大王製紙 の歴史

創業

創業者

創業地

直近売上高(2025/3)

6,689億円

長期業績と転換点(1996/3〜2025/3)
売上高(億円純利益率(%)

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1940年〜 和紙14事業所の合同から洋紙の一貫生産体制へ(1940〜1957)

  1. 1943年 愛媛県伊予三島で大王製紙を設立
  2. 1945年 生産設備を三島工場に集約
  3. 1956年 銅山川製紙から設備を買収し川之江工場を開設
  4. 1956年 大阪証券取引所に上場
  5. 1957年 東京証券取引所に上場

商工省の企業整備が生んだ和紙メーカー

大王製紙の設立は戦時下の産業統制によるものである。1940年4月[1]、井川伊勢吉氏が丸菱製紙所の経営権を譲り受け、機械による製紙を始めた。3年後の1943年5月5日[2]、商工省の示した製紙工業整備要項[3]に基づいて井川伊勢吉氏の経営する企業を主体に四国の14事業所が合同[4]し、資本金217万5,000円[5]で大王製紙が発足した。当初の事業は丸網抄紙機による和紙の製造販売[6]で、設立と同時に東京と大阪へ出張所を置いた[7]。統制は乱立した中小の製紙業者を1社にまとめる政策であり、四国の紙産地にはこの1社が残った。

  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [1]1940年4月に井川伊勢吉氏が丸菱製紙所の経営権を譲り受け、機械製紙工場の経営を開始した
    • [2]1943年5月5日に大王製紙を設立
    • [3]商工省が示した「製紙工業整備要項」に基づく企業整備が設立の根拠
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1957年8号・第99号)
    • [4]四国紙業ほか13事業所、計14の事業所が合同して設立された
    • [5]設立時の資本金は217万5,000円
  • 大王製紙(会社銀行八十年史、1955年、2篇 日本会社史)
    • [6]丸網抄紙機で和紙を抄造する四国の14工場が合同したもので、当初の事業は和紙の製造販売
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [7]設立と同時に東京出張所・大阪出張所を設置

戦後の需要は和紙ではなく洋紙にあった。同社は1945年12月に生産設備を伊予三島の三島工場へ集め[8]、1946年10月に洋紙とグラウンドパルプの製造設備を新設して翌年末から生産に入り[9]、1947年には新聞用紙の製造販売を始めた[10]。当時の紙市場は、統制の枠外にあった仙花紙が飛ぶように売れる異常な活況[11]にあり、その波に乗って大昭和製紙・中越パルプ・高崎製紙といった新興の中小メーカー[12]が相次いで規模を伸ばしている。大王製紙もその一社であり、王子製紙が3社に分割された後の空白[13]へ入り込んだ新興勢力にあたる。

  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1945年12月に生産設備を三島工場に集約
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1957年8号・第99号)
    • [9]1946年10月に洋紙及びグラウンドパルプの製造設備を新設し、翌年末から生産を開始した
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [10]1947年に新聞用紙の製造販売を開始
  • 紙・パルプ-急追する新進企業(日本産業史 第2巻、日本経済新聞社)
    • [11]統制の枠外にあった仙花紙が新興中小メーカーの手で大量に作られ、プレミアム付きで売れた
    • [12]1949・1950年に大昭和製紙・中越パルプ・大王製紙・高崎製紙など新興中小メーカーが進出した
    • [13]王子製紙は1949年の集中排除法により苫小牧製紙・十条製紙・本州製紙の3社に分割された
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [1]1940年4月に井川伊勢吉氏が丸菱製紙所の経営権を譲り受け、機械製紙工場の経営を開始した
    • [2]1943年5月5日に大王製紙を設立
    • [3]商工省が示した「製紙工業整備要項」に基づく企業整備が設立の根拠
    • [10]1947年に新聞用紙の製造販売を開始
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1957年8号・第99号)
    • [4]四国紙業ほか13事業所、計14の事業所が合同して設立された
    • [5]設立時の資本金は217万5,000円
    • [9]1946年10月に洋紙及びグラウンドパルプの製造設備を新設し、翌年末から生産を開始した
  • 大王製紙(会社銀行八十年史、1955年、2篇 日本会社史)
    • [6]丸網抄紙機で和紙を抄造する四国の14工場が合同したもので、当初の事業は和紙の製造販売
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [7]設立と同時に東京出張所・大阪出張所を設置
    • [8]1945年12月に生産設備を三島工場に集約
  • 紙・パルプ-急追する新進企業(日本産業史 第2巻、日本経済新聞社)
    • [11]統制の枠外にあった仙花紙が新興中小メーカーの手で大量に作られ、プレミアム付きで売れた
    • [12]1949・1950年に大昭和製紙・中越パルプ・大王製紙・高崎製紙など新興中小メーカーが進出した
    • [13]王子製紙は1949年の集中排除法により苫小牧製紙・十条製紙・本州製紙の3社に分割された

パルプ自給への投資と証券取引所への上場

洋紙へ移った同社が次に抱えた課題は、原料パルプを外部から買っていたことにある。1950年11月に子会社の西日本パルプを設立してサルファイトパルプを確保[14]し、1954年4月に未晒クラフトパルプ、1955年11月に晒クラフトパルプの製造設備を三島工場へ新設[15]した。ここで原木からパルプ、紙までの一貫生産体制[16]ができた。四国では唯一の晒クラフトパルプ設備[17]であり、従来のサルファイトパルプをこれに切り替えて原価を下げている。1955年時点の本社は大阪市北区にあり[18]、生産の中心は愛媛県の三島工場にあった。

