大成建設 の歴史

更新:

創業

1873年

創業者

大倉喜八郎

創業地

東京都

直近売上高(2026/3)

20,891億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1887年、大倉喜八郎氏の貿易商社から渋沢栄一氏らと日本初の法人建設会社が生まれたのか
A 大倉喜八郎氏が単独で抱える大倉組商会では、近代国家の産業設備や公共施設をまとめて担う大資本・大組織には届かず、官需の拡大に応える施工体制を業界に欠いていたからである。大倉氏は大資本・大組織で新興日本の建設体制を整え業界の近代化をねらう構想を温め、これを渋沢栄一氏・藤田伝三郎氏ら明治財界の力と結びつけて、1887年に資本金200万円の有限責任日本土木会社として実らせた。渋沢氏が創立委員長、大倉氏が委員副長を務め、別途構想された東京建築会社の設立計画も統合している。個人請負が常態の業界に、初めて組織的な施工体制を持ち込んだ法人だった
Q なぜ財閥解体を経て、1949年に大倉家の全株式を社員へ譲る「社員の会社」になったのか
A 財閥解体で大倉家の持株支配が解かれ、貿易と建設を束ねていた求心力が失われたためである。三井・三菱と並ぶ財閥に指定された大倉組では喜八郎氏の長男・喜七郎氏をはじめ常務以上が公職追放となり、創業家が経営に戻れなくなった。残る施工部門が自立して生き延びるには資本と経営の分離が要ると見て、1946年に英語Constructionの邦訳「建設」を業界で初めて社名へ掲げて大成建設に改め、1949年6月には持株会社整理委員会が管理していた全株式を役員・従業員が譲り受けた。同族支配を解いて社員の会社へ作り替え、施工専業で戦後の再建体制を整えた。
Q なぜ過去最高益を生んだ建築事業が、2022〜2024年に赤字へ転落したのか
A 受注時に固定価格で結んだ工事が竣工を迎えるころ、資材価格の高止まりと労務需給の逼迫で実費が当初見積もりを上回り、契約価格の見直しが追いつかなくなったためである。札幌で担当した超高層ビルでは鉄骨精度の測定値を改ざんして発注者へ虚偽報告し、柱のずれ最大21ミリ・コンクリート厚さ不足245箇所などの不良が発覚、15階まで組んだ躯体の解体・再施工・違約金で約240億円を計上した。FY17に964億円の利益を上げた建築セグメントは、工事損失引当金が478億円から966億円へ膨らんだFY23に▲561億円まで損失を広げ、連結営業利益は264億円へ半減した。固定価格契約を前提に組んだ採算設計そのものが、複数案件で同時に成立しなくなった。

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1873年〜 大倉組商会の創立から建設業界初の株式会社となる大倉土木組まで

  1. 1873年 大成建設創業——大倉喜八郎氏の大倉組商会から業界初「建設」社名の採用へ 文明開化期の輸入貿易と政府発注の建設工事を両輪に、35歳・大倉喜八郎氏が起こした大倉組商会はどう業界初の株式会社と「建設」社名へ至ったか
  2. 1887年 有限責任日本土木会社を設立
  3. 1892年 大倉土木組に事業継承
  4. 1909年 鉄筋コンクリート工法を導入
  5. 1917年 大倉土木組として独立し名実ともに誕生
  6. 1920年 日本土木に商号変更
  7. 1924年 大倉土木に商号変更

貿易と建設請負を両輪に据えた資本金15万円の出発

大倉喜八郎氏は1837年に越後国蒲原郡新発田の名主層の家に生まれ[1]、1854年に18歳で江戸へ出た。鰹節店や乾物店の奉公を経て、1867年には大倉屋銃砲店を開き[2]、戊辰戦争前後の官軍向け武器取引で資本を蓄えている。1872年には私費で欧米視察に出て[3]、洋式商社の組織と海外取引の慣行に接して帰国した。翌1873年10月、東京府第一大区日本橋通三丁目に資本金15万円で大倉組商会を創立し[4]、機械・武器・洋酒・洋服の直輸入貿易[5]と、明治政府の命による建設工事の請負を事業の両輪に据えた。この商会が大成建設の起源[6]にあたる。

  • 証券調査(140)(新日本証券調査センター, 1982年5月)
    • [1]大倉喜八郎氏 1837年 越後新発田の名主層の家に出生
    • [2]1867年 大倉屋銃砲店を開業/戊辰戦争前後の官軍向け武器取引で資本を蓄積
  • 証券調査(205)(新日本証券調査センター, 1987年10月)
    • [3]1872年 私費で欧米視察/洋式商社の組織と海外取引慣行に接触
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1873年10月 資本金15万円で大倉組商会を創立
    • [5]機械・武器・洋酒・洋服の直輸入貿易と政府発注の建設工事請負が事業の両輪
    • [6]大倉組商会が大成建設の起源

1883年11月には鹿鳴館を完工し[7]、欧化政策の迎賓施設という国家的な建造物の施工実績を示した。ただし大倉喜八郎氏の個人請負では発注規模に応じきれず、1887年3月、渋沢栄一氏・藤田伝三郎氏とはかって資本金200万円の有限責任日本土木会社を設立した[8]。大倉組商会の業務のうち土木関係を分離して継承させた会社であり、日本における会社組織による土木建築業の最初の事例[9]となった。設立に際しては、別途構想されていた東京建築会社の設立計画もここへ統合している。

  • 証券調査(205)(新日本証券調査センター, 1987年10月)
    • [7]1883年11月 鹿鳴館を完工
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1887年3月 渋沢栄一氏・藤田伝三郎氏と資本金200万円で有限責任日本土木会社を設立
    • [9]大倉組商会の土木関係業務を分離継承/日本における会社組織による土木建築業の最初
  • 証券調査(140)(新日本証券調査センター, 1982年5月)
    • [1]大倉喜八郎氏 1837年 越後新発田の名主層の家に出生
    • [2]1867年 大倉屋銃砲店を開業/戊辰戦争前後の官軍向け武器取引で資本を蓄積
  • 証券調査(205)(新日本証券調査センター, 1987年10月)
    • [3]1872年 私費で欧米視察/洋式商社の組織と海外取引慣行に接触
    • [7]1883年11月 鹿鳴館を完工
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1873年10月 資本金15万円で大倉組商会を創立
    • [5]機械・武器・洋酒・洋服の直輸入貿易と政府発注の建設工事請負が事業の両輪
    • [6]大倉組商会が大成建設の起源
    • [8]1887年3月 渋沢栄一氏・藤田伝三郎氏と資本金200万円で有限責任日本土木会社を設立
    • [9]大倉組商会の土木関係業務を分離継承/日本における会社組織による土木建築業の最初

個人経営への後退から、建設業界初の株式会社への到達

1889年に公布された会計法で官公庁工事が競争入札へ移る[10]と、随意契約を前提に組み立てられていた有限責任日本土木会社は役割を失った。同社は1892年11月に解散し[11]、事業は大倉喜八郎氏が単独で経営する大倉土木組へ継承された。会社組織はいったん個人経営へ戻り、大倉土木組の前期の店主は大倉粂馬氏が務めている[12]。1909年にはフランスから鉄筋コンクリート構造物の建設工法を導入し、全国の建設現場へ普及させる指導的な役割を担った。1911年11月には大倉土木組が株式会社大倉組へ合併され[13]、株式会社大倉組土木部となった。

  • 証券調査(140)(新日本証券調査センター, 1982年5月)
    • [10]1889年公布の会計法で官公庁工事が競争入札へ移行
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1892年11月 有限責任日本土木会社が解散し大倉土木組へ事業継承
    • [13]1911年11月 大倉土木組が株式会社大倉組へ合併され株式会社大倉組土木部となる
  • 大成建設社史(大成建設 社史発刊準備委員会編, 1963年)
    • [12]大倉土木組前期の店主 大倉粂馬氏

1917年12月、株式会社大倉組から分離して資本金200万円の株式会社大倉土木組が発足した[14]。のちに取締役を務めた窪田重元氏は、この分離独立を「これが名実共に当社の誕生」[15]と説明している。1873年の大倉組商会創立から44年を経て[16]、土木建築の事業はようやく独立した法人格を得た。商号はその後も動き、1920年12月に日本土木株式会社、1924年6月に大倉土木株式会社と改めている[17]

  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [14]1917年12月 株式会社大倉組から分離し資本金200万円の株式会社大倉土木組が発足
    • [16]1873年の大倉組商会創立から1917年の法人独立まで44年
    • [17]1920年12月 日本土木株式会社へ改称/1924年6月 大倉土木株式会社へ改称
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [15]窪田重元氏が1917年の分離独立を「名実共に当社の誕生」と説明
  • 証券調査(140)(新日本証券調査センター, 1982年5月)
    • [10]1889年公布の会計法で官公庁工事が競争入札へ移行
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1892年11月 有限責任日本土木会社が解散し大倉土木組へ事業継承
    • [13]1911年11月 大倉土木組が株式会社大倉組へ合併され株式会社大倉組土木部となる
    • [14]1917年12月 株式会社大倉組から分離し資本金200万円の株式会社大倉土木組が発足
    • [16]1873年の大倉組商会創立から1917年の法人独立まで44年
    • [17]1920年12月 日本土木株式会社へ改称/1924年6月 大倉土木株式会社へ改称
  • 大成建設社史(大成建設 社史発刊準備委員会編, 1963年)
    • [12]大倉土木組前期の店主 大倉粂馬氏
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [15]窪田重元氏が1917年の分離独立を「名実共に当社の誕生」と説明

1927年〜 日本初の地下鉄工事と戦時統制を経て、業界に先んじた株式公開へ

大成建設の業績推移:単体

売上高(億円)
  1. 1927年 日本初の地下鉄工事(上野〜浅草)を完工
  2. 1946年 財閥解体と「大成建設」への改称——社員の会社としての再建 大倉財閥の解体で常務以上が公職追放となるなか、大倉土木を母体とする建設会社はなぜ大倉家の全株を社員へ移し、業界で初めて「建設」を社名に掲げたのか
  3. 1949年 役員・従業員が全株式を譲り受け同族支配を解消
  4. 1953年 有楽土地を設立
  5. 1956年 建設業界初の株式公開
  6. 1957年 東京証券取引所に上場
  7. 1959年 戦後初の海外建築工事(ホテル・インドネシア)に着手

上野〜浅草間の地下鉄完工と、戦時統制下で失った在外資産

1927年1月、上野〜浅草間で日本初の地下鉄工事を完工[18]した。地下鉄では渋谷〜浅草間の工事の大部分を担い、建築でも帝国ホテル、中央郵便局、大蔵省庁舎を手がけ[19]、1957年の株式上場に際して主な実績として挙げられたのはこれらの工事だった。資本金は1936年12月に300万円を増資して500万円、1944年2月には1,200万円[20]まで積み増し、同年4月には大平工業株式会社を吸収合併[21]している。

