クラレ の歴史

創業

1926年

創業者

大原孫三郎

創業地

岡山県倉敷市

直近売上高(2025/12)

8,084億円

長期業績と転換点(1996/3〜2025/12)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1950年に国産技術でビニロンを工業化したのか
A 1950年にビニロンを国産技術で工業化したのは、海外技術の導入に頼らず国産原料で独自の繊維を生産したいという第2代社長・大原總一郎氏の考えによる。1949年に商工省が倉敷レイヨンをビニロンの集中生産会社に選定したことも後押しとなり、石灰石・石炭・水という国産資源を原料に1950年に岡山工場で生産を始めた。当初は風合いと染色性で苦戦したが、1954年に高強力タイプを開発すると漁網やセメント補強材へ用途が広がり、自社技術で開いた狭い市場で首位を取る稼ぎ方が根づいた
Q なぜ1970年に倉敷レイヨンからクラレへ社名を改めたのか
A 1970年に倉敷レイヨンからクラレへ改めたのは、繊維専業の名を捨てて高機能素材メーカーへ転じる意思を示すためである。同社は1962年に天然ガス法のポバール、1964年に人工皮革クラリーノ、1972年にガスバリア樹脂エバールと、自社研究による独自素材を相次いで立ち上げ、繊維依存からの脱却を進めていた。なかでもポバール由来のビニルアセテート系は樹脂からフィルムまで一貫して握り、他社が入りにくい世界首位の事業へ育った。2001年に祖業のレーヨン生産を止めたあとは、この一事業が全社営業利益の8割を稼いだ
Q なぜ2018年に活性炭最大手カルゴン・カーボンを買収したのか
A 2018年に活性炭最大手の米カルゴン・カーボンを買収したのは、ビニルアセテート一事業に営業利益の8割が偏る構造を是正し、第三の収益柱を加えるためである。伊藤正明社長は買収完了時に、炭素材料をビニルアセテート・イソプレンに次ぐ三つめの柱にすると述べた。水処理や大気浄化に使う活性炭は新興国のインフラ需要で伸びると見て、約1234億円を投じて国内の炭素材料事業と統合し、環境分野へ本格参入した。買収資金の借入で自己資本比率は71.7%から58.6%へ下がった

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1926年〜 ビニロンからエバールへ — 独自素材の連続的開発

クラレの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1926年 倉敷絹織を設立
  2. 1928年 倉敷工場操業開始
  3. 1933年 東京・大阪株式取引所に上場
  4. 1950年 国産技術による合成繊維ビニロンの企業化と、ポバールからの一貫生産体制の構築 技術は買うものか、自前で立てるものか——石灰石と水からつくる繊維に、倉敷レイヨンはなぜ社運を賭けたか
  5. 1964年 倉敷工場で人工皮革「クラリーノ」の生産開始
  6. 1972年 岡山工場でエバールの生産開始
  7. 1989年 協和ガス化学工業を吸収合併

倉敷紡績から生まれた化学繊維メーカー

1926年、倉敷紡績の社長であった大原孫三郎は、化学繊維レーヨンの将来性に着目し、資本金1000万円をもって子会社の倉敷絹織株式会社を設立し、自ら社長を兼務した。フランスからの技術導入と京都大学との共同研究を経て、1928年に倉敷工場でレーヨンの商業生産を開始し、国内市場への供給を本格化した。1936年までに西条・岡山を含む4工場体制を整え、レーヨン専業メーカーとして地歩を固めた。太平洋戦争中は軍需工場へ転換したが、戦後は速やかに化繊生産を再開し、1949年に倉敷レイヨン株式会社へ社名変更して再出発した。大原家が培った倉敷の産業基盤と、創業来の「創造」の精神が、のちの独自技術志向の原点となった。 [1][2][3][4][5][6][7][8][9]

