化成品事業でのM&Aによる「第三の柱」づくり——東京金型・藤岡モールド・GFIホールディングス/IPM
研磨材事業への依存をどう和らげるか——精密金型のM&Aを重ねた5年間
更新:
- 概要
- 富士紡ホールディングスが2018年から2023年にかけて、精密プラスチック金型の東京金型・藤岡モールド、金型設計・製作のGFIホールディングス/IPMを相次いで完全子会社化し、化成品事業に金型・射出成形分野を組み込んだ経営判断。
- 背景
- 柳井化学工業を母体とする研磨材事業が2010年代を通じて業績の柱として急拡大する一方、半導体市況に連動する単一事業への依存が強まり、化成品事業をもう一つの収益源に育てる必要が生じていた。
- 内容
- 2018年10月に東京金型、2020年1月に藤岡モールドを完全子会社化して2020年4月に社内統合し、2022年11月にはGFIホールディングスと孫会社IPMを完全子会社化、2023年2月にIPMがGFIホールディングスを吸収合併して整理した。
- 含意
- 金型技術と射出成形品を組み合わせる同じ論理を3件のM&Aで反復した結果、化成品事業はFY24(2025年3月期)に連結売上の31%・営業利益の19%を占める規模に育ったが、研磨材事業の営業利益シェア73%という構造はなお解消していない。
なお残る研磨材事業への集中リスク
この一連のM&Aの核心は、稼ぎ頭である研磨材事業を縮小することではなく、その隣に第二の収益源を意図的に積み増した点にある。半導体市況という単一の外部要因に連結業績が左右される構造を、富士紡HDは2018年の時点ですでに問題として認識し、金型と射出成形品の組み合わせという同じ論理を東京金型・藤岡モールド・GFIホールディングス/IPMの3件で反復した。社長交代をまたいでも方針が途切れなかった点は、この判断が個人の思いつきではなく、組織として共有された経営課題への対応であったことをうかがわせる。
もっとも、FY24時点でも研磨材事業は連結営業利益の73%を占めており、化成品事業の拡大が研磨材依存という構造そのものを解消したとは言いがたい。むしろ、半導体需要の追い風で研磨材事業自体が急拡大した結果、化成品事業の相対的な比重はかえって上がりにくくなっている面もある。第二の柱を育てる努力と、主力事業がそれ以上の速度で伸びるという状況が併存するなかで、富士紡HDのポートフォリオ多角化がどこまで進むかは、次期中期経営計画「進化26-30」の資源配分にも表れてくるとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
研磨材事業への依存が強まった2010年代
富士紡ホールディングスの研磨材事業は、1939年に山口県柳井で設立された柳井化学工業を母体とする。1990年代後半以降、半導体の微細化とともにCMP(化学機械研磨)研磨材の需要が拡大し、同事業は2010年代に入って業績への寄与を急速に高めた。FY12(2013年3月期)には研磨材事業の営業利益が繊維事業の51倍に達し、FY16(2017年3月期)には連結営業利益68億円のうち過半を稼ぐ主力事業の地位を固めていた[1][2]。
研磨材事業への傾斜が進む一方、2006年に第12代社長へ就任した中野光雄氏は、中期経営計画「突破11-13」から「加速17-20」まで4次にわたる中計を連続策定し、繊維事業の縮小と非繊維事業の強化を並行させていた。化学工業品事業についても、2013年4月に柳井化学工業が東洋紡から医薬中間体・農薬中間体事業を会社分割で承継し、研磨材以外の収益源を育てる布石を打っていた。半導体市況という単一の外部要因に連結業績が左右される構造は、この時点ですでに意識されていたとみられる[3][4]。
中期経営計画「加速17-20」が掲げた化成品事業の拡大
2017年度に始動した中期経営計画「加速17-20」は、化成品事業の拡大を経営目標の一つに掲げた。柳井化学工業が担う化学工業品事業は医薬・農薬中間体の受託製造が中心であったが、これに精密金型・射出成形という新たな技術領域を加えることで、事業規模を広げる方向性が計画のなかで明示されていた。研磨材事業が半導体市況に強く連動する性質を持つのに対し、金型・成形品分野は自動車部品や家電など需要先が分散しており、収益の変動を和らげる役割が期待された[5][6]。
富士紡HDが化成品事業の拡張先として金型・射出成形分野を選んだ背景には、柳井化学工業が化学薬品の受託製造で培った品質管理・生産技術の蓄積があった。金型メーカーを取り込んで自社の射出成形品と組み合わせれば、単なる部材供給にとどまらない一貫生産体制を築ける。この発想は、後の2022年のGFIホールディングス子会社化でも「金型と射出成形品のシナジー効果」としてほぼ同じ言葉で語られており、富士紡HDが2018年時点で描いた方向性が、5年をかけて反復・拡張されたことがうかがえる[7]。