  • 証券調査(205)(新日本証券調査センター, 1987年10月)
    • [18]1927年1月 上野〜浅草間で日本初の地下鉄工事を完工
  • 証券 1957年101号「新規上場会社紹介 大成建設株式会社」
    • [19]過去の主な実績は帝国ホテル・中央郵便局・大蔵省庁舎・渋谷〜浅草間の地下鉄工事の大部分
    • [20]1936年12月 300万円増資で資本金500万円/1944年2月 資本金1,200万円
    • [21]1944年4月 大平工業株式会社を吸収合併

戦時下の建設業者は、1941年の国家総動員法、1942年の企業整備、1943年の労務報国会、1945年の戦時建設団設立[22]を通じて請負営業の自由を制約された。工事は陸海軍と軍需工場のものが中心となり、大手業者の大部分は朝鮮・中国・東南アジアなど旧植民地や占領地域へ多数の社員を派遣した[23]。終戦により大倉土木は膨大な在外資産を失い[24]、特別経理会社となり、財閥会社であったため制限会社の指定を受け、公職追放令A項会社の指定で会長・社長・常務の人材を失った。大倉組は三井・三菱と並ぶ財閥に指定され、大倉喜七郎氏ら常務以上の役員が公職追放[25]となった。追放を免れた若手層が経営を引き継ぐ人事構造となり、本間嘉平氏は1946年に大阪支店長、1947年に取締役となった[26]

  • 日本産業史 第2巻「建設-新工法・新技術相次ぐ」
    • [22]戦時中の建設業者は国家総動員法(1941)・企業整備(1942)・労務報国会(1943)・戦時建設団(1945)で請負営業の自由を制約
    • [23]大手業者の大部分が朝鮮・中国・東南アジアなど旧植民地・占領地域へ社員を派遣
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [24]終戦で膨大な在外資産を喪失/特別経理会社・制限会社・公職追放令A項会社の指定で会長・社長・常務を喪失
  • 事業の世界 1971年9月号「よい仕事をするための日建連」
    • [25]大倉組は三井・三菱と並ぶ財閥に指定され大倉喜七郎氏ら常務以上が公職追放
    • [26]本間嘉平氏 1946年 大阪支店長/1947年 取締役
  • 証券調査(205)(新日本証券調査センター, 1987年10月)
    • [18]1927年1月 上野〜浅草間で日本初の地下鉄工事を完工
  • 証券 1957年101号「新規上場会社紹介 大成建設株式会社」
    • [19]過去の主な実績は帝国ホテル・中央郵便局・大蔵省庁舎・渋谷〜浅草間の地下鉄工事の大部分
    • [20]1936年12月 300万円増資で資本金500万円/1944年2月 資本金1,200万円
    • [21]1944年4月 大平工業株式会社を吸収合併
  • 日本産業史 第2巻「建設-新工法・新技術相次ぐ」
    • [22]戦時中の建設業者は国家総動員法(1941)・企業整備(1942)・労務報国会(1943)・戦時建設団(1945)で請負営業の自由を制約
    • [23]大手業者の大部分が朝鮮・中国・東南アジアなど旧植民地・占領地域へ社員を派遣
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [24]終戦で膨大な在外資産を喪失/特別経理会社・制限会社・公職追放令A項会社の指定で会長・社長・常務を喪失
  • 事業の世界 1971年9月号「よい仕事をするための日建連」
    • [25]大倉組は三井・三菱と並ぶ財閥に指定され大倉喜七郎氏ら常務以上が公職追放
    • [26]本間嘉平氏 1946年 大阪支店長/1947年 取締役

「大成建設」への改称と、社員が引き取った大倉家保有株

大倉財閥の解体が進むなか[27]、大倉土木株式会社は1946年1月にいち早く大成建設株式会社へ商号を改めた[28]。「大成」は大倉喜八郎氏の戒名からとったもので、語源は孟子の「集大成」[29]にある。「建設」は英語Constructionの邦訳で、建設業者が社名にこの二文字を冠した最初の例[30]となった。1947年には鹿島組が鹿島建設、1948年には清水組が清水建設[31]、西松組が西松建設へと相次いで倣っている。

  • 日本産業史 第2巻「建設-新工法・新技術相次ぐ」
    • [27]大倉財閥の一つだった大倉土木がいち早く「大成建設」へ社名変更
    • [30]「建設」はConstructionの邦訳で建設業者が社名に冠した最初の例
    • [31]1947年 鹿島組が鹿島建設へ/1948年 清水組が清水建設・西松組が西松建設へ改称
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [28]1946年1月 大倉土木株式会社から大成建設株式会社へ商号変更
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [29]「大成」は大倉喜八郎氏の戒名に由来し語源は孟子の「集大成」

1947年、大倉鉱業が保有していた大成建設の全株式24万株は持株会社整理委員会の管理へ移り[32]、同社は同業他社に比べ不利な立場に置かれた。1949年6月、役員・従業員がこの全株式を譲り受け、制限会社の指定も解かれて混乱期を脱している[33]。譲受の時点で社員は約3,600名[34]を数えた。社員が個人の資金を出しあって株式を引き取った経緯から、大成建設の労働組合は協同組合的な色彩が濃くなった[35]。創業家の持株支配は、財閥解体から3年余りで資本の面からも解消[36]された。

  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [32]1947年 大倉鉱業保有の全株式24万株が持株会社整理委員会の管理へ移管
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [33]1949年6月 役員・従業員が持株会社整理委員会管理の全株式を譲受/制限会社の指定も解除
  • インベストメント 12巻6号(1959年10月)
    • [34]株式譲受の時点で社員 約3,600名
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1969年7巻3号「大成建設の現状と将来」(尾上保太郎)
    • [35]社員が個人資金を出しあって株式を引き取った経緯から労働組合は協同組合的な色彩
  • 証券調査(140)(新日本証券調査センター, 1982年5月)
    • [36]社名変更と株式譲受により同族支配色を一掃

1949年8月には企業再建整備の実行のため1,800万円を増資し、資本金を3,000万円とした[37]。同年9月、建設業法の施行にともない綜合建設業者として建設大臣に登録している[38]。終戦直後は新旧勘定が分離していたが、1949年に企業再建整備計画が完了し、1950年3月期には初めて1割の配当を実施した[39]。以後1952年3月期からは12年間にわたり2割以上の配当[40]を続けている。

  • 証券 1957年101号「新規上場会社紹介 大成建設株式会社」
    • [37]1949年8月 企業再建整備実行のため1,800万円増資し資本金3,000万円
    • [38]1949年9月 建設業法施行にともない綜合建設業者として建設大臣に登録
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [39]1949年 企業再建整備計画が完了/1950年3月期に初の1割配当
    • [40]1952年3月期以降 12年間にわたり2割以上の配当を継続
  • 日本産業史 第2巻「建設-新工法・新技術相次ぐ」
    • [27]大倉財閥の一つだった大倉土木がいち早く「大成建設」へ社名変更
    • [30]「建設」はConstructionの邦訳で建設業者が社名に冠した最初の例
    • [31]1947年 鹿島組が鹿島建設へ/1948年 清水組が清水建設・西松組が西松建設へ改称
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [28]1946年1月 大倉土木株式会社から大成建設株式会社へ商号変更
    • [33]1949年6月 役員・従業員が持株会社整理委員会管理の全株式を譲受/制限会社の指定も解除
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [29]「大成」は大倉喜八郎氏の戒名に由来し語源は孟子の「集大成」
    • [32]1947年 大倉鉱業保有の全株式24万株が持株会社整理委員会の管理へ移管
    • [39]1949年 企業再建整備計画が完了/1950年3月期に初の1割配当
    • [40]1952年3月期以降 12年間にわたり2割以上の配当を継続
  • インベストメント 12巻6号(1959年10月)
    • [34]株式譲受の時点で社員 約3,600名
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1969年7巻3号「大成建設の現状と将来」(尾上保太郎)
    • [35]社員が個人資金を出しあって株式を引き取った経緯から労働組合は協同組合的な色彩
  • 証券調査(140)(新日本証券調査センター, 1982年5月)
    • [36]社名変更と株式譲受により同族支配色を一掃
  • 証券 1957年101号「新規上場会社紹介 大成建設株式会社」
    • [37]1949年8月 企業再建整備実行のため1,800万円増資し資本金3,000万円
    • [38]1949年9月 建設業法施行にともない綜合建設業者として建設大臣に登録

黒部第四発電所と、業界に先んじた株式公開・東証上場

1950年に勃発した朝鮮動乱を契機に[41]、日本経済の復興は軌道に乗った。売上高は1951年3月期の47億円から1955年3月期には171億円へ[42]、4年で3.6倍に拡大している。資本金も1951年8月に6,000万円、1952年8月に1億5,000万円、1954年7月に3億円[43]と、工事量の増加に合わせて積み増した。1953年4月には有楽土地株式会社を東京都中央区に設立し[44]、グループで最初の子会社としている。1950年代当初の建設工事量は年間約1兆円と推定され、清水・大成・鹿島・大林・竹中のいわゆる大手五社の年間完成工事高は200億円に達しようとしていた[45]

  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [41]1950年勃発の朝鮮動乱を契機に日本経済の復興が軌道に乗る
  • 大成建設のあゆみ(1945-1968、大成建設, 1969年)
    • [42]売上高 1951年3月期47億円/1955年3月期171億円
  • 証券 1957年101号「新規上場会社紹介 大成建設株式会社」
    • [43]資本金 1951年8月6,000万円/1952年8月1億5,000万円/1954年7月3億円
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [44]1953年4月 有楽土地株式会社を東京都中央区に設立
  • 日本産業史 第2巻「建設-巨大工事にいどむ」
    • [45]1950年代当初の建設工事量 年間約1兆円/大手五社の年間完成工事高はほぼ200億円

1956年5月、電源開発調整審議会が黒部川第四発電所の開発主体を関西電力と決め[46]、同年7月に各社と特命で工事契約が結ばれた。大成建設が請け負った第五工区は、地下150メートル・広さ200メートル平方・高さ50メートルの洞穴に発電所を格納する工事[47]で、請負金は23億100万円、1956年6月着手・1960年10月完成の予定だった[48]。全体の工費は当初の370億円を大きく超えて500億円余に達し、竣工式は1963年6月[49]に行われている。機械化による工期短縮も進み、トンネル工事の掘進は1日2〜3メートルから10〜15メートルへ伸びた[50]。売上高対利益率は従前の2%前後から、1956年9月期以降は4%以上へ改善している[51]。1957年時点の主な手持工事には、三菱地所の第3丸ビル新築工事21億5,600万円、国立競技場第1回建築工事5億5,800万円[52]、日本道路公団の笹子トンネル工事が並んでいる。