  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [1]1926年6月 化学繊維レーヨンの企業化を目的に倉敷絹織株式会社を設立(社長 大原孫三郎)
    • [5]1928年5月 倉敷工場操業開始(レーヨン生産)。同年11月に製品を市販(会社銀行八十年史)
    • [8]1949年4月 倉敷レイヨン株式会社に社名変更
    • [2]大原孫三郎は倉敷紡績社長で倉敷絹織の社長を兼務。倉敷絹織は倉敷紡績の子会社として設立(総覧「倉敷紡績の子会社倉敷絹織㈱として設立された」)
    • [4]1926年7月 フランスのエミール・ブロンネル博士の人絹技術並びに機械を導入(会社銀行八十年史)
    • [7]太平洋戦争中、1943年に倉敷・岡山工場の化繊生産を停止し軍需工場へ転換、同年12月に倉敷航空化工へ改称(会社銀行八十年史)
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [3]1926年資本金1000万円をもって倉敷絹織を設立、社長は大原孫三郎が兼務(明治百年「大正一五年資本金一〇〇〇万円をもって倉敷絹織(株)を設立…社長は大原孫三郎氏が兼務した」)
    • [9]創業来の「創造」の精神を継承し新分野の開拓を進めてきた(明治百年「創業来の『創造』の精神を継承し、着々と新しい分野の開拓をすすめつつある」)
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [6]1936年までに倉敷・新居浜・西条・岡山の4工場体制(総覧「36年までに新居浜、西条、岡山各工場が順次操業を始め、4工場体制を敷いた」・八十年史「ここに新鋭の四工場を有することになった」)

戦後の同社を特徴づけたのが、国産技術による合成繊維ビニロンの工業化である。石灰石・石炭・水という国産資源を原料とするビニロンは京都大学の桜田一郎らの研究成果を基に開発され、1950年に岡山工場で生産を開始し、日本初の独自技術による合成繊維となった。当初は風合いや染色性の難から市場開拓は困難を極めたが、1954年に高強力タイプの開発に成功すると漁網・ロープ・セメント補強材などの産業資材として用途が広がり、同社の技術力を代表する素材となった。ビニロンの成功は、倉敷レイヨンの企業文化に他社の真似をしない独自技術という価値観を刻み込んだ。 [10][11][12]

  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [10]ビニロンは国産資源(石炭・石灰石・水)を原料とするポリビニルアルコール系合成繊維(日本会社史総覧)
    • [12]1954年に高強力タイプの開発に成功し急速に発展、産業資材用途が拡大(日本会社史総覧)
  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [11]1950年11月 岡山工場でビニロンの生産開始
  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [1]1926年6月 化学繊維レーヨンの企業化を目的に倉敷絹織株式会社を設立(社長 大原孫三郎)
    • [5]1928年5月 倉敷工場操業開始(レーヨン生産)。同年11月に製品を市販(会社銀行八十年史)
    • [8]1949年4月 倉敷レイヨン株式会社に社名変更
    • [11]1950年11月 岡山工場でビニロンの生産開始
    • [2]大原孫三郎は倉敷紡績社長で倉敷絹織の社長を兼務。倉敷絹織は倉敷紡績の子会社として設立(総覧「倉敷紡績の子会社倉敷絹織㈱として設立された」)
    • [4]1926年7月 フランスのエミール・ブロンネル博士の人絹技術並びに機械を導入(会社銀行八十年史)
    • [7]太平洋戦争中、1943年に倉敷・岡山工場の化繊生産を停止し軍需工場へ転換、同年12月に倉敷航空化工へ改称(会社銀行八十年史)
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [3]1926年資本金1000万円をもって倉敷絹織を設立、社長は大原孫三郎が兼務(明治百年「大正一五年資本金一〇〇〇万円をもって倉敷絹織(株)を設立…社長は大原孫三郎氏が兼務した」)
    • [9]創業来の「創造」の精神を継承し新分野の開拓を進めてきた(明治百年「創業来の『創造』の精神を継承し、着々と新しい分野の開拓をすすめつつある」)
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [6]1936年までに倉敷・新居浜・西条・岡山の4工場体制(総覧「36年までに新居浜、西条、岡山各工場が順次操業を始め、4工場体制を敷いた」・八十年史「ここに新鋭の四工場を有することになった」)
    • [10]ビニロンは国産資源(石炭・石灰石・水)を原料とするポリビニルアルコール系合成繊維(日本会社史総覧)
    • [12]1954年に高強力タイプの開発に成功し急速に発展、産業資材用途が拡大(日本会社史総覧)