  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1957年8号・第99号)
    • [14]1950年11月に子会社の西日本パルプを設立し、サルファイトパルプの確保を図った
    • [15]1954年4月に未晒クラフトパルプ製造設備、1955年11月に晒クラフトパルプ製造設備を三島工場に新設した
    • [16]原木からパルプ、紙までの一貫生産態勢を確立した
  • 大王製紙(会社銀行八十年史、1955年、2篇 日本会社史)
    • [17]晒クラフトパルプ設備は四国で唯一であり、従来のサルファイトパルプをこれに転換して原価を低減した
    • [18]1955年時点の本社所在地は大阪市北区新川崎町6

投資の効果は損益にはっきり表れた。パルプを外部に頼っていた1952年10月期から1954年4月期までの3期で、同社は7,936万円の赤字[19]を計上している。未晒クラフトパルプ設備が動いた1954年10月期に業績は好転[20]し、1955年4月期には純利益5,700万円をあげて繰越欠損を一掃[21]した。1957年4月期の売上高は12億83万円、純利益は1億6,036万円[22]で、売上高に対する純利益率は1955年10月期の10.9%から13.8%まで上がった[23]。原料を自ら作れるかどうかが製紙会社の採算を決めるという、この業種の基本がそのまま数字になった。

  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1957年8号・第99号)
    • [19]1952年10月期から1954年4月期までに7,936万円の赤字を計上した
    • [20]1954年10月期は未晒クラフトパルプ製造設備の稼働によりパルプ購入が不要となり業績が好転した
    • [22]1957年4月期の売上高は1,200,821千円、当期純利益は160,358千円
    • [23]売上高純利益率は1955年10月期10.9%から1957年4月期13.8%へ上昇した
  • 大王製紙(会社銀行八十年史、1955年、2篇 日本会社史)
    • [21]1955年4月期に純利益5,700万円をあげて繰越赤字を解消した

生産能力と市場での地位も同じ時期に固まった。1956年4月に銅山川製紙から工場設備を買い取って川之江工場とし[24]、三島工場と近接した2工場に生産を集めた。株式は1956年8月に大阪証券取引所へ、1957年7月に東京証券取引所へ上場[25]している。主力は洋紙で、なかでも新聞用紙は総生産量のおよそ半分を占め、その8割を朝日新聞社・毎日新聞社・読売新聞社の3社へ納めた[26]。上質紙と筋入クラフト紙は東南アジアやエジプトへ輸出[27]し、1956年4月期には売上高の25.4%を輸出が占めている[28]

  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [24]1956年4月に銅山川製紙から工場設備を買収して川之江工場とした
    • [25]1956年8月に大阪証券取引所、1957年7月に東京証券取引所へ株式を上場した
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1957年8号・第99号)
    • [26]新聞用紙は洋紙総生産量の平均40〜50%を占め、朝日・毎日・読売の3社へ80%を納入していた
    • [27]上質紙・筋入クラフト紙を東南アジア、エジプト等へ輸出していた
    • [28]総売上高に対する輸出の割合は1956年4月期25.4%
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1957年8号・第99号)
    • [14]1950年11月に子会社の西日本パルプを設立し、サルファイトパルプの確保を図った
    • [15]1954年4月に未晒クラフトパルプ製造設備、1955年11月に晒クラフトパルプ製造設備を三島工場に新設した
    • [16]原木からパルプ、紙までの一貫生産態勢を確立した
    • [19]1952年10月期から1954年4月期までに7,936万円の赤字を計上した
    • [20]1954年10月期は未晒クラフトパルプ製造設備の稼働によりパルプ購入が不要となり業績が好転した
    • [22]1957年4月期の売上高は1,200,821千円、当期純利益は160,358千円
    • [23]売上高純利益率は1955年10月期10.9%から1957年4月期13.8%へ上昇した
    • [26]新聞用紙は洋紙総生産量の平均40〜50%を占め、朝日・毎日・読売の3社へ80%を納入していた
    • [27]上質紙・筋入クラフト紙を東南アジア、エジプト等へ輸出していた
    • [28]総売上高に対する輸出の割合は1956年4月期25.4%
  • 大王製紙(会社銀行八十年史、1955年、2篇 日本会社史)
    • [17]晒クラフトパルプ設備は四国で唯一であり、従来のサルファイトパルプをこれに転換して原価を低減した
    • [18]1955年時点の本社所在地は大阪市北区新川崎町6
    • [21]1955年4月期に純利益5,700万円をあげて繰越赤字を解消した
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [24]1956年4月に銅山川製紙から工場設備を買収して川之江工場とした
    • [25]1956年8月に大阪証券取引所、1957年7月に東京証券取引所へ株式を上場した

1957年〜 設備拡大の反動と会社更生法の適用(1957〜1974)

  1. 1957年 東京証券取引所に上場
  2. 1961年 大阪・東京両証券取引所の市場第一部に上場
  3. 1962年 会社更生手続開始の申立(同年6月開始決定)
  4. 1962年 名古屋出張所の開設
  5. 1963年 大阪・東京両証券取引所で上場廃止
  6. 1964年 更生計画の認可
  7. 1965年 会社更生手続の終結