  • 日本産業史 第2巻「建設-巨大工事にいどむ」
    • [46]1956年5月 電源開発調整審議会が黒部第四の開発主体を関西電力と決定/同年7月に特命で工事契約
    • [47]大成建設の担当は第五工区(地下150メートル・広さ200メートル平方・高さ50メートルの地下発電所)
    • [49]黒部第四の工費は当初370億円の予定を超え500億円余/竣工式1963年6月
  • 証券 1957年101号「新規上場会社紹介 大成建設株式会社」
    • [48]黒部川第四発電所第五工区の請負金 23億100万円/1956年6月着手・1960年10月完成予定
    • [50]機械化でトンネル掘進が1日2〜3メートルから10〜15メートルへ/売上高対利益率は2%前後から1956年9月期以降4%以上
    • [51]売上高対利益率 従前2%前後から1956年9月期以降4%以上へ向上
    • [52]1957年時点の主な手持工事=第3丸ビル新築工事21億5,600万円・国立競技場第1回建築工事5億5,800万円・笹子トンネル工事

1956年9月、資本金3億円を6億円へ倍額増資するにあたり、大成建設は株式を東京店頭市場へ公開した[53]。ゼネラルコントラクターの株式が終始非公開だった業界で最初の公開であり、売出価格80円にはただちに160円の値がついている[54]。公開には業界からも社内からも批判の声があったが[55]、思いきって踏み切った。1957年3月期の完成工事高は152億8,697万円と前期の約5割増、当期純利益は7億3,320万円に達した[56]。1957年9月9日には東京証券取引所へ上場し、上場株式数は1,200万株、社員は2,428名[57]を数えた。1959年10月には大阪・名古屋両証券取引所へも上場[58]している。同年には戦後初の海外建築工事として、インドネシアの首都ジャカルタでホテル・インドネシアの建設に着手した[59]

  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [53]1956年9月 資本金3億円を6億円へ倍額増資する際に東京店頭市場へ株式を公開
    • [58]1959年10月 大阪・名古屋両証券取引所へ上場
  • 日本産業史 第2巻「建設-巨大工事にいどむ」
    • [54]ゼネラルコントラクターで最初の株式公開/売出価格80円にただちに160円の値
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [55]公開には業界にも社内にも批判の声があったが踏み切った
    • [59]1959年 戦後初の海外建築工事としてジャカルタでホテル・インドネシアの建設に着手
  • 証券 1957年101号「新規上場会社紹介 大成建設株式会社」
    • [56]1957年3月期 完成工事高152億8,697万円(前期の約5割増)/当期純利益7億3,320万円
    • [57]1957年9月9日 東京証券取引所へ上場/上場株式数1,200万株/社員2,428名
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [41]1950年勃発の朝鮮動乱を契機に日本経済の復興が軌道に乗る
    • [55]公開には業界にも社内にも批判の声があったが踏み切った
    • [59]1959年 戦後初の海外建築工事としてジャカルタでホテル・インドネシアの建設に着手
  • 大成建設のあゆみ(1945-1968、大成建設, 1969年)
    • [42]売上高 1951年3月期47億円/1955年3月期171億円
  • 証券 1957年101号「新規上場会社紹介 大成建設株式会社」
    • [43]資本金 1951年8月6,000万円/1952年8月1億5,000万円/1954年7月3億円
    • [48]黒部川第四発電所第五工区の請負金 23億100万円/1956年6月着手・1960年10月完成予定
    • [50]機械化でトンネル掘進が1日2〜3メートルから10〜15メートルへ/売上高対利益率は2%前後から1956年9月期以降4%以上
    • [51]売上高対利益率 従前2%前後から1956年9月期以降4%以上へ向上
    • [52]1957年時点の主な手持工事=第3丸ビル新築工事21億5,600万円・国立競技場第1回建築工事5億5,800万円・笹子トンネル工事
    • [56]1957年3月期 完成工事高152億8,697万円(前期の約5割増)/当期純利益7億3,320万円
    • [57]1957年9月9日 東京証券取引所へ上場/上場株式数1,200万株/社員2,428名
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [44]1953年4月 有楽土地株式会社を東京都中央区に設立
    • [53]1956年9月 資本金3億円を6億円へ倍額増資する際に東京店頭市場へ株式を公開
    • [58]1959年10月 大阪・名古屋両証券取引所へ上場
  • 日本産業史 第2巻「建設-巨大工事にいどむ」
    • [45]1950年代当初の建設工事量 年間約1兆円/大手五社の年間完成工事高はほぼ200億円
    • [46]1956年5月 電源開発調整審議会が黒部第四の開発主体を関西電力と決定/同年7月に特命で工事契約
    • [47]大成建設の担当は第五工区(地下150メートル・広さ200メートル平方・高さ50メートルの地下発電所)
    • [49]黒部第四の工費は当初370億円の予定を超え500億円余/竣工式1963年6月
    • [54]ゼネラルコントラクターで最初の株式公開/売出価格80円にただちに160円の値

1960年〜 合議経営と本部制による分権、その短所を突いた低成長と信用低下

大成建設の業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1961年 大成道路を設立
  2. 1963年 大成プレハブを設立
  3. 1965年 「集大成」の合議経営と本部制への移行 創業家のワンマン支配が消えた戦後の大成建設で、本間嘉平社長はなぜ経営方針を常務会に諮り、社長を議長に徹する集団指導体制を選んだのか
  4. 1966年 村上建設を吸収合併
  5. 1969年 住宅・不動産業務を事業目的に追加
  6. 1970年 大成道路が東京証券取引所1部に上場
  7. 1987年 分権主義の軌道修正と「請負業からの脱皮」への組織改革 戦後いち早く同族色を捨てた「組織の大成」は、低成長と市場成熟にどう組織を作り替えたか

超高層第一号の完成と、常務会に諮る合議経営が生んだ本部制

1964年1月の建築基準法改正で建築物の高さ31メートル制限が撤廃され[60]、超高層建築が法規上可能になった。同年、大成建設は赤坂見附に地下3階・地上17階・のべ31,000坪のホテルニューオータニ[61]を設計施工で完成させた。日本の超高層建築第1号にあたり、カーテンウォール工法を採り、構造計算には電子計算機[62]を使っている。1964年4月1日時点の手持工事量は1,294億円で、うち東京五輪の直接工事は15億800万円と1.2%[63]、東海道新幹線や地下鉄などの関連工事は162億6,000万円と12.6%を占めた。同年7月15日には6割の有償増資を完了し、資本金を104億円へ[64]引き上げた。

  • 日本産業史 第2巻「建設-巨大工事にいどむ」
    • [60]1964年1月の建築基準法改正で高さ31メートル制限を撤廃
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [61]ホテルニューオータニ 地下3階・地上17階・のべ31,000坪/設計施工/日本の超高層建築第1号
    • [62]カーテンウォール工法を採用し構造計算に電子計算機を使用
    • [63]1964年4月1日時点の手持工事量1,294億円/五輪直接工事15億800万円(1.2%)・関連工事162億6,000万円(12.6%)
    • [64]1964年7月15日 6割の有償増資を完了し資本金104億円

財閥解体で創業家の求心力が消えた後、本間嘉平氏は経営方針を常務会に諮って議論を尽くし[65]、社長は議長を務めるにとどめるチェックシステムを敷いた。社名の「大成」も大器晩成ではなく孟子の「集大成」と解し、優秀な社員が力を合わせる「コーラス」の経営[66]として説明している。1965年1月には責任体制の確立と機動性を狙って営業・事務・建築・土木の本部制を採り、あわせて企画調査部・海外部・労務部・土木設計部を新設[67]した。1968年には総合企画本部と技術開発本部を加えて6本部体制[68]とし、各本部が独立事業部的に機能する分権は「組織の大成」[69]と呼ばれた。

  • 経済展望 1964年6月15日号「"集大成"で発展する」
    • [65]本間嘉平氏は経営方針を常務会に諮り社長は議長を務める「チェックシステム」を敷いた
    • [66]「大成」を大器晩成ではなく集大成と解し優秀な社員が力を合わせる「コーラス」の経営と説明
  • 証券調査(205)(新日本証券調査センター, 1987年10月)
    • [67]1965年1月 責任体制の確立と機動性を図る本部制(営業・事務・建築・土木)を採用/企画調査部・海外部・労務部・土木設計部を新設
    • [68]1968年 総合企画本部・技術開発本部を加え6本部体制
  • 証券調査(140)(新日本証券調査センター, 1982年5月)
    • [69]各本部が独立事業部的に機能する分権体制は「組織の大成」と呼ばれた

五輪需要の反動は翌年すぐに現れ、受注高は1964年度の1,575億円から1965年度は1,319億円へ16.3%減った[70]。建築部門が前年度比29.4%減と落ち込む一方、官公庁工事が主体の土木部門は25%増え[71]ている。特命工事の比率も1965年度に49.4%と5割を割り込み[72]、競争工事の増加によるダンピングが利益を直撃した。取締役経理部長の尾上保太郎氏は、受注目標と同時に利益目標を与えて両方を吟味させ、代金の一部を後払いにする立替工事の枠を期ごとに明示し、予算即決算を徹底して支店の一般管理費を2.5〜2.6%から2%へ引き下げた[73]。交際費と雑費も1967年度比で約40%、金額にして約4億円[74]を削っている。特命工事比率は1968年9月期に64.6%まで戻り、1968年度の受注高は2,007億円と初めて2,000億円台に乗せた[75]