決断
東京金型・藤岡モールドの完全子会社化(2018-2020年)
富士紡HDは2018年8月31日の取締役会で、精密プラスチック射出成形金型を手がける東京金型の全株式を取得して完全子会社化することを決議し、同年10月に手続きを完了した。東京金型は1972年設立、資本金1000万円、埼玉県越谷市に本社を置く企業で、自動車部品から家電まで幅広い分野向けの金型製造を担っていた。買収の狙いは、東京金型の金型技術と富士紡グループの射出成形品を組み合わせることで、品質向上と事業規模拡大を図る点にあったとされる[8][9]。
富士紡HDは2020年1月に藤岡モールドを完全子会社化し、同年4月には東京金型が藤岡モールドを吸収合併して社内の金型事業を一本化した。藤岡モールドは群馬県藤岡市を拠点とする金型メーカーで、東京金型の工場網(本社・第一工場を埼玉県越谷市、第二・第三工場を春日部市、藤岡工場を群馬県藤岡市に持つ)と地理的に近接しており、合併による生産体制の集約は自然な選択であった。2件のM&Aを2年で連続実行し、直後に社内統合まで進めた点に、金型事業をまとまった規模で運営する意図が表れている[10][11]。
GFIホールディングス/IPMの子会社化と統合(2022-2023年)
富士紡HDは2022年9月30日、精密金型設計・製作技術を持つGFIホールディングスの全株式を取得して子会社化すると発表し、同年11月に取得を完了した。GFIホールディングスの完全子会社であったIPMは、この株式取得により富士紡HDの孫会社となった。IPMは2002年設立、新潟市を拠点とする総合プラスチック成形金型メーカーで、精密金型を高効率に生産する技術を蓄積していた。中野光雄氏から井上雅偉氏へ社長が交代した2022年6月からわずか3カ月後の決定であり、経営体制の移行期に化成品事業のM&Aが継続された[12][13]。
グループ入り後の整理も速やかに進んだ。2023年2月、IPMがGFIホールディングスを吸収合併し、持株会社の階層を解消して事業実体であるIPMに一本化した。東京金型・藤岡モールドの合併と同様、富士紡HDは化成品分野の買収先を取得した後、比較的短期間で社内の法人構造を単純化する運用を繰り返しており、金型事業を継ぎ足し的な子会社群としてではなく、まとまった一事業として経営する方針が読み取れる。あわせて2022年10月にはフジケミがフジボウテキスタイルから化成品部門を吸収分割で承継しており、化成品事業の領域再編は買収と社内組み替えが並行する形で進んだ[14][15]。
結果
化成品事業の「第二の柱」化
3件のM&Aと社内統合を経て、化成品事業(化学工業品事業)はFY24(2025年3月期)に連結売上高429億円のうち31%、連結営業利益65億円のうち19%を占めるまでに拡大した。研磨材事業の売上45%・営業利益73%という圧倒的な比重には及ばないが、生活衣料事業の売上16%・営業利益9%を上回る規模となり、研磨材に次ぐ第二の事業として位置づく水準に達している。金型・射出成形分野の取り込みは、医薬中間体の受託製造が中心だった化成品事業に、自動車・家電向け部材という異なる需要先を加える効果を持った[16][17]。
統合報告書2024は、中期経営計画「変身06-10」以降続く事業構造改革の延長として、繊維事業の再編・縮小と非繊維分野(CMP研磨材・化学工業品)への重点シフトを総括した。化成品事業に金型・射出成形分野を組み込む一連のM&Aは、この非繊維シフトのなかでも研磨材事業への集中リスクを和らげる目的が明確だった点で、他の非繊維強化策と性格を異にする。2022年6月の社長交代(中野光雄氏から井上雅偉氏)をまたいでGFIホールディングス子会社化が実行されたことは、この方針が特定の経営者個人ではなく、組織として継続された経営判断であったことを示している[18][19]。
- 日本経済新聞(2018年8月31日)「富士紡HD、東京金型の全株式を取得し子会社化することを決議」
- 株探(2022年10月5日)「富士紡ホールディングス---GFIホールディングスを子会社化、IPMは孫会社に」
- 富士紡ホールディングス公式サイト「沿革」
- 富士紡ホールディングス公式サイト グループ会社紹介「東京金型」
- 富士紡ホールディングス 有価証券報告書(各期)
- 富士紡ホールディングス 統合報告書2024(2024年9月発行)