日清紡HDの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

主軸を約30年ごとに入れ替え、売る相手の産業ごと移してきた。綿紡績の収益で自動車ブレーキの摩擦材を育て、1981年に化成品、1986年に精密機器の工場を新設している。2005年12月に公開買付で新日本無線を連結子会社化し、これを機に持株会社化の検討へ入って、2009年4月に日清紡ホールディングスへ商号を変更して5社を新設分割で切り出した。2010年12月には日本無線を子会社化する。2011年9月には欧州ブレーキ摩擦材大手TMD Frictionの全株式を取得したが、TMDはブレーキ事業を2012年3月期の営業利益42億円から翌期の43億円の損失へ転じさせ、2023年11月に全株式を譲渡した。

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