  • 証券アナリスト・ジャーナル 1969年7巻3号「大成建設の現状と将来」(尾上保太郎)
    • [70]受注高 1964年度1,575億円/1965年度1,319億円(前年度比16.3%減)
    • [71]1965年度は建築部門が前年度比29.4%減・土木部門が25%増
    • [72]特命工事比率 1965年度に49.4%へ低下し競争工事の増加でダンピングが利益を圧迫
    • [73]尾上保太郎氏の体質改善策=受注目標と利益目標の同時付与・立替工事の枠の明示・予算即決算の徹底で支店一般管理費を2.5〜2.6%から2%へ
    • [74]交際費・雑費を1967年度比で約40%削減し金額で約4億円を節減
    • [75]特命工事比率は1968年9月期に64.6%へ回復/1968年度受注高2,007億円で初の2,000億円台
  • 日本産業史 第2巻「建設-巨大工事にいどむ」
    • [60]1964年1月の建築基準法改正で高さ31メートル制限を撤廃
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
    • [61]ホテルニューオータニ 地下3階・地上17階・のべ31,000坪/設計施工/日本の超高層建築第1号
    • [62]カーテンウォール工法を採用し構造計算に電子計算機を使用
    • [63]1964年4月1日時点の手持工事量1,294億円/五輪直接工事15億800万円(1.2%)・関連工事162億6,000万円(12.6%)
    • [64]1964年7月15日 6割の有償増資を完了し資本金104億円
  • 経済展望 1964年6月15日号「"集大成"で発展する」
    • [65]本間嘉平氏は経営方針を常務会に諮り社長は議長を務める「チェックシステム」を敷いた
    • [66]「大成」を大器晩成ではなく集大成と解し優秀な社員が力を合わせる「コーラス」の経営と説明
  • 証券調査(205)(新日本証券調査センター, 1987年10月)
    • [67]1965年1月 責任体制の確立と機動性を図る本部制(営業・事務・建築・土木)を採用/企画調査部・海外部・労務部・土木設計部を新設
    • [68]1968年 総合企画本部・技術開発本部を加え6本部体制
  • 証券調査(140)(新日本証券調査センター, 1982年5月)
    • [69]各本部が独立事業部的に機能する分権体制は「組織の大成」と呼ばれた
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1969年7巻3号「大成建設の現状と将来」(尾上保太郎)
    • [70]受注高 1964年度1,575億円/1965年度1,319億円(前年度比16.3%減)
    • [71]1965年度は建築部門が前年度比29.4%減・土木部門が25%増
    • [72]特命工事比率 1965年度に49.4%へ低下し競争工事の増加でダンピングが利益を圧迫
    • [73]尾上保太郎氏の体質改善策=受注目標と利益目標の同時付与・立替工事の枠の明示・予算即決算の徹底で支店一般管理費を2.5〜2.6%から2%へ
    • [74]交際費・雑費を1967年度比で約40%削減し金額で約4億円を節減
    • [75]特命工事比率は1968年9月期に64.6%へ回復/1968年度受注高2,007億円で初の2,000億円台

上場子会社3社を抱えた子会社連邦と、分権主義の軌道修正

分権は社内の本部制にとどまらず、1953年の有楽土地に続いて1961年6月に大成道路、1963年8月に大成プレハブを設立し[76]、不動産・舗装・住宅を建設本業の周辺に並べた。1967年6月には海外専門の子会社として大成海外建設[77]を設けている。住宅では1969年1月に住宅事業本部を置き[78]、同年5月には住宅事業と不動産取引を事業目的へ加えた[79]。大成プレハブは中高層住宅で40%のシェアを持つ先発メーカー[80]だった。3社はいずれも株式を上場し、大成道路が1964年9月に東京証券取引所市場第2部、1970年5月に第1部[81]、大成プレハブが1971年12月に第2部、有楽土地が1973年11月に第2部へ進んでいる。

  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [76]1961年6月 大成道路を設立/1963年8月 大成プレハブを設立
    • [79]1969年5月 住宅事業と不動産取引を事業目的に追加
    • [81]大成道路1964年9月に東証2部・1970年5月に1部/大成プレハブ1971年12月に2部/有楽土地1973年11月に2部へ上場
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1969年7巻3号「大成建設の現状と将来」(尾上保太郎)
    • [77]1967年6月 海外専門の子会社・大成海外建設を設立
    • [78]1969年1月 住宅事業本部を設置
    • [80]大成プレハブは中高層住宅分野で40%のシェアを持つ先発メーカー

子会社には自由裁量権が与えられ、上場3社を含む13社の子会社連邦[82]ができあがった。上場子会社を3社も抱える構成は建設業界に例がなく[83]、同業首位の鹿島でさえ上場子会社を持たなかった。もっとも創業家を持たない経営には別の不利もついてまわり、官僚出身者を招いて確度の高いプロジェクト情報を得る鹿島に対し[84]、非同族の大成建設は情報の入口で後れをとって霞が関ビルの受注を奪われた。「御一家」の多い建設業界にあって、非同族はこの時期ハンデ[85]と受け止められていた。

  • 日経ビジネス 1977年7月4日号「大成建設。軌道修正迫られる"分権主義の雄"」(日経マグロウヒル社)
    • [82]子会社に自由裁量権を与え上場3社を含む13社の子会社連邦を形成
    • [83]上場子会社3社は建設業界に例がなく鹿島も上場子会社を持たなかった
  • 日経ビジネス 1974年12月9日号「大成建設。正念場迎えた"脱同族経営"」(日経マグロウヒル社)
    • [84]鹿島は官僚出身者を招く同族経営で確度の高いプロジェクト情報を得ており大成建設は霞が関ビルの受注を奪われた
    • [85]「御一家」の多い建設業界で非同族の大成建設はハンデを負った

低成長に入ると分権の短所が数字に出て、1977年には有楽土地が1億3,000万円、大成プレハブが16億円の経常欠損を計上し[86]、大成道路も42.3%の減益となった。本体と有楽土地・大成プレハブ3社の保有土地は約2,000億円に達し、その金利負担はグループの経常利益に匹敵[87]した。菅沢英夫社長は「自由放任からしつけを厳しくする時期」[88]と述べ、土地処分のプロジェクトチーム設置、有楽土地の保有土地を半減させる方針、子会社の降格人事、グループ内発注の一般基準化に踏み切っている。第一次石油危機の後、経常利益は1975年3月期の272億円[89]から1978年3月期には110億円[90]へ落ちた。1982年時点の受注は民間比率が65%、建築工事の特命受注比率は6割台[91]で推移し、企画立案から一括して担う「脱請負」の方針が掲げられた。

  • 日経ビジネス 1977年7月4日号「大成建設。軌道修正迫られる"分権主義の雄"」(日経マグロウヒル社)
    • [86]1977年 有楽土地1億3,000万円・大成プレハブ16億円の経常欠損/大成道路は42.3%減益
    • [87]本体・有楽土地・大成プレハブ3社の保有土地 約2,000億円/金利負担がグループ経常利益に匹敵
    • [88]菅沢英夫社長「自由放任からしつけを厳しくする時期」/土地処分プロジェクトチーム設置・有楽土地の保有土地半減・子会社の降格人事・グループ内発注の一般基準化
  • 会社年鑑(1976年版)
    • [89]経常利益 1975年3月期272億円
  • 会社年鑑
    • [90]経常利益 1978年3月期110億円
  • 証券調査(140)(新日本証券調査センター, 1982年5月)
    • [91]1982年時点で受注の民間比率65%・建築工事の特命受注比率6割台/「脱請負」方針
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [76]1961年6月 大成道路を設立/1963年8月 大成プレハブを設立
    • [79]1969年5月 住宅事業と不動産取引を事業目的に追加
    • [81]大成道路1964年9月に東証2部・1970年5月に1部/大成プレハブ1971年12月に2部/有楽土地1973年11月に2部へ上場
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1969年7巻3号「大成建設の現状と将来」(尾上保太郎)
    • [77]1967年6月 海外専門の子会社・大成海外建設を設立
    • [78]1969年1月 住宅事業本部を設置
    • [80]大成プレハブは中高層住宅分野で40%のシェアを持つ先発メーカー
  • 日経ビジネス 1977年7月4日号「大成建設。軌道修正迫られる"分権主義の雄"」(日経マグロウヒル社)
    • [82]子会社に自由裁量権を与え上場3社を含む13社の子会社連邦を形成
    • [83]上場子会社3社は建設業界に例がなく鹿島も上場子会社を持たなかった
    • [86]1977年 有楽土地1億3,000万円・大成プレハブ16億円の経常欠損/大成道路は42.3%減益
    • [87]本体・有楽土地・大成プレハブ3社の保有土地 約2,000億円/金利負担がグループ経常利益に匹敵
    • [88]菅沢英夫社長「自由放任からしつけを厳しくする時期」/土地処分プロジェクトチーム設置・有楽土地の保有土地半減・子会社の降格人事・グループ内発注の一般基準化
  • 日経ビジネス 1974年12月9日号「大成建設。正念場迎えた"脱同族経営"」(日経マグロウヒル社)
    • [84]鹿島は官僚出身者を招く同族経営で確度の高いプロジェクト情報を得ており大成建設は霞が関ビルの受注を奪われた
    • [85]「御一家」の多い建設業界で非同族の大成建設はハンデを負った
  • 会社年鑑(1976年版)
    • [89]経常利益 1975年3月期272億円
  • 会社年鑑
    • [90]経常利益 1978年3月期110億円
  • 証券調査(140)(新日本証券調査センター, 1982年5月)
    • [91]1982年時点で受注の民間比率65%・建築工事の特命受注比率6割台/「脱請負」方針

「造注」への機構改革から、投資不適格への格下げまで

1987年4月1日、大成建設は営業総合本部を新設し、設計本部をその傘下へ組み込んだ[92]里見泰男社長の「客先に向いた組織作り」の一環で、設計部門を営業に組み込んだのは業界で初めてであり、あわせて管理部門を2割・約260人削減している[93]。地価高騰と円高不況で施主が土地の有効利用を求めるなか、企画・設計といったソフト分野から受注を創造する「造注」を掲げ[94]、注文を待つ請負業からの脱皮を図った。同年には開発本部も創設[95]している。1987年度の受注高は初めて1兆円を突破した。佐古一会長は縦割りの弊害と、部長級の中間管理層が新しい試みに拒絶反応を起こす横断層の障壁を課題に挙げ[96]、部門研修の垣根を取り払う意識改革に取り組んだ。

  • 日経ビジネス 1987年5月11日号「大成建設 設計部隊を営業部門に」(日経マグロウヒル社)
    • [92]1987年4月1日 営業総合本部を新設し設計本部を傘下へ組込/設計本部を営業に組み込んだのは業界初/管理部門2割・約260人を削減
    • [93]里見泰男社長の「客先に向いた組織作り」の一環/管理部門を2割・約260人削減
    • [94]地価高騰・円高不況で施主が土地の有効利用を求め設計・企画などソフト分野が注目されるなか請負業から脱皮し受注を創造する「造注」を掲げた
  • 週刊東洋経済 1998年5月2日号「編集長インタビュー 平島治 大成建設社長 ゼネコンの協力会社は再編の時期」
    • [95]1987年 開発本部を創設
  • 日経ビジネス 1988年5月23日号「有訓無訓 タテ割り"ヨコ壁"の弊害を断て」(佐古一 大成建設会長/日経マグロウヒル社)
    • [96]佐古一会長は縦割りの弊害と部長級中間管理層の拒絶反応を課題に挙げ部門研修の垣根を取り払う意識改革に取り組んだ