基幹事業の確立 — クラリーノ・エバール・イソプレン

1960年代、同社は繊維にとどまらない多角化へ方針を変えた。1962年に新潟県中条町で天然ガスを原料とするポバール工場を稼働させ、化学品事業の基盤を築いた。1964年に独自技術による人工皮革「クラリーノ」の生産を開始し、天然皮革に迫る風合いと軽量性で市場を驚かせた。米デュポンなど複数社が競って参入するなか、同社は品質の優位性と積極的なマーケティングで首位を押さえ、ランドセル向けをはじめとする用途で高い市場シェアを獲得した。クラリーノは同社の顔となるブランドに育ち、多角化戦略の軸となった。ポバールとクラリーノの組み合わせは繊維依存を脱する最初の足場で、以降の新素材開発を支える収益源ともなった。 [13][14][15]

  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [13]1962年5月 新潟県中条町(中条工場・現新潟事業所)で天然ガスを原料とするポバール工場が操業開始
    • [15]人工皮革分野には米デュポンほか数社が参入したが、品質の優位性と積極的なマーケティングでトップの地位を確立(日本会社史総覧)
  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [14]1964年11月 倉敷工場で人工皮革「クラリーノ」の生産開始(基礎技術は1963年に自社開発=独自技術)

1972年、ポバール技術の応用から生まれたガスバリア樹脂「エバール」の生産を岡山工場で始めた。食品包装材のガス遮断性に革新をもたらすエバールは、のちにクラレ最大の収益源に育つ。同年には鹿島工場でポリイソプレンゴムの製造も始め、イソプレンケミカル分野への本格参入を果たした。ビニロン、クラリーノ、エバール、イソプレンという独自の基幹事業が1960年代から70年代前半にかけて相次いで立ち上がったことが、のちのグローバル機能素材メーカーへの飛躍の礎となった。連続的な新素材開発は、独自技術で市場を切り拓く同社の企業文化を代表する。 [16][17]

  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [16]1972年5月 岡山工場でエバール(エチレン・ビニルアルコール共重合体)の生産開始。ポバールの技術応用・ガスバリア性(総覧)
    • [17]1972年12月 鹿島工場操業開始(ポリイソプレンゴム「クラプレン」の生産)
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [13]1962年5月 新潟県中条町(中条工場・現新潟事業所)で天然ガスを原料とするポバール工場が操業開始
    • [15]人工皮革分野には米デュポンほか数社が参入したが、品質の優位性と積極的なマーケティングでトップの地位を確立(日本会社史総覧)
  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [14]1964年11月 倉敷工場で人工皮革「クラリーノ」の生産開始(基礎技術は1963年に自社開発=独自技術)
    • [16]1972年5月 岡山工場でエバール(エチレン・ビニルアルコール共重合体)の生産開始。ポバールの技術応用・ガスバリア性(総覧)
    • [17]1972年12月 鹿島工場操業開始(ポリイソプレンゴム「クラプレン」の生産)

繊維専業からの脱却と社名変更の実行

事業領域の拡大を踏まえ、同社は1970年に「株式会社クラレ」へ社名を変更した。「倉敷レイヨン」からの決別は、名称変更にとどまらず、繊維メーカーから高機能素材メーカーへの転換を宣言する一手だった。1970年代に同社を襲った二度の石油危機は化合繊業界に深刻な打撃を与えたが、同社はイソプレン誘導品による香料・医農薬中間体などのファインケミカル分野への展開、人工腎臓をはじめとするメディカル製品の事業化で危機を乗り越えた。繊維依存からの脱却が激動の時代に耐え抜いた最大の要因で、1960年代から続けた独自素材の開発が石油危機下の経営を支える盾となった。 [18][19][20][21]