原木価格の高騰と製品市況の下落が招いた資金繰り難

一貫生産の完成後、同社は増産へ資金を振り向けた。1957年4月期の末には新聞用紙の月産能力を250万封度から900万封度へ引き上げる大幅高速抄紙機[29]の完成を控え、同年10月には段ボール原紙の製造販売も始めている[30]。1960年にはパルプ設備と段ボール原紙抄紙機の改造・新設を実施[31]した。紙の需要が急速に拡大した1955年からの数年間、紙パルプ各社はそろって設備を増強[32]しており、同社の投資もその流れの中にある。1961年10月には大阪・東京両証券取引所の市場第一部へ移った。 [33]

  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1957年8号・第99号)
    • [29]期末完成予定の大幅高速抄紙機の稼働で新聞用紙の月産能力は250万封度から900万封度へ増大する見込みだった
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [30]1957年10月に段ボール原紙の製造販売を開始
    • [31]1960年にパルプ設備、段ボール原紙抄紙機の改造・新設を行った
    • [32]1955年以降に紙の需要が急速に拡大し、紙パルプ業界各社がともに設備増強を行った
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [33]1961年10月に大阪・東京両証券取引所の市場第一部へ上場

拡大の前提は3年で崩れた。1960年秋から1962年春にかけて原木価格が異常な高騰を示し[34]、同時に過剰生産で製品価格が下落した。そこへ設備投資に伴う借入金の金利負担が重なり[35]、同社は資金繰りに行き詰まる。1962年5月に会社更生法の適用を申請し、翌6月に更生手続の開始が決定[36]した。上場から5年、市場第一部への昇格からは1年半しか経っていなかった。1963年12月には大阪・東京両証券取引所で上場が廃止[37]され、翌1964年1月に日本証券業協会大阪地区協会の店頭登録銘柄へ移された[38]

  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [34]1960年秋から1962年春までの原木価格の異常高騰と過剰生産による製品価格の値下がりが起きた
    • [35]設備投資に伴う借入金金利が増大したことから資金繰りに窮した
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [36]1962年5月に会社更生手続開始を申し立て、同年6月に開始決定を受けた
    • [37]1963年12月に大阪・東京両証券取引所で上場廃止となった
    • [38]1964年1月に日本証券業協会大阪地区協会の店頭登録銘柄に指定された
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1957年8号・第99号)
    • [29]期末完成予定の大幅高速抄紙機の稼働で新聞用紙の月産能力は250万封度から900万封度へ増大する見込みだった
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [30]1957年10月に段ボール原紙の製造販売を開始
    • [31]1960年にパルプ設備、段ボール原紙抄紙機の改造・新設を行った
    • [32]1955年以降に紙の需要が急速に拡大し、紙パルプ業界各社がともに設備増強を行った
    • [34]1960年秋から1962年春までの原木価格の異常高騰と過剰生産による製品価格の値下がりが起きた
    • [35]設備投資に伴う借入金金利が増大したことから資金繰りに窮した
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [33]1961年10月に大阪・東京両証券取引所の市場第一部へ上場
    • [36]1962年5月に会社更生手続開始を申し立て、同年6月に開始決定を受けた
    • [37]1963年12月に大阪・東京両証券取引所で上場廃止となった
    • [38]1964年1月に日本証券業協会大阪地区協会の店頭登録銘柄に指定された

更生計画の認可と3年7か月の繰上弁済

更生手続の間に、経営を圧迫していた外部条件は反転した。原木価格が沈静化し、製品価格も安定したため業績は回復[39]に向かう。1964年4月に更生計画が認可され[40]、1965年4月には更生手続の終結決定[41]を受けた。申立てから3年に満たない期間である。同社が抱えた問題は販売力や製品の競争力ではなく、需要拡大期の設備投資と原料市況の急変が同時に重なったところにあり、市況が戻れば採算も戻る構造にあった。

  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [39]原木価格が沈静化し製品価格が安定したことから業績は着実に回復した
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [40]1964年4月に更生計画案が認可された
    • [41]1965年4月に更生手続終結の決定を受けた

回復の速さは弁済にも表れた。1970年4月、同社は更生債務を更生計画に基づく最終弁済期日より3年7か月繰り上げて弁済[42]している。更生手続を経た会社にとって、繰上弁済は金融機関と取引先に対する信用の回復そのものにあたる。以後の同社は新聞用紙と段ボール原紙を中心に事業を進め、1974年には中質紙と出版用紙の製造販売を加えた[43]。製品を増やす方向は、この時期から明確になった。 [44]

  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [42]1970年4月に更生債務を更生計画に基づく最終弁済期日より3年7か月繰り上げて弁済した
    • [43]1974年に中質紙、出版用紙の製造販売を開始した
    • [44]更生手続終結後は新聞用紙、段ボール原紙を中心に事業展開を行った
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [39]原木価格が沈静化し製品価格が安定したことから業績は着実に回復した
    • [42]1970年4月に更生債務を更生計画に基づく最終弁済期日より3年7か月繰り上げて弁済した
    • [43]1974年に中質紙、出版用紙の製造販売を開始した
    • [44]更生手続終結後は新聞用紙、段ボール原紙を中心に事業展開を行った
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [40]1964年4月に更生計画案が認可された
    • [41]1965年4月に更生手続終結の決定を受けた

1974年〜 エリエールによる家庭紙参入と再上場後の拡大(1974〜2006)

  1. 1977年 新4号新聞用紙抄紙機の増設
  2. 1978年 東京紙パルプ交易の設立
  3. 1979年 日本証券業協会大阪地区協会の店頭登録銘柄に再指定
  4. 1979年 ティシューペーパー「エリエール」で家庭紙市場へ参入
  5. 1982年 大阪証券取引所市場第二部に再上場
  6. 1983年 丸紅から名古屋パルプを買収
  7. 1989年 東京支社を東京本社に昇格させ二本社制へ移行