バブル崩壊後、連結売上高は1992年3月期に2兆286億円、経常利益は1,107億円[97]あったが、1996年3月期には経常利益222億円・当期純損失20億円[98]まで落ちた。1994年ごろに策定した中期経営計画「SUN計画」では目標を上回る1,100人の人員削減を実施し、1996年ごろにも再び1,000人の削減目標[99]を置いた。1997年に社長へ就いた平島治氏は1932年生まれで、1954年に東京大学工学部を卒業して東京建物に入り、1956年に大成建設へ移っている[100]。広島支店長から大阪支店長を務めた1980年代には、業界14、15番目を低迷していた関西地区の受注を最高で3位[101]まで引き上げた。

  • 会社年鑑
    • [97]連結売上高 1992年3月期2兆286億円/経常利益1,107億円
    • [98]1996年3月期 経常利益222億円・当期純損失20億円
  • 週刊東洋経済 1998年5月2日号「編集長インタビュー 平島治 大成建設社長 ゼネコンの協力会社は再編の時期」
    • [99]中期経営計画「SUN計画」で目標を上回る1,100人を削減/1996年ごろに再び1,000人の削減目標
    • [100]平島治氏 1932年1月15日生まれ/1954年東京大学工学部卒業後に東京建物入社/1956年大成建設入社/1997年社長就任
  • 週刊東洋経済 1997年5月17日号「ひと 大成建設社長 平島治 会長とともに難局切り開く「信頼」こそ経営の基本」
    • [101]平島治氏は大阪支店長時代に業界14、15番目だった関西地区の受注を最高で3位へ引き上げ

1998年3月期、大成建設は不良資産の一括処理に踏み切り、損失処理額は1,250億円[102]に達した。内訳は回収困難債権への貸倒引当金が約410億円、販売用不動産の評価損が約650億円、不採算関係会社の整理と投融資損失が約190億円[103]で、連結の当期純損失は670億円[104]に及んだ。同年9月21日にはムーディーズが長期債務格付けをジャンク債にあたるBa1へ引き下げ[105]、鹿島・清水建設・大林組を含む大手ゼネコンの格付け見直しで投資不適格となったのは大成建設だけだった。1998年3月末の連結有利子負債は1兆3,505億円で、その3分の1にあたる4,542億円[106]を社債とコマーシャルペーパーに頼っていた。1998年10月からの中期経営計画では連結有利子負債の削減を最優先に掲げ、2002年3月末までに9,600億円まで減らす方針[107]を示している。あわせて1987年に創設した開発本部を廃止[108]した。

  • 週刊東洋経済 1998年5月2日号「編集長インタビュー 平島治 大成建設社長 ゼネコンの協力会社は再編の時期」
    • [102]1998年3月期 不良資産の一括処理で損失処理額1,250億円
    • [103]損失処理の内訳=貸倒引当金約410億円・販売用不動産評価損約650億円・不採算関係会社の整理と投融資損失約190億円
    • [108]1987年創設の開発本部を廃止
  • 会社年鑑
    • [104]1998年3月期 連結当期純損失670億円
  • 週刊東洋経済 1998年11月28日号「大成建設 ジャンク債転落で始まる調達難 大手ゼネコン脱落の危機」
    • [105]1998年9月21日 ムーディーズが長期債務格付けをジャンク債のBa1へ引き下げ/大手ゼネコンの見直しで投資不適格は大成建設のみ
    • [106]1998年3月末の連結有利子負債1兆3,505億円/うち4,542億円を社債・CPに依存
    • [107]1998年10月開始の中期経営計画で連結有利子負債を2002年3月末までに9,600億円へ削減する方針
  • 日経ビジネス 1987年5月11日号「大成建設 設計部隊を営業部門に」(日経マグロウヒル社)
    • [92]1987年4月1日 営業総合本部を新設し設計本部を傘下へ組込/設計本部を営業に組み込んだのは業界初/管理部門2割・約260人を削減
    • [93]里見泰男社長の「客先に向いた組織作り」の一環/管理部門を2割・約260人削減
    • [94]地価高騰・円高不況で施主が土地の有効利用を求め設計・企画などソフト分野が注目されるなか請負業から脱皮し受注を創造する「造注」を掲げた
  • 週刊東洋経済 1998年5月2日号「編集長インタビュー 平島治 大成建設社長 ゼネコンの協力会社は再編の時期」
    • [95]1987年 開発本部を創設
    • [99]中期経営計画「SUN計画」で目標を上回る1,100人を削減/1996年ごろに再び1,000人の削減目標
    • [100]平島治氏 1932年1月15日生まれ/1954年東京大学工学部卒業後に東京建物入社/1956年大成建設入社/1997年社長就任
    • [102]1998年3月期 不良資産の一括処理で損失処理額1,250億円
    • [103]損失処理の内訳=貸倒引当金約410億円・販売用不動産評価損約650億円・不採算関係会社の整理と投融資損失約190億円
    • [108]1987年創設の開発本部を廃止
  • 日経ビジネス 1988年5月23日号「有訓無訓 タテ割り"ヨコ壁"の弊害を断て」(佐古一 大成建設会長/日経マグロウヒル社)
    • [96]佐古一会長は縦割りの弊害と部長級中間管理層の拒絶反応を課題に挙げ部門研修の垣根を取り払う意識改革に取り組んだ
  • 会社年鑑
    • [97]連結売上高 1992年3月期2兆286億円/経常利益1,107億円
    • [98]1996年3月期 経常利益222億円・当期純損失20億円
    • [104]1998年3月期 連結当期純損失670億円
  • 週刊東洋経済 1997年5月17日号「ひと 大成建設社長 平島治 会長とともに難局切り開く「信頼」こそ経営の基本」
    • [101]平島治氏は大阪支店長時代に業界14、15番目だった関西地区の受注を最高で3位へ引き上げ
  • 週刊東洋経済 1998年11月28日号「大成建設 ジャンク債転落で始まる調達難 大手ゼネコン脱落の危機」
    • [105]1998年9月21日 ムーディーズが長期債務格付けをジャンク債のBa1へ引き下げ/大手ゼネコンの見直しで投資不適格は大成建設のみ
    • [106]1998年3月末の連結有利子負債1兆3,505億円/うち4,542億円を社債・CPに依存
    • [107]1998年10月開始の中期経営計画で連結有利子負債を2002年3月末までに9,600億円へ削減する方針

2000年〜 初の営業赤字からグループ統合と過去最高益、そして業界再編の主導へ

大成建設の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2001年 大成プレハブが大成ユーレックに商号変更
  2. 2004年 大成ユーレックを完全子会社化
  3. 2008年 有楽土地が東京証券取引所1部に上場
  4. 2009年 初の営業赤字・純損失を計上
  5. 2018年 リニア談合事件での起訴と「談合ではない」とする否認・徹底抗戦 スーパーゼネコンの一角は、なぜ受注調整を認めながら談合を否定し、大林組・清水建設と袂を分かって公判で争う道を選んだのか
  6. 2023年 ピーエス三菱のTOB買収と垂直統合M&Aの始動 スーパーゼネコンの一角は、なぜPC橋専業のピーエス三菱を子会社化し、連続買収の口火を切ったのか
  7. 2025年 海洋土木大手・東洋建設のTOBによる買収と完全子会社化 スーパーゼネコンはなぜマリコンを取り込むのか——洋上風力と海洋工事をめぐる過去最大のゼネコン再編

財務再建の途上で表面化した海外案件の失敗と、初の営業赤字

2001年4月に社長へ就いた葉山莞児氏は1937年生まれ[109]で、1960年に東京大学工学部土木工業科を卒業して同年入社し、ダム・トンネル・シールド・海洋土木・地下鉄と一貫して土木を担当[110]したのち、1997年に副社長となっていた。就任時の建設市場はピーク時の85兆円近くから2000年には70.5兆円へ縮んでいる[111]。財務の重さも際立ち、2000年度末の有利子負債7,769億円は、全国主要建設業118社のなかでフジタに次ぐ2番目[112]の規模だった。2002年3月期には子会社のみで土地再評価法を適用し、本体は販売用不動産の評価損など1,100億円の特別損失[113]にとどめている。

  • 週刊東洋経済 2001年9月22日号「トップの履歴書 大成建設社長 葉山莞児 ゼネコン激動期の舵取りを託される」
    • [109]2001年4月 葉山莞児氏が社長就任/1937年生まれ/1960年東京大学工学部土木工業科卒・同年入社/1997年副社長
    • [110]葉山莞児氏は入社から一貫して土木を担当しダム・トンネル・シールド・海洋土木・地下鉄を歴任
    • [111]建設市場はピーク時85兆円近くから2000年に70.5兆円へ縮小
  • 週刊東洋経済 2001年8月4日号「特集 ゼネコン大淘汰 国内盤石だが再編はまだ先 勝ち組ゼネコンの将来戦略」
    • [112]2000年度末の有利子負債7,769億円は全国主要建設業118社中フジタ(8,301億円)に次ぐ2位
  • 週刊東洋経済 2002年6月8日号「ゼネコン決算 大手4社に忍び寄る「資本の質」への不安」
    • [113]2002年3月期 子会社のみ土地再評価法を適用し本体は販売用不動産評価損など1,100億円の特別損失

2004年7月28日、公正取引委員会は新潟市発注の工事で談合を繰り返したとして、建設会社113社に独占禁止法違反の排除勧告を出した[114]。対象は1999年度以降4年半の下水道工事と建築工事368件、金額にして604億円[115]で、大手ゼネコンへの排除勧告は1992年の埼玉土曜会事件以来12年ぶりとなった。113社には大成建設を含むスーパーゼネコン5社[116]が軒並み名を連ねている。勧告当日、日本建設業団体連合会の会長を務めていた平島治会長は、談合が起こるのは公共調達の仕組みに問題があるためで、会計法や地元業者とのジョイントベンチャーにも原因があると述べた[117]

  • 週刊東洋経済 2004年8月7日号「大手ゼネコンに12年ぶり排除勧告 談合疑惑に動じぬ"ドン" 独占禁止法改正論議に影響も」
    • [114]2004年7月28日 公正取引委員会が新潟市発注工事の談合で建設会社113社に排除勧告
    • [115]対象は1999年度以降4年半の下水道工事・建築工事368件・計604億円/大手への排除勧告は1992年の埼玉土曜会事件以来12年ぶり
    • [116]113社に大成建設を含むスーパーゼネコン5社が名を連ねた
    • [117]日建連会長・平島治会長は談合の原因を公共調達の仕組み・会計法・地元業者とのジョイントベンチャーに求めた