  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [18]1970年6月 株式会社クラレに社名変更
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [19]2度にわたる石油危機が化合繊業界に深刻な影響を及ぼした(日本会社史総覧)
    • [20]イソプレンケミカル分野で香料・医薬・農薬中間体など誘導品の合成技術を確立し1976年から操業開始、ファインケミカル分野へ本格参入
    • [21]1978年に「エバール」系中空糸を用いた人工腎臓を発売し人工臓器分野へ進出(日本会社史総覧)

1980年代に入ると、1983年にエバールの米国現地生産法人EVAL Company of Americaを設立して海外展開に踏み込んだ。1986年に米国工場が稼働を始め、グローバル供給体制の第一歩を投じたことは、世界展開の原点となった。国内では面ファスナーの日本ベルクロ、メタクリル樹脂の協和ガス化学工業といった関連企業の合併を進め、事業基盤を統合・強化した。1988年に策定した第2次中期経営計画では繊維事業の合理化と非繊維事業の拡大を打ち出し、祖業であるレーヨンの生産縮小が始まった。この構造改革が、のちの本格的な祖業撤退への下地となり、エバール海外生産の立ち上げと合わせて同社のポートフォリオ転換を加速した。 [22][23][24][25]

  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [22]1983年10月 米国にエバール生産の現地法人EVAL Company of Americaを設立
    • [23]1986年12月 米国EVAL Company of Americaでエバール樹脂の生産開始
    • [24]1984年12月 日本ベルクロ株式会社を吸収合併(総覧では面ファスナー「マジックテープ」の製造販売会社)
    • [25]1989年10月 協和ガス化学工業株式会社を吸収合併(総覧では「メタクリル樹脂製造販売の協和ガス化学工業」)
  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [18]1970年6月 株式会社クラレに社名変更
    • [22]1983年10月 米国にエバール生産の現地法人EVAL Company of Americaを設立
    • [23]1986年12月 米国EVAL Company of Americaでエバール樹脂の生産開始
    • [24]1984年12月 日本ベルクロ株式会社を吸収合併(総覧では面ファスナー「マジックテープ」の製造販売会社)
    • [25]1989年10月 協和ガス化学工業株式会社を吸収合併(総覧では「メタクリル樹脂製造販売の協和ガス化学工業」)
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)
    • [19]2度にわたる石油危機が化合繊業界に深刻な影響を及ぼした(日本会社史総覧)
    • [20]イソプレンケミカル分野で香料・医薬・農薬中間体など誘導品の合成技術を確立し1976年から操業開始、ファインケミカル分野へ本格参入
    • [21]1978年に「エバール」系中空糸を用いた人工腎臓を発売し人工臓器分野へ進出(日本会社史総覧)

1990年〜 グローバル機能素材メーカーへの本格的飛躍

クラレの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1991年 Kuraray Europe GmbH設立
  2. 1994年 非繊維事業への転換「地下茎経営」と、不況に揺るがぬ収益体質づくり 規模で大手に挑まず、独自技術の連鎖で稼ぐ——クラレは繊維専業からどう脱け出そうとしたか
  3. 1994年 筑波研究所を設立
  4. 2001年 祖業レーヨンの生産停止と、クラリアントからのポバール・PVB事業の取得 世界で3位に入れない市場に居続けるか——創業以来75年の事業を畳んだ一年
  5. 2001年 スイスClariant AGからポバール・PVB事業を買収
  6. 2004年 HT Troplast AGからPVBフィルム事業を買収
  7. 2014年 DuPontからビニルアセテート関連事業を買収