ティシューペーパーから広げた家庭紙事業

1979年4月、同社はティシューペーパー「エリエール」の製造販売を始め[45]、家庭紙の市場へ入った。それまでの製品は新聞用紙・印刷用紙・段ボール原紙といった、商社と代理店を経て企業へ渡る紙[46]である。家庭紙は小売店の棚で消費者が選ぶ商品であり、売り方が根本から異なる。参入後はトイレットペーパー、紙おむつ、生理用ナプキンへと品目を広げた[47]。全国に営業所と営業出張所を置いて直接ユーザーへ販売する活動を強めた[48]のも、既存の流通機構だけでは新しい製品を運べなかったためである。

  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [45]1979年4月にティシューペーパー「エリエール」の製造販売を開始し家庭紙市場へ参入した
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [46]主力ルートは総合商社・紙専門商社・卸商を通じた各ユーザーへの販売であり、直接販売の比率は低かった
    • [47]家庭紙部門はトイレットペーパー、紙おむつ、ナプキンと事業を拡大した
    • [48]既存の流通機構への拡販に加え、直接ユーザーへの販売促進活動を積極的に行い全国に営業所・営業出張所を設置した

家庭紙は売上構成を変えた。家庭用薄葉紙の売上高は1985年3月期の149億8,800万円から1987年3月期には230億9,700万円へ伸び[49]、売上高構成比は11.1%に達した。同じ3期の間に段ボール原紙は442億6,500万円から221億3,200万円へ半減[50]し、新聞用紙も610億8,700万円から551億3,500万円へ減っている[51]。市況に振られる産業用の紙が縮む一方で、消費者向けの紙が伸びた。1987年3月期の売上高2,078億9,900万円のうち、紙が93.1%、紙加工品が4.0%、パルプが2.9%[52]を占め、紙・板紙の生産高では業界第5位[53]にあった。

  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [49]家庭用薄葉紙の売上高は1985年3月期14,988百万円から1987年3月期23,097百万円へ増加し、構成比は11.1%
    • [50]段ボール原紙は1985年3月期44,265百万円から1987年3月期22,132百万円へ減少した
    • [51]新聞用紙は1985年3月期61,087百万円から1987年3月期55,135百万円へ減少した
    • [52]1987年3月期の売上高207,899百万円の内訳は紙93.1%、紙加工品4.0%、パルプ2.9%
    • [53]紙・板紙の生産高で業界第5位だった
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [45]1979年4月にティシューペーパー「エリエール」の製造販売を開始し家庭紙市場へ参入した
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [46]主力ルートは総合商社・紙専門商社・卸商を通じた各ユーザーへの販売であり、直接販売の比率は低かった
    • [47]家庭紙部門はトイレットペーパー、紙おむつ、ナプキンと事業を拡大した
    • [48]既存の流通機構への拡販に加え、直接ユーザーへの販売促進活動を積極的に行い全国に営業所・営業出張所を設置した
    • [49]家庭用薄葉紙の売上高は1985年3月期14,988百万円から1987年3月期23,097百万円へ増加し、構成比は11.1%
    • [50]段ボール原紙は1985年3月期44,265百万円から1987年3月期22,132百万円へ減少した
    • [51]新聞用紙は1985年3月期61,087百万円から1987年3月期55,135百万円へ減少した
    • [52]1987年3月期の売上高207,899百万円の内訳は紙93.1%、紙加工品4.0%、パルプ2.9%
    • [53]紙・板紙の生産高で業界第5位だった

大阪証券取引所と東京証券取引所への再上場

株式市場への復帰は段階を追って進んだ。1982年11月に大阪証券取引所市場第二部へ再上場[54]し、1984年9月に同市場第一部の銘柄へ指定[55]され、1988年2月17日に東京証券取引所市場第一部へ再上場[56]した。東証の上場廃止から24年が経っていた。再上場に際しては500万株を公募し、発行済株式総数は8,154万9,628株[57]となっている。1987年3月期の売上高は2,078億9,900万円、経常利益は124億2,900万円[58]で、円高と原油安による輸入木材チップ・重油価格の下落[59]が利益を押し上げた。

  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [54]1982年11月に大阪証券取引所市場第二部へ再上場した
    • [55]1984年9月に大阪証券取引所市場第一部銘柄に指定された
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [56]1988年2月17日に東京証券取引所市場第一部へ再上場した
    • [57]再上場時に5,000千株を公募し、発行済株式総数は81,549,628株となった
    • [58]1987年3月期の売上高207,899百万円、経常利益12,429百万円
    • [59]円高・原油安により輸入木材チップ、重油価格等が大幅に値下がりしたことが利益率上昇の要因

生産と組織の形も、この時期に定まった。他の大手が全国各地に工場を置いたのに対し、同社は三島工場と近接する川之江工場に生産を集めており[60]、三島工場は紙・板紙・パルプの生産工場として当時の国内で最大の規模[61]を持っていた。原料面では海外メーカーと輸入チップの長期契約を結び、米国にチップの生産工場を子会社として設けている[62]。1983年6月には丸紅から名古屋パルプを買収[63]した。1987年6月に井川高雄氏が社長へ就き[64]、1989年1月には東京支社を東京本社へ昇格させて二本社制に移った[65]。1987年5月末の従業員は2,926人[66]だった。

