決断
規模で競う相手のいる市場を避け、自社の技術が効く隣へ移ってきた。1947年に紡績設備の復元が認められたとき、大紡績と衝突する紡績業へは入らず、フルファッション技術の生きるメリヤス肌着へ主力を移行した。絹靴下で積んだフルファッションの技術がそのまま効き、加工部門の売上は1956年に製糸部門を上回った。1971年からは代理店を販売子会社へ組み替え、1978年末に全国23社の体制を構築する。肌着のシェアは1973年の21%程度から5年で30%程度へ上がった。大紡績と競わない場所を選んだ判断が、代理店を自社の販売会社へ置き換える余力を残した。
2025年5月 アパレル事業の構造改革
アパレル事業の構造改革国内人口の減少と量販店の売場縮小、円安によるコスト増でアパレル事業の収益性が落ち、資本収益性の改善を迫られたことによる構造改革同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移2024 2025 2026 売上高(億円) 1,329 1,371 1,309 営業利益率(%) 5.1 5.8 3.7 1971年 販売子会社23社体制へ再編
業績の推移1970 1971 1976 売上高(億円) 506 607 1,029 経常利益率(%) 7.3 6.1 5.8