富士紡HD の歴史

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創業 1896年
創業者 —
創業地 東京都中央区
創業 1896年3月、富田鉄之助・神知常らが発起人となり、静岡県駿東郡を流れる鮎沢川の
1896年3月、富田鉄之助・神知常らが発起人となり、静岡県駿東郡を流れる鮎沢川の水力2,500馬力を動力源とする綿糸紡績会社として資本金150万円の富士紡績が設立された。1898年9月に小山工場が操業を開始する。1903年に小名木川綿布と日本絹綿紡績を、1906年9月に東京瓦斯紡績を合併して富士瓦斯紡績へ改称した。1910年2月には電気事業の兼営認可を取得し、1914年2月に相模水力電気を合併して、工場群への送電と電力の外販を一体で運営する。1939年1月、化学事業のため山口県柳井に柳井化学工業を設立した。戦時下の化学繊維生産を補う目的で置いたこの子会社が、60年後の主力事業の母体になる。
決断 主力を替える判断を、社長の出身部門ごと入れ替えて実行した。2005年9月、主要な
主力を替える判断を、社長の出身部門ごと入れ替えて実行した。2005年9月、主要な事業グループを会社分割して持株会社制へ移行し、社名を富士紡ホールディングスへ改める。翌2006年、柳井化学工業の社長を務めた中野光雄氏が第12代社長に就任した。以後"変身06-10"から"増強21-25"まで4次の中期経営計画を連続して策定し、毎期の構造改革費用と減損損失を計上しながら、和歌山工場の捺染撤退や豊浜工場の閉鎖と並行して壬生川新工場と液晶ガラス対応工場を建設した。2022年6月、16年の在任を終えた中野氏に代わって井上雅偉氏が就任し、ROIC10%以上を掲げる資本効率経営へ切り替えた。閉じた繊維拠点から出た人と設備は、そのつど研磨材と化学工業品の増設へ振り向けられた。
現況 営業利益の8割近くを、半導体を磨く消耗材が生んでいる。2026年3月期の連結売上
営業利益の8割近くを、半導体を磨く消耗材が生んでいる。2026年3月期の連結売上高は459億円、営業利益81億円。研磨材事業は売上226億円・営業利益64億円で、売上では全体の半分に達しないのに営業利益では78%を占める。化学工業品事業は売上141億円・営業利益14億円、生活衣料事業は売上63億円・営業利益4億円にとどまる。生成AI向け半導体の需要で研磨材の売上は2期のうちに134億円から226億円へ伸びた。化学工業品は2018年10月の東京金型を皮切りに化成品事業で買収を重ねて第三の柱を作り、精密金型と射出成形を足して構成比を保っている。研磨パッドは不織布とポリウレタンフォームを基材とし、1981年に大分紡績工場で始めた不織布生産の技術が半導体用途へそのまま移った。
競合 研磨パッドの業界標準は米ダウが握り、富士紡ホールディングスは標準の外で残った。米
研磨パッドの業界標準は米ダウが握り、富士紡ホールディングスは標準の外で残った。米Dow系のIC1000パッドが広く採用されるなか、同社は不織布系の独自製法で先端ロジック向けの採用実績を積み、米国・台湾・韓国の顧客と長期の取引をつないだ。同じ明治期の綿紡績から出発した同業の行き先は分かれ、日清紡ホールディングスは新日本無線を公開買付けで子会社化して電子部品へ移り、シキボウは閉じた工場の跡地を賃貸へ振り替えた。富士紡ホールディングスが残したのは土地でも別の産業でもなく、紡績の製造技術がそのまま効く消耗材だった。半導体投資の谷はその消耗材の採算へ直に及び、2024年3月期の研磨材の営業利益は前期の28億円から11億円へ減少している。
長期業績の推移 1949〜2026年
富士紡ホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円)純利益率(%)
1997年3月期〜2026年3月期