  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [60]他の大手メーカーが全国各地に工場を設置するのに対し、同社は三島工場および近接した川之江工場に生産を集約していた
    • [61]三島工場は紙・板紙・パルプの生産工場として当時国内で最大の規模を持っていた
    • [62]輸入チップについて海外メーカーと長期契約を結び、アメリカにチップの生産工場を子会社として設立した
    • [64]井川高雄氏は1962年3月に慶應義塾大学文学部英文科を卒業して入社し、1987年6月に取締役社長へ就任した
    • [66]1987年5月31日現在の従業員数は2,926人(男2,555人、女371人)
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [63]1983年6月に名古屋パルプを丸紅より買収した
    • [65]1989年1月に東京支社を東京本社へ昇格させ、二本社制とした
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [54]1982年11月に大阪証券取引所市場第二部へ再上場した
    • [55]1984年9月に大阪証券取引所市場第一部銘柄に指定された
    • [63]1983年6月に名古屋パルプを丸紅より買収した
    • [65]1989年1月に東京支社を東京本社へ昇格させ、二本社制とした
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
    • [56]1988年2月17日に東京証券取引所市場第一部へ再上場した
    • [57]再上場時に5,000千株を公募し、発行済株式総数は81,549,628株となった
    • [58]1987年3月期の売上高207,899百万円、経常利益12,429百万円
    • [59]円高・原油安により輸入木材チップ、重油価格等が大幅に値下がりしたことが利益率上昇の要因
    • [60]他の大手メーカーが全国各地に工場を設置するのに対し、同社は三島工場および近接した川之江工場に生産を集約していた
    • [61]三島工場は紙・板紙・パルプの生産工場として当時国内で最大の規模を持っていた
    • [62]輸入チップについて海外メーカーと長期契約を結び、アメリカにチップの生産工場を子会社として設立した
    • [64]井川高雄氏は1962年3月に慶應義塾大学文学部英文科を卒業して入社し、1987年6月に取締役社長へ就任した
    • [66]1987年5月31日現在の従業員数は2,926人(男2,555人、女371人)

原料の海外調達と有利子負債の削減

原料と生産の拠点は、国外と国内の双方へ広がった。1989年6月[67]、同社はチリのオソルノ市にフォレスタル・アンチレLTDAを設立し、この会社からパルプ材を輸入する経路をつくった。持株比率は90.0%である。設備の増設も続き、1989年4月に新8号コート原紙抄紙機、1990年3月に新6号新聞用紙抄紙機を据えた[69]。1996年4月には福島県いわき市にいわき大王製紙を設立[70]し、三島・川之江の2工場に集めていた生産を東日本にも置いた[71]。原料をどこから運び、どこで抄くのかという製紙業の基本条件を、この時期に組み替えている。 [68]

  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [67]1989年6月にフォレスタル・アンチレLTDAを設立した
    • [69]1989年4月に新8号コート原紙抄紙機、1990年3月に新6号新聞用紙抄紙機を増設した
    • [70]1996年4月にいわき大王製紙を設立した
  • 大王製紙 有価証券報告書(2006年3月期)
    • [68]フォレスタル・アンチレLTDAはチリ国オソルノ市に所在し、同社よりパルプ材を輸入している。持株比率は90.0%
    • [71]いわき大王製紙は福島県いわき市に所在し紙パルプ製品事業を営む連結子会社

2000年代前半の経営は、規模の拡大よりも財務の立て直しへ向かった。売上高は2002年3月期の3,715億2,900万円から2006年3月期の4,022億7,300万円へ伸びた[72]が、同じ5期で総資産は6,792億3,500万円から6,461億5,100万円へ減っている[73]。財務活動によるキャッシュ・フローは5期とも流出で、2003年3月期には365億6,300万円が出た[74]。自己資本比率は8.5%から17.6%へ上がり[75]、従業員数は8,052人から7,831人へ減った[76]。有利子負債の削減による財務体質の強化[77]を、この期間の方針として掲げている。

  • 大王製紙 有価証券報告書(2006年3月期)
    • [72]連結売上高は第91期(2002年3月期)371,529百万円、第95期(2006年3月期)402,273百万円
    • [73]総資産額は2002年3月期679,235百万円から2006年3月期646,151百万円へ減少した
    • [74]財務活動によるキャッシュ・フローは5期とも支出超過で、2003年3月期は△36,563百万円
    • [75]自己資本比率は2002年3月期8.5%から2006年3月期17.6%へ上昇した
    • [76]従業員数は2002年3月期8,052人から2006年3月期7,831人へ減少した
    • [77]有利子負債の削減などの財務体質の強化に努めたと記載されている

2000年代半ばの同社は、紙パルプ製品を主力としながら加工品を伸ばす形にあった。2006年3月期の売上高は4,022億7,300万円、営業利益は301億2,300万円[78]で、うち紙パルプ製品事業が3,206億5,100万円[79]を占める。衛生用紙は市況の軟化で販売価格が下落した[80]ため、「エリエール」ブランドの価値向上を最優先に掲げ[81]、ティシューとトイレットの紙質を改良し、鼻かみ用の「エリエールウィルスブロック」[82]など高付加価値品を新たに売り出した。価格競争から逃れる先を、商品そのものの差に求めている。

