グンゼの歴史
沿革
1896年に波多野鶴吉氏が京都府綾部町で設立した郡是製絲が起源。
1946年に始めたメリヤス肌着に絹靴下のフルファッション技術を生かし、1968年にはプラスチックフィルムへ展開した。肌着で国内シェア30%程度を占めた繊維の老舗で、医療材料にも事業を拡大している。
創業期
1896年〜郡是製絲の設立と塚口工場での絹長靴下参入
- 生糸の製造販売を目的に綾部で郡是製絲を設立[1]
- パリ万国博覧会で金牌を受賞[2]
- 創業者・波多野鶴吉氏が二代目社長に就任[2]
- 輸出生糸を米国スキンナー商会に特約販売開始[2]
- 米国セントルイス万国博覧会で最高賞牌を受賞[2]
- 繭の品質に見合った価格を支払う正量取引を開始[2]
- 川合信水氏を招聘して教育部を設置[2]
- 幹部・社員の守るべき信条として「社訓」を制定[2]
- 第二郡是製絲を設立と同時に合併[3]
- 郡是女学校を設置[2]
- 蚕栄・福知山・舞鶴の各製糸会社を合併[3]
- 社章を商標登録[2]
- 郡是病院を開設[2]
- 中堅幹部養成を目的とする技術科を設置[4]
- ニューヨークにグンゼシルクコーポレーションを設立[2]
- 京都証券取引所、続いて大阪証券取引所に上場[2]
- 塚口工場を新設し絹婦人長靴下事業に参入[1]
- 本工場に私立郡是綾部女子青年学校を設立[5]
- 商号を郡是工業に変更[1]
- 戦時体制で製糸17工場などを日本蚕糸製造に移管[6]
転換期
1946年〜宮津工場でのメリヤス肌着開始と東証上場
- 移管工場が復帰し商号を郡是製絲に復元[1]
- メリヤス業への転換[6]
- 東京・大阪・名古屋の各証券取引所に上場[1]
- ナイロンストッキングの生産を開始[1]
- 米ベア・ブランド・ホーゼリー社から靴下編機の現物出資[7]
- 研究部内に繰糸分室を設置[8]
- メリヤス代理店会「郡是会」を結成[2]
- メリヤスで「金の品質・銀の価格」のキャッチフレーズを使用開始[2]
- 津山工場でミシン糸事業を開始[1]
- 社報『ぐんぜ』を発刊[2]
- 絹撚糸事業を廃止[9]
- 亀岡工場を新設し刺繍レース事業を開始[2]
- 江南工場を新設し合繊紡績事業に参入[1]
- 梁瀬工場を肌着事業に転換[2]
- 事業部制を導入[2]
- プラスチック事業を開始[2]
- 小判型グンゼを商標登録[2]
- 郡是高分子工業(現・グンゼ高分子)を設立[2]
- 倉吉工場でファンデーション事業を開始[2]
- 商号をグンゼに変更[1]
売上高当期純利益率
- 売上高
- 当期純利益率
グンゼ1967年11月期売上高313億円売上高当期純利益率4.8%
| 就任年 | 社長氏名 | 役職名 |
|---|---|---|
| 1938年 | 波多野林一 | 取締役社長 |
| 1958年 | 石田一郎 | 取締役社長 |
| 1965年 | 横山清松 | 取締役社長 |
安定成長期
1968年〜販売子会社23社の体制とプラスチックフィルムへの多角化
- パンティストッキングの生産を開始[2]
- 守山工場を新設しプラスチックフィルム事業を強化[1]
- 九州グンゼを設立しストッキング製造を開始[1]
- 東北グンゼを設立しインナーウエア製造を開始[6]
- 合弁会社韓日繊維(現・全紡グンゼ)を設立[2]
- 営業所を廃止し地域販売会社の設立を開始[2]
- グンゼ物流を設立[1]
- グンゼ包装システムを設立しフィルムの印刷加工に参入[6]
- 販売子会社23社体制へ再編[10]
- 中国済南針繊廠と肌着の合作生産を開始[2]
- グンゼ塚口開発を設立[2]
- グンゼスポーツを設立しスポーツクラブ事業に参入[1]
- 塚口工場跡地に商業施設「つかしん」を開業[1]
- 新大阪造機を吸収合併し印刷・食品機械事業に参入[1]
- 福島プラスチックスを設立[1]
- タイに子会社を設立しインナーウエアの海外生産を開始[6]
- 中国・インドネシアに繊維の製造販売会社を設立[6]
- 米国にプラスチックフィルムの製造販売会社を設立[1]
- ベトナムにインナーウエアの製造販売会社を設立[1]
- 電子部品の亀岡新工場が完成[11]
転換期
1999年〜グンゼメディカルの発足とアパレル事業の構造改革
- 綾部エンプラを設立しエンジニアリングプラスチックスを製造[1]
- 上海にプラスチックフィルムの製造販売会社を設立[1]
- 電子部品の仕入販売を行うGuan Zhi Holdingsを設立[12]
- つかしんに天然温泉「湯の華廊」を開業[1]
- 上海にインナーウエア・ストッキングの販売会社を設立[1]
- 常熟に繊維資材の製造販売会社を設立[1]
- 深圳にメディカル材料の製造販売会社を設立[1]
- 北京にアパレル製品の卸売・小売会社を設立[1]
- 宇都宮事業所などで太陽光発電による売電を開始[1]
- カンボジアにスポーツクラブの運営会社を設立[1]
- ハノイに繊維資材の製造販売会社を設立[1]
- ジーンズ・カジュアルダンを子会社化しアウター小売に参入[1]
- グンゼメディカルジャパンを設立[1]
- ベトナムにプラスチックフィルムの製造販売会社を設立[1]
- メディカルユーアンドエイを子会社化[1]
- 東京証券取引所の市場区分見直しでプライム市場へ移行[1]
- メディカル2社を統合しグンゼメディカルに商号変更[1]
- メディカル事業の一部をグンゼメディカルへ承継[1]
- 津山グンゼを吸収合併しミシン糸の製造加工を統合[1]
- アパレル事業の構造改革[13]