第1章 1896-1921 (気が向いたら執筆します!) 富士紡績の設立と小山工場の操業、東京瓦斯紡績の合併による電気事業の兼営

第2章 1922-1945 (気が向いたら執筆します!) 3社合併による紡績規模の拡大と富士電力への電気事業譲渡、在外資産の接収

第3章 1946-1974 (気が向いたら執筆します!) 上場と小坂井工場の新設、エチオピア綿業への資本参加と電子器事業の開設

第4章 1975-2004 (気が向いたら執筆します!) 帝国製絲の合併とフジボウアパレル各社によるアパレル展開、タイ現地生産と国内工場の休止

第5章 2005-2026 (気が向いたら執筆します!) 持株会社制への移行と研磨材・化学品・精密加工への事業転換

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歴史年表 1896〜2023年

富士紡ホールディングスの沿革1896〜2023年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1896〜1921年富士紡績の設立と小山工場の操業、東京瓦斯紡績の合併による電気事業の兼営富士紡績を設立★★
小山工場を新設し操業開始★
東京瓦斯紡績を合併し社名を富士瓦斯紡績に商号変更★★
電気事業兼営を認可★
1922〜1945年3社合併による紡績規模の拡大と富士電力への電気事業譲渡、在外資産の接収大分紡績・日華絹綿紡織・東洋絹糸紡績の3社を合併★
富士電力を設立し電気事業設備を譲渡★
柳井化学工業を設立★
在外資産を接収★★
社名を富士紡績に商号変更★
1946〜1974年上場と小坂井工場の新設、エチオピア綿業への資本参加と電子器事業の開設東京証券取引所・大阪証券取引所に株式上場★
小坂井工場を新設★
富士ケミクロスを設立★★
エチオピア綿業に資本・経営参加★
電子器事業所を開設★★
タイテキスタイルに資本・経営参加★
1975〜2004年帝国製絲の合併とフジボウアパレル各社によるアパレル展開、タイ現地生産と国内工場の休止エチオピア綿業を国有化★★
帝国製絲を合併★
フジボウアパレルを設立★
高田・敦賀フジボウアパレル等3社を設立★
メダリオンを設立★
和歌山工場を分離しフジボウ和歌山を設立★
フジボウカタンを設立★
タイフジボウガーメントを設立★
タイフジボウテキスタイルを設立★
電子機器事業所を分離しフジボウ電子を設立★
フジボウ小坂井を吸収合併★
タイフジボウガーメントが生産を中止★
八尾工場の操業を休止★
鷲津工場の操業を休止★
富士紡(常州)服装有限公司を設立★★
タイテキスタイル株式を全量売却★
2005〜2026年持株会社制への移行と研磨材・化学品・精密加工への事業転換中野光雄持株会社化と研磨材事業への経営資源集中——中野光雄社長体制と中期経営計画「変身06-10」

2005年9月、慢性的な繊維事業不振に直面していた富士紡績は持株会社制へ移行して富士紡ホールディングスへ改称し、研磨材事業の現場を率いてきた中野光雄氏を第12代社長に登用、中期経営計画"変身06-10"を打ち出した経営判断。

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★★★
中野光雄フジボウテキスタイルとフジボウファイバーを統合再編★
中野光雄柳井化学工業が東洋紡から医薬・農薬中間体事業を会社分割により承継★★
中野光雄フジボウ電子を解散★
中野光雄台湾富士紡精密材料股份有限公司を設立★
中野光雄化成品事業を第4の柱に育てるための金型・射出成形の取り込み

富士紡ホールディングスが2018年から2022年にかけて、金型の設計・製造・販売を営む東京金型、藤岡モールド、GFIホールディングスとその子会社IPMを相次いで完全子会社化し、報告セグメントの外側にある化成品事業へ金型・射出成形を組み込んだ経営判断。投じた取得原価は3件で2,170百万円、計上したのれんは1,407百万円であった。

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★★★
中野光雄富士紡(常州)服装有限公司を解散★
中野光雄藤岡モールドを完全子会社化★
井上雅偉井上雅偉体制のROIC経営と、生成AI特需を取り込むニッチトップ戦略の確立

2022年6月、富士紡ホールディングスは16年間社長を務めた中野光雄氏から井上雅偉氏へ経営トップを交代し、ROIC経営の徹底と生成AI向け半導体需要の取り込みを両輪とする資本効率経営に着手した経営判断。

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★★★
井上雅偉フジケミがフジボウテキスタイルから化成品部門を会社分割で承継★
井上雅偉GFIHD・IPMを完全子会社化★
井上雅偉IPMがGFIHDを吸収合併★
出典・参考

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