  • 大王製紙 有価証券報告書(2006年3月期)
    • [78]2006年3月期の売上高は402,273百万円、営業利益は30,123百万円
    • [79]紙パルプ製品事業の売上高は320,651百万円
    • [80]衛生用紙は市況の軟化が続き販売価格が大きく下落した
    • [81]「エリエール」ブランドの価値向上を最優先に取り組み、ティシュー・トイレットの紙質改良とデザイン刷新を行った
    • [82]インフルエンザや風邪の鼻かみに最適なティシューとして「エリエールウィルスブロック」を新発売した
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [67]1989年6月にフォレスタル・アンチレLTDAを設立した
    • [69]1989年4月に新8号コート原紙抄紙機、1990年3月に新6号新聞用紙抄紙機を増設した
    • [70]1996年4月にいわき大王製紙を設立した
  • 大王製紙 有価証券報告書(2006年3月期)
    • [68]フォレスタル・アンチレLTDAはチリ国オソルノ市に所在し、同社よりパルプ材を輸入している。持株比率は90.0%
    • [71]いわき大王製紙は福島県いわき市に所在し紙パルプ製品事業を営む連結子会社
    • [72]連結売上高は第91期(2002年3月期)371,529百万円、第95期(2006年3月期)402,273百万円
    • [73]総資産額は2002年3月期679,235百万円から2006年3月期646,151百万円へ減少した
    • [74]財務活動によるキャッシュ・フローは5期とも支出超過で、2003年3月期は△36,563百万円
    • [75]自己資本比率は2002年3月期8.5%から2006年3月期17.6%へ上昇した
    • [76]従業員数は2002年3月期8,052人から2006年3月期7,831人へ減少した
    • [77]有利子負債の削減などの財務体質の強化に努めたと記載されている
    • [78]2006年3月期の売上高は402,273百万円、営業利益は30,123百万円
    • [79]紙パルプ製品事業の売上高は320,651百万円
    • [80]衛生用紙は市況の軟化が続き販売価格が大きく下落した
    • [81]「エリエール」ブランドの価値向上を最優先に取り組み、ティシュー・トイレットの紙質改良とデザイン刷新を行った
    • [82]インフルエンザや風邪の鼻かみに最適なティシューとして「エリエールウィルスブロック」を新発売した

2007年〜 創業家支配の終わりと北越紀州製紙の資本参加(2007〜2025)

大王製紙の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2007年 名古屋パルプを吸収合併し可児工場へ改組
  2. 2007年 米P&Gから大人用紙おむつ「アテント」事業を譲受
  3. 2012年 連結子会社を37社から8社に変更
  4. 2017年 日清紡ホールディングスから日清紡ペーパープロダクツの全株式を取得
  5. 2020年 トルコの衛生用品メーカー、ウゼンの全株式を取得
  6. 2020年 ブラジルの衛生用品メーカー、サンテルの株式51%を取得
  7. 2022年 ペット用品製造の大貴の全株式を取得

加工品分野への傾斜とアテント事業の譲受

2007年は事業の構成が動いた年にあたる。4月に名古屋パルプを吸収合併して可児工場とし[83]、5月に大阪証券取引所の上場を廃止[84]した。9月には米国のプロクター・アンド・ギャンブル社が日本で展開していた大人用紙おむつ「アテント」事業を譲り受けている。譲受の対象は商標権と生産設備[86]で、既存の大人用紙おむつと合わせて市場シェア2位となることを目的に掲げた[87]。同月には新10号塗工紙抄紙機も増設[88]しており、紙と加工品の両方へ同時に投資した年になった。 [85]

  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [83]2007年4月に名古屋パルプを吸収合併し可児工場とした
    • [88]2007年9月に新10号塗工紙抄紙機を増設した
  • 大王製紙 有価証券報告書(2008年3月期)
    • [84]2007年5月に大阪証券取引所の上場を廃止した
    • [85]2007年6月14日に譲受契約を締結し、同年9月1日に米国P&G社の大人用紙おむつ「アテント」事業を譲り受けた
    • [86]譲受内容は「アテント」事業に関連する商標権及び生産設備など
    • [87]既存の大人用紙おむつと合わせて市場シェア2位となり加工品分野の競争力を高めることを譲受目的とした

譲受の効果は翌期の販売に表れた。2008年3月期、大人用紙おむつは新商品とリニューアル品の投入により販売数量・金額とも前期を上回り、新規顧客の獲得と配荷の拡大が進んだ[89]。ベビー用紙おむつでは「GOO.N(グ〜ン)」の5周年を記念した企画商品[90]を投入し、生理用ナプキンでは「新・素肌感」「ウルトラガード」の品質を高めたリニューアル品[91]に加え、肌触りにこだわった新ブランド「Megami(メガミ)」[92]を新たに配荷した。原紙を抄く会社が、消費者向けの商品を毎年入れ替える会社にもなった。

  • 大王製紙 有価証券報告書(2008年3月期)
    • [89]2008年3月期、大人用紙おむつはアテント事業の取得に伴い新商品・リニューアル品を投入し、新規顧客の獲得と配荷拡大を進めた結果、販売数量・金額ともに前期を上回った
    • [90]ベビー用紙おむつ「GOO.N(グ〜ン)」の5周年を記念した企画商品を投入した
    • [91]生理用ナプキンは「新・素肌感」「ウルトラガード」の品質を向上させたリニューアル品を投入した
    • [92]肌触りにこだわったエリス新ブランド「Megami(メガミ)」の新規配荷を行った
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [83]2007年4月に名古屋パルプを吸収合併し可児工場とした
    • [88]2007年9月に新10号塗工紙抄紙機を増設した
  • 大王製紙 有価証券報告書(2008年3月期)
    • [84]2007年5月に大阪証券取引所の上場を廃止した
    • [85]2007年6月14日に譲受契約を締結し、同年9月1日に米国P&G社の大人用紙おむつ「アテント」事業を譲り受けた
    • [86]譲受内容は「アテント」事業に関連する商標権及び生産設備など
    • [87]既存の大人用紙おむつと合わせて市場シェア2位となり加工品分野の競争力を高めることを譲受目的とした
    • [89]2008年3月期、大人用紙おむつはアテント事業の取得に伴い新商品・リニューアル品を投入し、新規顧客の獲得と配荷拡大を進めた結果、販売数量・金額ともに前期を上回った
    • [90]ベビー用紙おむつ「GOO.N(グ〜ン)」の5周年を記念した企画商品を投入した
    • [91]生理用ナプキンは「新・素肌感」「ウルトラガード」の品質を向上させたリニューアル品を投入した
    • [92]肌触りにこだわったエリス新ブランド「Megami(メガミ)」の新規配荷を行った