不動産開発と民間建築の需要が戻った2007年3月期には、連結売上高1兆8,733億円・営業利益577億円まで持ち直した[118]。しかしリーマンショックによる信用収縮のなかで、2009年3月期は連結売上高1兆6,412億円、営業損益6億5,500万円の赤字となり[119]、上場来初の連結営業赤字に転落している。当期純損失は244億円に達し[120]、セグメント別では建設事業が19億円、開発事業が53億円の損失[121]を計上した。業績悪化の最大の理由は海外事業で、ゲリラの出没で工期が延びたアルジェリア高速道路、同じく工期が延びたカタールの新ドーハ国際空港、大深度と速い潮流の難工事で設計変更が続発したトルコのボスポラス海峡横断鉄道[122]が重なっている。連結有利子負債は5,715億円まで膨らみ、自己資本比率は15.3%[123]へ低下した。

  • 大成建設 有価証券報告書(2007年3月期・連結財務諸表)
    • [118]2007年3月期 連結売上高1兆8,733億円・営業利益577億円
  • 大成建設 有価証券報告書(2009年3月期・連結財務諸表)
    • [119]2009年3月期 連結売上高1兆6,412億円・営業損益▲6億5,500万円で上場来初の連結営業赤字
    • [120]2009年3月期 当期純損失244億円
    • [123]2009年3月期 連結有利子負債5,715億円・自己資本比率15.3%
  • 大成建設 有価証券報告書(2009年3月期・セグメント情報)
    • [121]2009年3月期 建設事業セグメント▲19億円・開発事業セグメント▲53億円
  • 週刊東洋経済 2009年10月10日号「特集 差し迫る構造大転換! 政権交代で正念場のゼネコン」
    • [122]2009年3月期の業績悪化の最大の理由は海外の赤字/アルジェリア高速道路はゲリラ出没で工期延長・カタール新ドーハ国際空港も工期延長・ボスポラス海峡横断鉄道は難工事で設計変更が続発
  • 週刊東洋経済 2001年9月22日号「トップの履歴書 大成建設社長 葉山莞児 ゼネコン激動期の舵取りを託される」
    • [109]2001年4月 葉山莞児氏が社長就任/1937年生まれ/1960年東京大学工学部土木工業科卒・同年入社/1997年副社長
    • [110]葉山莞児氏は入社から一貫して土木を担当しダム・トンネル・シールド・海洋土木・地下鉄を歴任
    • [111]建設市場はピーク時85兆円近くから2000年に70.5兆円へ縮小
  • 週刊東洋経済 2001年8月4日号「特集 ゼネコン大淘汰 国内盤石だが再編はまだ先 勝ち組ゼネコンの将来戦略」
    • [112]2000年度末の有利子負債7,769億円は全国主要建設業118社中フジタ(8,301億円)に次ぐ2位
  • 週刊東洋経済 2002年6月8日号「ゼネコン決算 大手4社に忍び寄る「資本の質」への不安」
    • [113]2002年3月期 子会社のみ土地再評価法を適用し本体は販売用不動産評価損など1,100億円の特別損失
  • 週刊東洋経済 2004年8月7日号「大手ゼネコンに12年ぶり排除勧告 談合疑惑に動じぬ"ドン" 独占禁止法改正論議に影響も」
    • [114]2004年7月28日 公正取引委員会が新潟市発注工事の談合で建設会社113社に排除勧告
    • [115]対象は1999年度以降4年半の下水道工事・建築工事368件・計604億円/大手への排除勧告は1992年の埼玉土曜会事件以来12年ぶり
    • [116]113社に大成建設を含むスーパーゼネコン5社が名を連ねた
    • [117]日建連会長・平島治会長は談合の原因を公共調達の仕組み・会計法・地元業者とのジョイントベンチャーに求めた
  • 大成建設 有価証券報告書(2007年3月期・連結財務諸表)
    • [118]2007年3月期 連結売上高1兆8,733億円・営業利益577億円
  • 大成建設 有価証券報告書(2009年3月期・連結財務諸表)
    • [119]2009年3月期 連結売上高1兆6,412億円・営業損益▲6億5,500万円で上場来初の連結営業赤字
    • [120]2009年3月期 当期純損失244億円
    • [123]2009年3月期 連結有利子負債5,715億円・自己資本比率15.3%
  • 大成建設 有価証券報告書(2009年3月期・セグメント情報)
    • [121]2009年3月期 建設事業セグメント▲19億円・開発事業セグメント▲53億円
  • 週刊東洋経済 2009年10月10日号「特集 差し迫る構造大転換! 政権交代で正念場のゼネコン」
    • [122]2009年3月期の業績悪化の最大の理由は海外の赤字/アルジェリア高速道路はゲリラ出没で工期延長・カタール新ドーハ国際空港も工期延長・ボスポラス海峡横断鉄道は難工事で設計変更が続発

上場子会社の統合が支えた過去最高益と、リニア談合での否認

赤字転落を受けて上場子会社をグループ内へ取り込み、2004年3月に株式交換で大成ユーレック(旧大成プレハブ)、2009年10月に大成ロテック(旧大成道路)、2010年4月に有楽土地を完全子会社化[124]した。3社はいずれも東京証券取引所市場第1部に上場しており[125]、親子上場の解消は意思決定の一体化と少数株主への対応コストの削減を同時に進めた。売上高は2011年3月期に1兆2,181億円とピークの3分の2[126]まで縮んだが、財務は立て直され、自己資本は2009年3月期の2,553億円から2020年3月期には7,502億円へ、自己資本比率も15.3%から40%近くへ[127]回復している。連結有利子負債も2009年3月期の5,715億円から2020年3月期には2,081億円[128]へ縮んだ。

  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [124]2004年3月 株式交換で大成ユーレックを完全子会社化/2009年10月 大成ロテック/2010年4月 有楽土地
    • [125]3社はいずれも東証第1部上場で親子上場を解消
  • 大成建設 有価証券報告書(2011年3月期・連結財務諸表)
    • [126]2011年3月期 連結売上高1兆2,181億円(ピークの3分の2)
  • 大成建設 有価証券報告書(2020年3月期・連結財務諸表)
    • [127]自己資本 2009年3月期2,553億円/2020年3月期7,502億円/自己資本比率15.3%から40%近くへ回復
  • 大成建設 有価証券報告書(2020年3月期・連結貸借対照表)
    • [128]連結有利子負債 2009年3月期5,715億円/2020年3月期2,081億円

2007年に社長へ就いた山内隆司氏は1946年生まれで、専務建設本部長などを経て[129]経営を引き継いだ。東日本大震災の復興需要と2020年東京五輪に向けた建設ラッシュが重なり、2015年11月には大手ゼネコン4社がそろって業績予想を大幅に増額修正している[130]。2016年3月期の連結営業利益は1,175億円、2018年3月期には連結売上高1兆5,854億円・営業利益1,819億円と過去最高を記録した[131]。建築セグメントが売上高1兆208億円・セグメント利益964億円、土木セグメントが売上高4,413億円・セグメント利益715億円[132]と、二つの事業がともに利益を出す構成になっている。2015年に社長へ就いた村田誉之氏は1954年生まれ、1978年入社で、新国立競技場の施工予定者となり、リニア中央新幹線では南アルプスのトンネル工事[133]を受注した。

  • 週刊東洋経済 2013年11月29日号「特集 浮かぶゼネコン 沈むゼネコン INTERVIEW 大成建設 社長 山内隆司」
    • [129]山内隆司氏 1946年生まれ/専務建設本部長などを経て2007年から社長
  • 週刊東洋経済 2015年11月20日号「核心レポート05 最高益続出のゼネコン 人手不足で施工不能も」
    • [130]2015年11月 大手ゼネコン4社がそろって2016年3月期業績予想を大幅に増額修正
  • 大成建設 有価証券報告書(2018年3月期・連結財務諸表)
    • [131]2016年3月期 連結営業利益1,175億円/2018年3月期 連結売上高1兆5,854億円・営業利益1,819億円で過去最高
  • 大成建設 有価証券報告書(2018年3月期・セグメント情報)
    • [132]2018年3月期 建築セグメント売上高1兆208億円・利益964億円/土木セグメント売上高4,413億円・利益715億円
  • 週刊東洋経済 2016年7月30日号「第1特集 ゼネコン バブル超え TOP INTERVIEW 大成建設 社長 村田誉之」
    • [133]村田誉之氏 1954年生まれ/1978年入社/2015年社長就任/新国立競技場の施工予定者・リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事を受注

総工費約5.5兆円のリニア中央新幹線をめぐり、2017年末から大手4社の入札談合[134]が表面化した。2018年3月2日に東京地検特捜部が大成建設の元役員を逮捕し、23日には4社を独占禁止法違反で起訴[135]している。大林組が課徴金減免制度を使って受注調整を申告し、清水建設も罪状を認めたのに対し、大成建設は「必要な情報交換であり、談合ではない」[136]と反発して否認を貫いた。25回にわたり任意の聴取に応じたうえでの逮捕は到底承服しかねる[137]、として捜査手法も非難している。2020年6月の論告求刑で、検察側は大成建設と鹿島を「自浄作用は到底期待できない」と批判した[138]

