年史(東洋経済新報社, 1955)「大林組」の項
  • 証券 1960年11月号「新規上場会社紹介 株式会社大林組」
  • 1995日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
  • 私の履歴書 経済人7「鹿島守之助」(日本経済新聞社、1980年)
  • 日本産業史(日経文庫、日本経済新聞社、1994年)第2巻「建設-巨大工事にいどむ」
  • 日経ビジネス 1990年7月30日号「新社長登場 津室隆夫氏(大林組) 同族外で初の登板「先読み」に自信」
  • 週刊東洋経済 1997年12月6日号「フラッシュ ゼネコン 同族経営が終焉迎える 信用不安のさなかに、銀行VSオーナーの軋れきが高まっている」
  • 大林組 有価証券報告書(連結財務諸表)
  • 週刊東洋経済 2003年7月5日号「特集 ゼネコン大乱戦 竹中脱落、大林浮上か? 変わるスーパー5社の勢力図」
  • 週刊東洋経済 2007年6月16日号「ニュース最前線01 ゼネコン逮捕者続出! 大林組が抱える2つの難題」
  • 週刊東洋経済 2007年6月16日号「ニュース最前線 このひとに5つの質問 大林剛郎 大林組会長 危機感が足りなかった 人心一新で信用を回復する」
  • 週刊東洋経済 2011年12月3日号「特集 蠢くゼネコン 第3章 ついに中国からも撤退 なぜ日本ゼネコンは海外進出で挫折するのか」
  • 週刊東洋経済 2020年7月4日号「第1特集 激震! 不動産 PART3 ゼネコンの多難 INTERVIEW 大林組 社長 蓮輪賢治「建築・土木を本業と呼ぶな 多様な収益源で成長する」」
  • 週刊東洋経済 2016年7月30日号「第1特集 ゼネコン バブル超え PART1 TOP INTERVIEW 大林組 社長 白石達 旺盛な再開発はいつまで続く?」
  • 週刊東洋経済 2011年12月3日号「特集 蠢くゼネコン 第2章 仁義なき争奪戦 interview 大林組社長 白石達 スカイツリーの仕事は自信につながった」
  • 週刊東洋経済 2018年2月3日号「ニュース深掘り 談合疑惑には「ゼロ回答」 大林組、社長交代で露見した本音」
  • 週刊東洋経済 2018年8月11日号「トップに直撃 大林組 社長 蓮輪賢治 Q.独禁法違反で社長交代 会社をどう率いますか」
  • 東洋経済オンライン 2020年6月26日(東洋経済新報社)
  • 週刊東洋経済 2022年9月10日号「特集 ゼネコン「両利きの経営」 Prologue 転換期迎えるゼネコン」
  • 大林組 有価証券報告書(セグメント情報)
  • 日本経済新聞(2023年4月25日)「英シルチェスター、大林組に株主提案 特別配12円求める」
  • 大林組 適時開示「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」(別紙含む・2023年5月11日)
  • 日本経済新聞(2023年6月28日)「大林組の株主総会、特別配当の株主提案を否決 英シルチェスターが要求」
  • 日本経済新聞(2023年11月6日)「大林組、米水道プラント大手を買収 4〜9月は減益」
  • 大林組「都市型データセンターの開発、運用を目的とした新会社を設立」(2024年11月11日・プレスリリース)
  • 日本経済新聞(2024年12月23日)「大林組社長に佐藤俊美氏 事務畑起用で非建設の成長急ぐ」
  • 日経クロステック(2025年9月2日)「積極M&Aの大林組、買収経験豊かな佐藤社長「動かなければ30年後も変わらない」」
  • 大林組 2025年3月期決算説明会 質疑応答
  • 日本経済新聞(2025年10月17日)「大林組、米国の建設会社を数百億円で買収 データセンターの受注拡大」
  • 大林組「豪州、英国及びカナダにおいて建築事業を展開する「Multiplex社」の子会社化に関するお知らせ」(2026年6月18日)
  • 日経クロステック(2025年9月22日)「今動けばバンシやブイグを追える、積極的なM&A戦略取る大林組」
  • 大林組 決算説明会資料
  • 日本経済新聞(2025年12月16日)「大林組の佐藤俊美・社長兼CEO「市場シェア拡大へ国内でもM&A」」

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