富士紡HDの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

主力を替える判断を、社長の出身部門ごと入れ替えて実行した。2005年9月、主要な事業グループを会社分割して持株会社制へ移行し、社名を富士紡ホールディングスへ改める。翌2006年、柳井化学工業の社長を務めた中野光雄氏が第12代社長に就任した。以後"変身06-10"から"増強21-25"まで4次の中期経営計画を連続して策定し、毎期の構造改革費用と減損損失を計上しながら、和歌山工場の捺染撤退や豊浜工場の閉鎖と並行して壬生川新工場と液晶ガラス対応工場を建設した。2022年6月、16年の在任を終えた中野光雄氏に代わって井上雅偉氏が就任し、ROIC10%以上を掲げる資本効率経営へ切り替えた。閉じた繊維拠点から出た人と設備は、そのつど研磨材と化学工業品の増設へ振り向けられた。

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