元会長への貸付金問題と連結範囲の激変

2011年度の第2四半期、同社の代表取締役会長(当時)への貸付金問題が判明[93]した。貸付を行っていたのは連結子会社7社[94]である。2012年3月期末の貸付金残高は53億3,700万円で、うち元会長に対するものが49億7,700万円、エリエール商工に対するものが3億6,000万円を占め、これに対する貸倒引当金は37億2,000万円[95]だった。同社は社外の専門家を含む企業統治改革委員会を設置し、東京証券取引所へ改善報告書を提出[96]している。過年度の有価証券報告書と四半期報告書の訂正[97]も同時に必要になった。

  • 大王製紙 有価証券報告書(2012年3月期)
    • [93]2012年3月期の第2四半期連結会計期間において当社代表取締役会長(当時)への貸付金問題が判明した
    • [94]元会長に貸付を行っていた連結子会社は7社
    • [95]当連結会計年度末における7社の貸付金残高は5,337百万円、うち元会長分4,977百万円、エリエール商工分360百万円、貸倒引当金は3,720百万円
    • [96]社外の専門家も含めた企業統治改革委員会を設置し、東京証券取引所に改善報告書を提出した
    • [97]過年度の有価証券報告書及び四半期報告書を金融商品取引法に基づいて訂正する事態が発生した

問題は連結の範囲そのものを変えた。第3四半期に、元会長・元顧問とその親族の一部、およびこれらの者が株式を保有する会社が、財務諸表等規則の定める「緊密な者」および「同意している者」の要件を満たさなくなった[98]。これにより従来37社あった連結子会社は8社となり、23社が持分法適用関連会社へ、5社が連結の範囲から外れた[99]。持株を通じて創業家が押さえていた会社群が、決算の外へ出たことになる。2012年3月期の売上高は4,089億8,500万円で前期比0.3%減[100]にとどまったものの、連結範囲の変更が響いて営業利益は104億8,300万円と21.6%減り、当期純損失53億2,100万円[101]を計上した。

  • 大王製紙 有価証券報告書(2012年3月期)
    • [98]元会長・元顧問及びその親族の一部、並びにこれらの者が株式を保有する会社(創業家一族)が財務諸表等規則の「緊密な者」「同意している者」の要件を満たさなくなった
    • [99]従来の連結子会社37社は連結子会社8社、持分法適用関連会社23社となり、5社が連結の範囲から外れた
    • [100]2012年3月期の売上高は408,985百万円(前年同期比0.3%減)
    • [101]営業利益は10,483百万円(前年同期比21.6%減)、当期純損失は5,321百万円

再発防止策は8項目[102]にわたった。貸倒引当金の計上に係る決算手続の改善と関連当事者との取引の見直し、連結子会社から親会社への業務報告の徹底、モニタリングの改善、連結子会社の株主構成の再編、社外取締役の招聘による取締役間の相互監視機能の強化、内部通報制度の報告経路の改善[103]などである。創業家の関連会社については、原則として資本関係を解消し役員派遣も中止して非関連会社とする方針[104]を決め、順次実行した。役員人事も動き、2011年6月に佐光正義氏が代表取締役社長へ就いている[105]

  • 大王製紙 有価証券報告書(2012年3月期)
    • [102]元会長に対する貸付けに関する再発防止策は8項目にわたる
    • [103]再発防止策には貸倒引当金計上に係る決算手続の改善及び関連当事者との取引の見直し、連結子会社から当社に対する業務報告の徹底、モニタリングの改善、連結子会社の株主構成の再編、社外取締役の招聘、内部通報制度の報告経路の改善が含まれる
    • [105]佐光正義氏は2011年6月に代表取締役社長へ就任した
  • 大王製紙 有価証券報告書(2013年3月期)
    • [104]創業家関連会社については原則として資本関係を解消し役員派遣も中止して非関連会社化する方針を決定し順次実行した
  • 大王製紙 有価証券報告書(2012年3月期)
    • [93]2012年3月期の第2四半期連結会計期間において当社代表取締役会長(当時)への貸付金問題が判明した
    • [94]元会長に貸付を行っていた連結子会社は7社
    • [95]当連結会計年度末における7社の貸付金残高は5,337百万円、うち元会長分4,977百万円、エリエール商工分360百万円、貸倒引当金は3,720百万円
    • [96]社外の専門家も含めた企業統治改革委員会を設置し、東京証券取引所に改善報告書を提出した
    • [97]過年度の有価証券報告書及び四半期報告書を金融商品取引法に基づいて訂正する事態が発生した
    • [98]元会長・元顧問及びその親族の一部、並びにこれらの者が株式を保有する会社(創業家一族)が財務諸表等規則の「緊密な者」「同意している者」の要件を満たさなくなった
    • [99]従来の連結子会社37社は連結子会社8社、持分法適用関連会社23社となり、5社が連結の範囲から外れた
    • [100]2012年3月期の売上高は408,985百万円(前年同期比0.3%減)
    • [101]営業利益は10,483百万円(前年同期比21.6%減)、当期純損失は5,321百万円
    • [102]元会長に対する貸付けに関する再発防止策は8項目にわたる
    • [103]再発防止策には貸倒引当金計上に係る決算手続の改善及び関連当事者との取引の見直し、連結子会社から当社に対する業務報告の徹底、モニタリングの改善、連結子会社の株主構成の再編、社外取締役の招聘、内部通報制度の報告経路の改善が含まれる
    • [105]佐光正義氏は2011年6月に代表取締役社長へ就任した
  • 大王製紙 有価証券報告書(2013年3月期)
    • [104]創業家関連会社については原則として資本関係を解消し役員派遣も中止して非関連会社化する方針を決定し順次実行した