エバール三極体制と祖業からの決別

1990年代、クラレはエバールのグローバル供給体制を欧州・北米・日本の三極で整備した。1991年にドイツに欧州統括拠点を設立し、1997年にはベルギーにエバールの欧州生産拠点EVAL Europe N.V.を新設した。1999年に同工場が稼働を始め、日本・米国・欧州の三極生産体制が完成し、クラレは名実ともに世界市場に根ざす供給者となった。エバールは世界シェア首位を押さえ、食品包装から自動車燃料タンクまで用途を広げた。この三極体制の確立は、以降のポバールやPVB事業でも繰り返される原型となった。欧州・北米の食品産業との直接取引が収益の質を高め、現地の規制動向を踏まえた製品仕様の改良サイクルを動かす基盤にもなった。各地の顧客に対して日本から輸出で応える形から、現地で設計・生産・改良を完結する体制へ切り替わった意味は大きい。 [26][27]

  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [26]1997年10月 ベルギーにEVAL Europe N.V.を設立(エバールの欧州現地生産)
    • [27]1999年9月 EVAL Europe N.V.でエバール樹脂の生産開始=日米欧三極生産体制の完成

そして2001年2月、クラレは創業事業であるレーヨンの生産を停止した。75年にわたる祖業からの完全撤退で、化学繊維メーカーから高機能素材メーカーへの転換が名実ともに完了した。同年12月にはスイスのクラリアントからポバールおよびポリビニルブチラール事業を買収し、ドイツの生産拠点を含む欧州の化学品事業基盤を一挙に獲得した。2004年にはドイツのHTトロプラストからPVBフィルム事業も取得し、自動車用合わせガラス中間膜などポバール関連のバリューチェーンを欧州で拡充した。日米欧の三極体制はエバールだけでなくポバール・PVB事業にも広がり、グローバル機能素材メーカーとしての事業基盤が整った。 [28][29][30]

  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [28]2001年2月 レーヨン生産を停止(創業事業からの完全撤退)
    • [29]2001年12月 スイスClariant AGからポバール及びPVB事業を買収し、ドイツのKuraray Specialities Europe GmbH(2001年7月設立)が運営を開始
    • [30]2004年12月 ドイツHT Troplast AGからPVBフィルム事業を買収
  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [26]1997年10月 ベルギーにEVAL Europe N.V.を設立(エバールの欧州現地生産)
    • [27]1999年9月 EVAL Europe N.V.でエバール樹脂の生産開始=日米欧三極生産体制の完成
    • [28]2001年2月 レーヨン生産を停止(創業事業からの完全撤退)
    • [29]2001年12月 スイスClariant AGからポバール及びPVB事業を買収し、ドイツのKuraray Specialities Europe GmbH(2001年7月設立)が運営を開始
    • [30]2004年12月 ドイツHT Troplast AGからPVBフィルム事業を買収

M&Aによるポバール世界首位の確立

2010年代に入ると、クラレはM&Aを成長の主軸に据える路線へ方針を変えた。2012年には米MonoSol Holdingsを取得原価約3.95億ドルで買収し、水溶性ポバールフィルム市場で首位の地位を押さえた。洗剤ポッドなどの個包装向けに伸びるこの分野で、ポバール樹脂からフィルムまでの垂直統合を完成したことは、素材メーカーから加工度の高い最終製品領域への進出を意味した。この買収は、のちの水溶性フィルム世界首位という称号につながる布石となり、クラレのM&A戦略の起点を形作った。自社のポバール樹脂を自社のフィルム工場で加工する体制は、他社が模倣しにくい参入障壁として働いた。 [31]

  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [31]2012年6月 MonoSol Holdings Inc.及び子会社(産業用ポバールフィルムの製造・販売)を買収。取得原価395百万ドル