  • 週刊東洋経済 2018年2月17日号「大手抜きでは造れない リニア談合疑惑の深層」
    • [134]リニア中央新幹線の総工費は約5.5兆円/2017年末から大手4社の入札談合が表面化
    • [136]大林組はリーニエンシーで受注調整を申告し清水建設も認めたが大成建設は「必要な情報交換であり、談合ではない」と否認
  • 週刊東洋経済 2018年4月21日号「ゼネコン談合捜査は適正だったのか? 独禁法改正の攻防」
    • [135]2018年3月2日 東京地検特捜部が大成建設の元役員を逮捕/3月23日に大手4社を独占禁止法違反で起訴
    • [137]大成建設は25回任意聴取に応じたうえでの元役員逮捕を承服しかねるとして捜査手法を非難
  • 週刊東洋経済 2020年7月4日号「談合摘発後の外部調査はわずか 独善性抜けないゼネコン」
    • [138]2020年6月の論告求刑で検察側は大成建設と鹿島を「自浄作用は到底期待できない」と批判
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [124]2004年3月 株式交換で大成ユーレックを完全子会社化/2009年10月 大成ロテック/2010年4月 有楽土地
    • [125]3社はいずれも東証第1部上場で親子上場を解消
  • 大成建設 有価証券報告書(2011年3月期・連結財務諸表)
    • [126]2011年3月期 連結売上高1兆2,181億円(ピークの3分の2)
  • 大成建設 有価証券報告書(2020年3月期・連結財務諸表)
    • [127]自己資本 2009年3月期2,553億円/2020年3月期7,502億円/自己資本比率15.3%から40%近くへ回復
  • 大成建設 有価証券報告書(2020年3月期・連結貸借対照表)
    • [128]連結有利子負債 2009年3月期5,715億円/2020年3月期2,081億円
  • 週刊東洋経済 2013年11月29日号「特集 浮かぶゼネコン 沈むゼネコン INTERVIEW 大成建設 社長 山内隆司」
    • [129]山内隆司氏 1946年生まれ/専務建設本部長などを経て2007年から社長
  • 週刊東洋経済 2015年11月20日号「核心レポート05 最高益続出のゼネコン 人手不足で施工不能も」
    • [130]2015年11月 大手ゼネコン4社がそろって2016年3月期業績予想を大幅に増額修正
  • 大成建設 有価証券報告書(2018年3月期・連結財務諸表)
    • [131]2016年3月期 連結営業利益1,175億円/2018年3月期 連結売上高1兆5,854億円・営業利益1,819億円で過去最高
  • 大成建設 有価証券報告書(2018年3月期・セグメント情報)
    • [132]2018年3月期 建築セグメント売上高1兆208億円・利益964億円/土木セグメント売上高4,413億円・利益715億円
  • 週刊東洋経済 2016年7月30日号「第1特集 ゼネコン バブル超え TOP INTERVIEW 大成建設 社長 村田誉之」
    • [133]村田誉之氏 1954年生まれ/1978年入社/2015年社長就任/新国立競技場の施工予定者・リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事を受注
  • 週刊東洋経済 2018年2月17日号「大手抜きでは造れない リニア談合疑惑の深層」
    • [134]リニア中央新幹線の総工費は約5.5兆円/2017年末から大手4社の入札談合が表面化
    • [136]大林組はリーニエンシーで受注調整を申告し清水建設も認めたが大成建設は「必要な情報交換であり、談合ではない」と否認
  • 週刊東洋経済 2018年4月21日号「ゼネコン談合捜査は適正だったのか? 独禁法改正の攻防」
    • [135]2018年3月2日 東京地検特捜部が大成建設の元役員を逮捕/3月23日に大手4社を独占禁止法違反で起訴
    • [137]大成建設は25回任意聴取に応じたうえでの元役員逮捕を承服しかねるとして捜査手法を非難
  • 週刊東洋経済 2020年7月4日号「談合摘発後の外部調査はわずか 独善性抜けないゼネコン」
    • [138]2020年6月の論告求刑で検察側は大成建設と鹿島を「自浄作用は到底期待できない」と批判

固定価格契約の破綻と、M&Aによる垂直統合の始動

2020年3月期の連結売上高1兆7,513億円は過去最大の水準だったが[139]、コロナ禍による景気の落ち込みで2021年3月期は1兆4,801億円へ減った[140]。2021年8月5日に発表した2022年3月期第1四半期の営業利益は前年同期比80.7%減の33億8,000万円で、当日の株価は一時、前日終値比6.8%安の3,510円[141]をつけている。単体の粗利率は土木事業が10.2%と前年同期の17.7%から、建築事業が6.2%と同12%[142]から下がった。受注時点ではなく直近の原価を反映させる会計基準を採っていたため、2020年12月に1トン約7万円だった鉄筋価格が9万円近くへ上がった影響[143]をそのまま受けている。2020年11月には相川善郎社長の肝煎りでリニューアル本部を設け[144]、修繕・建て替え工事の深耕に乗り出した。

  • 大成建設 有価証券報告書(2020年3月期・連結財務諸表)
    • [139]2020年3月期 連結売上高1兆7,513億円で過去最大/2021年3月期1兆4,801億円へ減少
  • 大成建設 有価証券報告書(2021年3月期・連結財務諸表)
    • [140]2021年3月期 連結売上高1兆4,801億円
  • 週刊東洋経済 2021年9月11日号「ニュース最前線 ゼネコン各社の業績急降下 株価急落「大成」ショック」
    • [141]2021年8月5日発表の2022年3月期第1四半期営業利益33億8,000万円(前年同期比80.7%減)/株価は一時6.8%安の3,510円
    • [142]単体粗利率 土木10.2%(前年同期17.7%)・建築6.2%(前年同期12%)
    • [143]直近の原価を反映させる会計基準を採用/鉄筋価格は2020年12月の1トン約7万円から9万円近くへ上昇
    • [144]2020年11月 相川善郎社長の肝煎りでリニューアル本部を設立

建築セグメントの利益は2022年3月期に338億円まで落ち[145]、連結営業利益率も2018年3月期の11.5%から6.2%へ半減[146]した。札幌市内で担当していた超高層ビルの工事では鉄骨精度の不良が発覚し[147]、柱のずれは最大21ミリ、コンクリート厚さの不足は245箇所[148]に及んだ。躯体の解体と再施工、発注者への違約金で約240億円の損失[149]を計上している。2023年3月期の建築セグメントは売上高1兆927億円に対し67億円の損失[150]に転じ、2018年3月期に964億円の利益を上げていた事業がわずか5年で赤字となった。2024年3月期にはインフレ本格化の前に固定価格で受注した工事が竣工期を迎え、工事損失引当金が478億円から966億円へ膨らんでいる[151]。建築セグメントの損失は561億円まで広がり、連結営業利益は264億円[152]、連結有利子負債はM&Aによる新規投資も重なって3,763億円へ拡大した。

  • 大成建設 有価証券報告書(2022年3月期・セグメント情報)
    • [145]2022年3月期 建築セグメント利益338億円/連結営業利益率は2018年3月期11.5%から2022年3月期6.2%へ半減
  • 大成建設 有価証券報告書(2022年3月期・連結財務諸表)
    • [146]連結営業利益率 2018年3月期11.5%/2022年3月期6.2%
  • 東洋経済オンライン 2023年4月5日
    • [147]札幌の超高層ビル工事で鉄骨精度の不良が発覚
  • 日経クロステック(日経アーキテクチュア)2023年4月
    • [148]柱のずれ最大21ミリ・コンクリート厚さ不足245箇所
  • 大成建設 有価証券報告書(2023年3月期・連結財務諸表)
    • [149]躯体解体・再施工・発注者への違約金で約240億円の損失を計上
  • 大成建設 有価証券報告書(2023年3月期・セグメント情報)
    • [150]2023年3月期 建築セグメント売上高1兆927億円・セグメント損失▲67億円
  • 大成建設 有価証券報告書(2024年3月期・連結財務諸表)
    • [151]2024年3月期 工事損失引当金が478億円から966億円へ増加
  • 大成建設 有価証券報告書(2024年3月期・セグメント情報)
    • [152]2024年3月期 建築セグメント損失▲561億円/連結営業利益264億円/連結有利子負債3,763億円

2023年12月、プレストレストコンクリート橋大手のピーエス三菱への株式公開買い付けが成立し、買い付け金額約240億円・所有割合50%超で子会社とした[153][154]。時価純資産を下回る買い付けにより負ののれん益6.8億円[155]が生じている。2025年8月には海洋土木大手の東洋建設の買収を発表し、9月25日にTOBが成立、議決権の61.81%を約1,020億円で取得[156]して同月30日に連結子会社とした。前田建設工業が持つ議決権は東洋建設の自己株取得で買い取り[157]、12月に完全子会社化している。買収総額は約1,600億円[158]で、建設会社どうしのM&Aとしては過去最大級となった。売上高は2025年3月期に2兆1,542億円、2026年3月期に2兆891億円[159]、営業利益も1,201億円から1,879億円へ戻し、建築セグメント利益は783億円[160]まで回復した。

  • 週刊東洋経済 2024年3月30日号「大成建設の乾坤一擲 ピーエス三菱買収の内幕」
    • [153]2023年12月 ピーエス三菱へのTOB成立/買付金額約240億円・所有割合50%超で子会社化
    • [155]時価純資産を下回る買い付けにより負ののれん益6.8億円が発生
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [154]2024年7月 ピーエス三菱がピーエス・コンストラクション株式会社へ商号変更
  • 日本経済新聞(2025年9月25日)「東洋建設、上場廃止へ 大成建設によるTOB完了」
    • [156]2025年8月 東洋建設の買収を発表/9月25日にTOB成立し議決権61.81%を約1,020億円で取得/9月30日に連結子会社化
    • [157]前田建設工業保有の議決権20.19%を東洋建設の自己株取得で買い取り2025年12月に完全子会社化
  • 週刊東洋経済 2025年8月30日号「大成建設が東洋建設買収へ 再編劇の裏に任天堂創業家」
    • [158]買収総額約1,600億円で建設会社間のM&Aとして過去最大級
  • 大成建設 有価証券報告書(2026年3月期・連結財務諸表)
    • [159]連結売上高 2025年3月期2兆1,542億円/2026年3月期2兆891億円
  • 大成建設 有価証券報告書(2026年3月期・セグメント情報)
    • [160]連結営業利益 2025年3月期1,201億円/2026年3月期1,879億円/2026年3月期の建築セグメント利益783億円
  • 大成建設 有価証券報告書(2020年3月期・連結財務諸表)
    • [139]2020年3月期 連結売上高1兆7,513億円で過去最大/2021年3月期1兆4,801億円へ減少
  • 大成建設 有価証券報告書(2021年3月期・連結財務諸表)
    • [140]2021年3月期 連結売上高1兆4,801億円
  • 週刊東洋経済 2021年9月11日号「ニュース最前線 ゼネコン各社の業績急降下 株価急落「大成」ショック」
    • [141]2021年8月5日発表の2022年3月期第1四半期営業利益33億8,000万円(前年同期比80.7%減)/株価は一時6.8%安の3,510円
    • [142]単体粗利率 土木10.2%(前年同期17.7%)・建築6.2%(前年同期12%)
    • [143]直近の原価を反映させる会計基準を採用/鉄筋価格は2020年12月の1トン約7万円から9万円近くへ上昇
    • [144]2020年11月 相川善郎社長の肝煎りでリニューアル本部を設立
  • 大成建設 有価証券報告書(2022年3月期・セグメント情報)
    • [145]2022年3月期 建築セグメント利益338億円/連結営業利益率は2018年3月期11.5%から2022年3月期6.2%へ半減
  • 大成建設 有価証券報告書(2022年3月期・連結財務諸表)
    • [146]連結営業利益率 2018年3月期11.5%/2022年3月期6.2%
  • 東洋経済オンライン 2023年4月5日
    • [147]札幌の超高層ビル工事で鉄骨精度の不良が発覚
  • 日経クロステック(日経アーキテクチュア)2023年4月
    • [148]柱のずれ最大21ミリ・コンクリート厚さ不足245箇所
  • 大成建設 有価証券報告書(2023年3月期・連結財務諸表)
    • [149]躯体解体・再施工・発注者への違約金で約240億円の損失を計上
  • 大成建設 有価証券報告書(2023年3月期・セグメント情報)
    • [150]2023年3月期 建築セグメント売上高1兆927億円・セグメント損失▲67億円
  • 大成建設 有価証券報告書(2024年3月期・連結財務諸表)
    • [151]2024年3月期 工事損失引当金が478億円から966億円へ増加
  • 大成建設 有価証券報告書(2024年3月期・セグメント情報)
    • [152]2024年3月期 建築セグメント損失▲561億円/連結営業利益264億円/連結有利子負債3,763億円
  • 週刊東洋経済 2024年3月30日号「大成建設の乾坤一擲 ピーエス三菱買収の内幕」
    • [153]2023年12月 ピーエス三菱へのTOB成立/買付金額約240億円・所有割合50%超で子会社化
    • [155]時価純資産を下回る買い付けにより負ののれん益6.8億円が発生
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
    • [154]2024年7月 ピーエス三菱がピーエス・コンストラクション株式会社へ商号変更
  • 日本経済新聞(2025年9月25日)「東洋建設、上場廃止へ 大成建設によるTOB完了」
    • [156]2025年8月 東洋建設の買収を発表/9月25日にTOB成立し議決権61.81%を約1,020億円で取得/9月30日に連結子会社化
    • [157]前田建設工業保有の議決権20.19%を東洋建設の自己株取得で買い取り2025年12月に完全子会社化
  • 週刊東洋経済 2025年8月30日号「大成建設が東洋建設買収へ 再編劇の裏に任天堂創業家」
    • [158]買収総額約1,600億円で建設会社間のM&Aとして過去最大級
  • 大成建設 有価証券報告書(2026年3月期・連結財務諸表)
    • [159]連結売上高 2025年3月期2兆1,542億円/2026年3月期2兆891億円
  • 大成建設 有価証券報告書(2026年3月期・セグメント情報)
    • [160]連結営業利益 2025年3月期1,201億円/2026年3月期1,879億円/2026年3月期の建築セグメント利益783億円

