需要が横ばいの商品で他社の取り分を奪うには、店頭へ商品を運ぶ側を押さえるほかない。グンゼが7年かけて代理店を23社の販売子会社へ入れ替えたのは、値引きでも新商品でもなく、流通の権限を自社へ移す選択であった。首都圏で小売店・百貨店専門店・問屋を3系列に分けた設計は、系列同士が同じ市場で重なる無駄を消すと同時に、どの層にどの条件で売るかを本社が決められる構造を残した。1人当たり年間売上高が295万円から456万円へ増加した背景には、この権限の移動があったと思われる。
ただ、流通を握ることは価格を握ることに近い。1976年5月のヤミ再販破棄勧告は、品質で積み上げた価格支配力が制度の側から咎められた一例であった。量販店と百貨店を取ればシェア50%に達すると見ながら一般小売店中心の構成を崩さなかった判断も、共存共栄の理念であると同時に、既存の販売網を守る選択でもあった。この体制は肌着という単品の強さに支えられており、売上の半分をメリヤスが占める偏りは残されたまま、1990年代の輸入品との価格競争へ持ち越された。