2014年6月、クラレは米デュポンからビニルアセテート関連事業を約648億円で買収した。VAM、PVA、PVBシートなど年間売上5億ドル超の事業群と米国テキサス州の生産拠点を取得し、ポバール世界シェア首位の地位を盤石にした。デュポンが長年培った技術力と販路をクラレの既存事業と統合し、原料から最終製品までの一貫体制を北米でも築いた。買収効果が本格化した2017年12月期にはビニルアセテートセグメントの売上高が2347億円、セグメント利益613億円に達し、連結売上高は5184億円、営業利益751億円と過去最高水準に達し、営業利益率は14.5%に上昇した。デュポン買収はMonoSolに続く北米ポバール・チェーンの仕上げで、以降の収益基盤を支えた。 [32]

  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [32]2014年6月 米DuPontからビニルアセテート関連事業(VAM・PVA等)を買収。取得原価648億円
  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [31]2012年6月 MonoSol Holdings Inc.及び子会社(産業用ポバールフィルムの製造・販売)を買収。取得原価395百万ドル
    • [32]2014年6月 米DuPontからビニルアセテート関連事業(VAM・PVA等)を買収。取得原価648億円

世のため人のため、他人のやれないこと

クラレの企業理念である「世のため人のため他人のやれないことをやる」という言葉は、創業以来の独自技術志向を端的に表す。ビニロンもエバールもポバールも、既存の大市場に参入するのではなく、自ら開拓した技術をニッチ市場でグローバルトップに育てる戦略で成長した。デュポン事業の買収はその延長線上で、世界シェア首位のポバール樹脂にフィルム・シートまでの川下領域を加え、バリューチェーン全体を押さえる構図を完成させた。買収シナジーの実現は同社のM&A能力を内外に印象づけ、MonoSolからデュポンに至る一連の取引で水溶性フィルムや合わせガラス中間膜の分野でも競合が追随しにくい地位を築いた。

2017年12月期のセグメント構成をみると、ビニルアセテートが売上2347億円で全体の45%を占め、トレーディング1252億円、機能材料497億円、繊維395億円、イソプレン300億円と続く。ビニルアセテートのセグメント利益は613億円で全社営業利益の8割超を稼ぎ、同事業への収益依存度の高さが際立った。基幹事業の高収益性はクラレの強みである一方、単一事業への過度な依存という戦略的リスクも内包し、次の成長ドライバーを模索する必要性が経営課題となった。過去の10年で買収と撤退を繰り返して整えた収益構造は、ビニルアセテートという一本足打法に戻りつつあった。ビニルアセテート偏重からの脱却が次の一手として急がれ、環境関連素材の本格買収という選択肢が視野に入った。

2018年〜 買収の光と影、米国事故と構造改革の始動

クラレの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2018年 米カルゴン・カーボンの取得と、環境ソリューションの第3の柱化 稼ぎ頭が強すぎることは弱点か——1200億円を借入で賄った事業構成の組み替え
  2. 2018年 米国工場で火災事故・訴訟により巨額賠償
  3. 2022年 東京証券取引所プライム市場へ移行

カルゴン・カーボン買収と環境分野への進出

2018年3月、クラレは米国の活性炭最大手カルゴン・カーボン・コーポレーションを約1234億円で買収した。活性炭は水処理、大気浄化、食品産業など環境関連用途を持つ素材で、クラレはこの買収で「環境ソリューション」を新たな成長の柱と位置づけた。国内で保有していた炭素材料事業とカルゴンの活性炭事業を統合し、原料炭から再生処理までの一貫体制を築いた。機能材料セグメントの売上高はFY17の497億円からFY18には1120億円へ倍増し、同セグメントは事業ポートフォリオ上の主要な位置を占め、環境関連市場への本格参入を果たした。ビニルアセテート偏重の収益構造に環境関連という第二の柱を加える意図が明示された買収だった。 [33][34]

