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  "title": "直近の動向と展望",
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      "title": "なぜ「建築・土木を本業と呼ぶな」と社内に号令をかけたのか（筆者所感）",
      "text": "1892年1月、乾物問屋出身の大林芳五郎が大阪で個人名義の土木建築請負業を興した。建設業界とは無縁の異業種参入者であり、技術蓄積より商人としての受注力と私的人脈で間口を広げた点に大林組の原体験があった。1898年に大阪市築港、1903年に第5回内国勧業博覧会の施設工事と受注を重ね、創業10年で大阪の大手業者と肩を並べた。建築と土木を分けず、商家の信用で工事を取り込む流儀が、以後130年続く請負業の型となった。\n\nこうして広げた受注規模は、1914年に東京中央停車場と東洋一の生駒トンネル3,388メートルを同年完工させる体力に育った。建築と土木の最難関を同じ年に並走させた経験が、戦後の拡張の前提となった。沖縄米軍基地でアメリカ式の機械化工法を学び、1958〜60年に証取上場、1964年に建設業界として初のバンコク常駐事務所、1965年に東京都清瀬市の技術研究所と、工法・財務・海外・技術の四方面で受注力を増した。1936〜40年には施工高で業界1位、戦後も連結売上1兆円台へ進み、請負ゼネコンとして規模を取り続けた。\n\nだが受注型の収益構造は景気の振れを利益にそのまま映す。FY09（2010/3期）に連結初の営業赤字625億円・純損失534億円を計上し、FY18には逆に上場来最高の営業利益1,554億円に届いた。8年で振り幅2,000億円超の決算が、建設業界の景気感応度の高さを数字で示した。さらに好況のピークでも完成工事利益率は8〜9%台で頭打ちし、労務費と資材費の上昇でこの水準を10%台へ引き上げられない。案件単位で粗利を積み上げるビジネスモデルの利益率には上限があり、受注規模をいくら取っても利益の質は変わらなかった。\n\nその利益質の限界を前提に、2018年就任の蓮輪賢治社長は「建築・土木を本業と呼ぶな」（東洋経済オンライン 2020/6/26）と社内に号令をかけた。請負は工事粗利を案件ごとに積み上げる収益構造だが、不動産開発7,000億円・グリーンエネルギー・北米M&A4件は、資産を抱えて超過利潤を取りにいく逆向きの収益構造である。号令の背景には、130年積み上げた受注力では利益率の構造を変えられないという認識があった。2025年4月就任の佐藤俊美9代目社長兼CEOは、国内建設が連結利益の7割超を稼ぐ収益構造を引き継いだ。",
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