大成建設の沿革1873〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
大成建設創業——大倉喜八郎氏の大倉組商会から業界初「建設」社名の採用へ文明開化期の輸入貿易と政府発注の建設工事を両輪に、35歳・大倉喜八郎氏が起こした大倉組商会はどう業界初の株式会社と「建設」社名へ至ったか 詳細を読む★★★
有限責任日本土木会社を設立
大倉土木組に事業継承
鉄筋コンクリート工法を導入
大倉土木組として独立し名実ともに誕生
日本土木に商号変更
大倉土木に商号変更
日本初の地下鉄工事(上野〜浅草)を完工
財閥解体と「大成建設」への改称——社員の会社としての再建大倉財閥の解体で常務以上が公職追放となるなか、大倉土木を母体とする建設会社はなぜ大倉家の全株を社員へ移し、業界で初めて「建設」を社名に掲げたのか 詳細を読む★★★
役員・従業員が全株式を譲り受け同族支配を解消★★
有楽土地を設立
加藤一衛建設業界初の株式公開★★
加藤一衛東京証券取引所に上場
加藤一衛戦後初の海外建築工事(ホテル・インドネシア)に着手
加藤一衛大阪・名古屋両証券取引所に上場
水嶋篤次大成道路を設立
本間嘉平大成プレハブを設立
本間嘉平「集大成」の合議経営と本部制への移行創業家のワンマン支配が消えた戦後の大成建設で、本間嘉平社長はなぜ経営方針を常務会に諮り、社長を議長に徹する集団指導体制を選んだのか 詳細を読む★★★
本間嘉平村上建設を吸収合併
南幸治住宅・不動産業務を事業目的に追加
南幸治大成道路が東京証券取引所1部に上場
南幸治大成プレハブが本店を品川区に移転
南幸治大成プレハブが東京証券取引所2部に上場
南幸治有楽土地が東京証券取引所2部に上場
佐古一本社を新宿区に移転
里見泰男事業目的の変更・追加
里見泰男分権主義の軌道修正と「請負業からの脱皮」への組織改革戦後いち早く同族色を捨てた「組織の大成」は、低成長と市場成熟にどう組織を作り替えたか 詳細を読む★★★
里見泰男大成プレハブが東京証券取引所1部に上場
里見泰男大成道路が大成ロテックに商号変更
葉山莞児大成プレハブが大成ユーレックに商号変更
葉山莞児大成ユーレックを完全子会社化
山内隆司有楽土地が東京証券取引所1部に上場
山内隆司初の営業赤字・純損失を計上★★
山内隆司大成ロテックを完全子会社化
山内隆司有楽土地を完全子会社化
村田誉之村田誉之氏が社長に就任(山内隆司氏から交代)
村田誉之リニア談合事件での起訴と「談合ではない」とする否認・徹底抗戦スーパーゼネコンの一角は、なぜ受注調整を認めながら談合を否定し、大林組・清水建設と袂を分かって公判で争う道を選んだのか 詳細を読む★★★
相川善郎相川善郎氏が社長に就任(村田誉之氏から交代)
相川善郎ピーエス三菱のTOB買収と垂直統合M&Aの始動スーパーゼネコンの一角は、なぜPC橋専業のピーエス三菱を子会社化し、連続買収の口火を切ったのか 詳細を読む★★★
相川善郎平和不動産との資本業務提携
相川善郎海洋土木大手・東洋建設のTOBによる買収と完全子会社化スーパーゼネコンはなぜマリコンを取り込むのか——洋上風力と海洋工事をめぐる過去最大のゼネコン再編 詳細を読む★★★
出典・参考
  • 証券調査(140)(新日本証券調査センター, 1982年5月)
  • 証券調査(205)(新日本証券調査センター, 1987年10月)
  • 大成建設 有価証券報告書【沿革】
  • 大成建設社史(大成建設 社史発刊準備委員会編, 1963年)
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1964年2巻9号「大成建設の近況について」(窪田重元)
  • 証券 1957年101号「新規上場会社紹介 大成建設株式会社」
  • 日本産業史 第2巻「建設-新工法・新技術相次ぐ」
  • 事業の世界 1971年9月号「よい仕事をするための日建連」
  • インベストメント 12巻6号(1959年10月)
  • 証券アナリスト・ジャーナル 1969年7巻3号「大成建設の現状と将来」(尾上保太郎)
  • 大成建設のあゆみ(1945-1968、大成建設, 1969年)
  • 日本産業史 第2巻「建設-巨大工事にいどむ」
  • 経済展望 1964年6月15日号「"集大成"で発展する」
  • 日経ビジネス 1977年7月4日号「大成建設。軌道修正迫られる"分権主義の雄"」(日経マグロウヒル社)
  • 日経ビジネス 1974年12月9日号「大成建設。正念場迎えた"脱同族経営"」(日経マグロウヒル社)
  • 会社年鑑(1976年版)
  • 会社年鑑
  • 日経ビジネス 1987年5月11日号「大成建設 設計部隊を営業部門に」(日経マグロウヒル社)
  • 週刊東洋経済 1998年5月2日号「編集長インタビュー 平島治 大成建設社長 ゼネコンの協力会社は再編の時期」
  • 日経ビジネス 1988年5月23日号「有訓無訓 タテ割り"ヨコ壁"の弊害を断て」(佐古一 大成建設会長/日経マグロウヒル社)
  • 週刊東洋経済 1997年5月17日号「ひと 大成建設社長 平島治 会長とともに難局切り開く「信頼」こそ経営の基本」
  • 週刊東洋経済 1998年11月28日号「大成建設 ジャンク債転落で始まる調達難 大手ゼネコン脱落の危機」
  • 週刊東洋経済 2001年9月22日号「トップの履歴書 大成建設社長 葉山莞児 ゼネコン激動期の舵取りを託される」
  • 週刊東洋経済 2001年8月4日号「特集 ゼネコン大淘汰 国内盤石だが再編はまだ先 勝ち組ゼネコンの将来戦略」
  • 週刊東洋経済 2002年6月8日号「ゼネコン決算 大手4社に忍び寄る「資本の質」への不安」
  • 週刊東洋経済 2004年8月7日号「大手ゼネコンに12年ぶり排除勧告 談合疑惑に動じぬ"ドン" 独占禁止法改正論議に影響も」
  • 大成建設 有価証券報告書(2007年3月期・連結財務諸表)
  • 大成建設 有価証券報告書(2009年3月期・連結財務諸表)
  • 大成建設 有価証券報告書(2009年3月期・セグメント情報)
  • 週刊東洋経済 2009年10月10日号「特集 差し迫る構造大転換! 政権交代で正念場のゼネコン」
  • 大成建設 有価証券報告書(2011年3月期・連結財務諸表)
  • 大成建設 有価証券報告書(2020年3月期・連結財務諸表)
  • 大成建設 有価証券報告書(2020年3月期・連結貸借対照表)
  • 週刊東洋経済 2013年11月29日号「特集 浮かぶゼネコン 沈むゼネコン INTERVIEW 大成建設 社長 山内隆司」
  • 週刊東洋経済 2015年11月20日号「核心レポート05 最高益続出のゼネコン 人手不足で施工不能も」
  • 大成建設 有価証券報告書(2018年3月期・連結財務諸表)
  • 大成建設 有価証券報告書(2018年3月期・セグメント情報)
  • 週刊東洋経済 2016年7月30日号「第1特集 ゼネコン バブル超え TOP INTERVIEW 大成建設 社長 村田誉之」
  • 週刊東洋経済 2018年2月17日号「大手抜きでは造れない リニア談合疑惑の深層」
  • 週刊東洋経済 2018年4月21日号「ゼネコン談合捜査は適正だったのか? 独禁法改正の攻防」
  • 週刊東洋経済 2020年7月4日号「談合摘発後の外部調査はわずか 独善性抜けないゼネコン」
  • 大成建設 有価証券報告書(2021年3月期・連結財務諸表)
  • 週刊東洋経済 2021年9月11日号「ニュース最前線 ゼネコン各社の業績急降下 株価急落「大成」ショック」
  • 大成建設 有価証券報告書(2022年3月期・セグメント情報)
  • 大成建設 有価証券報告書(2022年3月期・連結財務諸表)
  • 東洋経済オンライン 2023年4月5日
  • 日経クロステック(日経アーキテクチュア)2023年4月
  • 大成建設 有価証券報告書(2023年3月期・連結財務諸表)
  • 大成建設 有価証券報告書(2023年3月期・セグメント情報)
  • 大成建設 有価証券報告書(2024年3月期・連結財務諸表)
  • 大成建設 有価証券報告書(2024年3月期・セグメント情報)
  • 週刊東洋経済 2024年3月30日号「大成建設の乾坤一擲 ピーエス三菱買収の内幕」
  • 日本経済新聞(2025年9月25日)「東洋建設、上場廃止へ 大成建設によるTOB完了」
  • 週刊東洋経済 2025年8月30日号「大成建設が東洋建設買収へ 再編劇の裏に任天堂創業家」
  • 大成建設 有価証券報告書(2026年3月期・連結財務諸表)
  • 大成建設 有価証券報告書(2026年3月期・セグメント情報)

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