  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [33]有報【沿革】ではCalgon Carbon Corporationの買収は2018年3月(2018年1月の沿革記載はクラレリビングの吸収合併のみ)。timelineとdecisions/calgon-carbon-acquisition-2018.yaml(closed が2018-03)はいずれも2018年3月とし、有報沿革と整合。本文はこれに合わせて2018年3月へ訂正
    • [34]国内の炭素材料事業は2017年1月のクラレケミカル吸収合併・炭素材料事業部新設で保有

この買収でクラレの連結売上高は6030億円に達し、総資産は9471億円へ拡大した。ビニルアセテート事業に偏重した収益構造を是正し、事業ポートフォリオの分散を図る戦略的意図があった。ただし買収資金の多くを借入で賄ったため、有利子負債はFY17の600億円からFY18には2166億円へ急増し、自己資本比率は71.7%から58.6%へ低下した。買収資金の借入が財務構造を変え、以降の経営は財務健全性の維持と成長投資の同時追求という課題を抱え込んだ。カルゴンが持つ米国の石炭系活性炭ラインと日本側のヤシ殻系活性炭は用途が補完的で、統合シナジーは長期で効くと見られたが、短期の財務には明確な負担となった。買収の代償は小さくなく、米国エバール工場の火災事故と重なって同社の海外事業運営力が問われた。

  • クラレ 有価証券報告書 第145期(2025年12月期)【沿革】
    • [33]有報【沿革】ではCalgon Carbon Corporationの買収は2018年3月(2018年1月の沿革記載はクラレリビングの吸収合併のみ)。timelineとdecisions/calgon-carbon-acquisition-2018.yaml(closed が2018-03)はいずれも2018年3月とし、有報沿革と整合。本文はこれに合わせて2018年3月へ訂正
    • [34]国内の炭素材料事業は2017年1月のクラレケミカル吸収合併・炭素材料事業部新設で保有

米国工場火災と多額の訴訟損失の発生

カルゴン買収完了からわずか数か月後の2018年5月、米国子会社Kuraray America, Inc.のエバール工場で爆発火災事故が発生した。定期修繕中にエチレン昇圧操作を誤り、大量のエチレンが放出・着火した結果、外注作業員を含む266名が被災する重大事故となった。被災者側は精神的苦痛を含む賠償を請求し、クラレは2019年12月期に訴訟関連損失506億円、翌2020年12月期にも231億円を特別損失として計上した。累計約738億円に及ぶ損失は、海外事業の急拡大に伴うオペレーションリスクと安全管理の重要性を浮き彫りにし、買収した子会社に対するガバナンスのあり方を経営が根底から見直すきっかけとなった。

この結果、2019年12月期は親会社帰属純利益が20億円の赤字に転落した。2020年には新型コロナウイルス感染拡大による世界的な需要減退が重なり、営業利益はFY20に443億円まで落ち込んだ。ただしビニルアセテート事業の基盤は底堅く、環境規制の強化でエバールやポバールの需要は回復基調を辿った。FY20の売上高は5418億円と前期比6%減にとどまり、営業利益率も8.2%を維持した。自動車・食品包装・水処理といった用途が景気変動の影響をそれぞれ異なるタイミングで受ける事業構成が、一つのショックに対して業績全体が崩れる構造を緩めた。買収直後の試練はクラレの経営体制に負荷を与えたが、単一事業への依存を薄めた長年のポートフォリオ分散が、事故とコロナ禍の二重の衝撃を吸収する緩衝材として働いた。

コロナ後の業績回復と構造改革の始動

2021年以降、世界経済の正常化と円安効果でクラレの業績は回復した。FY21に売上高6294億円、営業利益723億円まで戻し、FY22には売上高7564億円、営業利益871億円に達した。営業利益率は11.5%に改善した。ビニルアセテートセグメントは売上3712億円、セグメント利益775億円と伸び、円安による海外収益の嵩上げに加え、食品包装や自動車向けの需要回復が寄与した。買収の統合効果とコロナ禍からの需要回復が同時に顕在化し、クラレの業績は短期間で過去最高水準へ戻った。北米デュポン事業と欧州のポバール・PVB事業が通期で寄与し、MonoSolの水溶性フィルムも北米洗剤市場の拡大を取り込んだ。回復基調が経営に再び攻めの姿勢を取り戻させ、2022年のPASSION 2026策定と営業利益目標1100億円への上方修正につながった。

FY22にはセグメント構造の再編が行われ、トレーディングセグメントの販売・マーケティング機能が各事業セグメントに統合された。各セグメントが自律的に市場開拓を担う体制へ移り、事業ポートフォリオの実態を反映する構成となった。イソプレン事業では中国市況の軟化や原燃料高の影響から操業休止関連費用の計上が始まり、グループ全体の利益の質が問われ始めた。中国勢の合成ゴム増強とエラストマーの市況悪化は2018〜19年から続く構造問題で、クラレの鹿島工場の設備稼働率も下がり始めていた。表面的な好業績の裏で次の構造課題が顕在化し、翌期以降の事業再編を促す下地として経営陣の意識に刻まれ、のちのMMA縮小や不織布撤退といった一連の整理につながった。

クラレの沿革1926〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
倉敷絹織を設立
倉敷工場操業開始
東京・大阪株式取引所に上場
西条工場操業開始
岡山工場操業開始
中国産業を設立
角一ゴムへ出資
倉敷レイヨンに商号変更
証券取引所再開により上場再開
国産技術による合成繊維ビニロンの企業化と、ポバールからの一貫生産体制の構築技術は買うものか、自前で立てるものか——石灰石と水からつくる繊維に、倉敷レイヨンはなぜ社運を賭けたか 詳細を読む★★★
玉島工場操業開始
中条工場操業開始
玉島工場でポリエステルステープル「クラレエステル」の生産開始
倉敷工場で人工皮革「クラリーノ」の生産開始★★
中央研究所を設立
西条工場でポリエステルフィラメント「クラベラ」の生産開始
クラレに商号変更
岡山工場でエバールの生産開始★★
Kuraray International Corp.設立
鹿島工場操業開始
中条工場でイソプレン誘導品の生産開始
日本ベルクロを吸収合併
鹿島工場で光ディスクの生産開始
エバール樹脂の生産開始
クラフレックスを吸収合併
協和ガス化学工業を吸収合併★★
Kuraray Europe GmbH設立
非繊維事業への転換「地下茎経営」と、不況に揺るがぬ収益体質づくり規模で大手に挑まず、独自技術の連鎖で稼ぐ——クラレは繊維専業からどう脱け出そうとしたか 詳細を読む★★★
筑波研究所を設立
和久井康明西条工場で耐熱性ポリアミド樹脂「ジェネスタ」の生産開始
和久井康明EVAL Europe N.V.でエバール樹脂の生産開始
和久井康明祖業レーヨンの生産停止と、クラリアントからのポバール・PVB事業の取得世界で3位に入れない市場に居続けるか——創業以来75年の事業を畳んだ一年 詳細を読む★★★
和久井康明スイスClariant AGからポバール・PVB事業を買収★★
和久井康明経営諮問会議を新設し執行役員制度を導入
和久井康明HT Troplast AGからPVBフィルム事業を買収★★
和久井康明RPTV用光学スクリーンから撤退
伊藤文大MonoSol Holdings Inc.・子会社を買収
伊藤正明DuPontからビニルアセテート関連事業を買収★★
伊藤正明Plantic Technologies Limited・子会社を買収
伊藤正明米カルゴン・カーボンの取得と、環境ソリューションの第3の柱化稼ぎ頭が強すぎることは弱点か——1200億円を借入で賄った事業構成の組み替え 詳細を読む★★★
伊藤正明米国工場で火災事故・訴訟により巨額賠償★★
川原仁東京証券取引所プライム市場へ移行
川原仁ブタジエン誘導品の生産開始
川原仁イソブチレン誘導品の生産開始
川原仁クラレクラフレックスを吸収合併
出典・参考

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