北越紀州製紙の資本参加と海外への展開

創業家に代わって株主として現れたのが北越紀州製紙である。同社は2012年6月26日の取締役会決議に基づき、同年8月15日付で北越紀州製紙から関係会社等の株式を取得[106]した。北越紀州製紙は2013年3月期末に持株比率19.59%の主要株主[107]となり、2016年3月期には21.23%を保有する筆頭株主[108]となっている。2013年2月には北越紀州製紙から、関連会社による同社株式の買付けなど3点について特別調査委員会の設置を求める要請が公表[109]された。大王製紙は自らの調査で問題がないと判断していたが、企業価値の毀損を避けるため2つの外部委員会による検証を実施し、株式の買付けに違法性がないことが確認[110]された。

  • 大王製紙 有価証券報告書(2013年3月期)
    • [106]2012年6月26日開催の取締役会決議に基づき、2012年8月15日付で北越紀州製紙から関係会社等株式を取得した
    • [107]北越紀州製紙は前事業年度末に主要株主でなかったが、2013年3月期末に25,280千株・19.59%を保有する主要株主となった
    • [109]2013年2月に北越紀州製紙から、川崎紙運輸による北越紀州製紙株式の買付けなど3点について特別調査委員会による調査等を要請する旨が公表された
    • [110]二つの外部委員会による検証の結果、川崎紙運輸による北越紀州製紙株式の買付けに何ら違法性がないことが客観的に確認された
  • 大王製紙 有価証券報告書(2016年3月期)
    • [108]2016年3月期の大株主第1位は北越紀州製紙で持株比率21.23%

統治の立て直しを終えた同社は、買収によって事業の幅を広げた。2017年4月に日清紡ホールディングスから日清紡ペーパープロダクツの全株式を取得し、同月に三浦印刷を取得[111]した。2020年5月にトルコの衛生用品メーカーであるウゼン、翌6月にブラジルのサンテルの株式51%を取得[112]し、2022年10月にはペット用品を製造する大貴を子会社にしている[113]。業績は原燃料価格の変動に振られ、2023年3月期は売上高6,462億円に対し営業損失214億円・当期純損失347億円[114]を計上した。翌2024年3月期は営業利益144億円[115]へ戻したが、2025年3月期は売上高6,689億円・営業利益98億円で当期純損失112億円[116]となった。

  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [111]2017年4月に日清紡ホールディングスから日清紡ペーパープロダクツの全株式を取得し、同月に三浦印刷を取得した
    • [112]2020年5月にトルコの衛生用品メーカーであるウゼンの全株式、同年6月にブラジルのサンテルの発行済株式総数の51%を取得した
    • [113]2022年10月にペット用品製造業者である大貴の全株式を取得した
  • 大王製紙 有価証券報告書(2023年3月期)
    • [114]2023年3月期の売上高6,462億円、営業損失214億円、親会社株主に帰属する当期純損失347億円
  • 大王製紙 有価証券報告書(2024年3月期)
    • [115]2024年3月期の営業利益は144億円
  • 大王製紙 有価証券報告書(2025年3月期)
    • [116]2025年3月期の売上高6,689億円、営業利益98億円、親会社株主に帰属する当期純損失112億円
  • 大王製紙 有価証券報告書(2013年3月期)
    • [106]2012年6月26日開催の取締役会決議に基づき、2012年8月15日付で北越紀州製紙から関係会社等株式を取得した
    • [107]北越紀州製紙は前事業年度末に主要株主でなかったが、2013年3月期末に25,280千株・19.59%を保有する主要株主となった
    • [109]2013年2月に北越紀州製紙から、川崎紙運輸による北越紀州製紙株式の買付けなど3点について特別調査委員会による調査等を要請する旨が公表された
    • [110]二つの外部委員会による検証の結果、川崎紙運輸による北越紀州製紙株式の買付けに何ら違法性がないことが客観的に確認された
  • 大王製紙 有価証券報告書(2016年3月期)
    • [108]2016年3月期の大株主第1位は北越紀州製紙で持株比率21.23%
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
    • [111]2017年4月に日清紡ホールディングスから日清紡ペーパープロダクツの全株式を取得し、同月に三浦印刷を取得した
    • [112]2020年5月にトルコの衛生用品メーカーであるウゼンの全株式、同年6月にブラジルのサンテルの発行済株式総数の51%を取得した
    • [113]2022年10月にペット用品製造業者である大貴の全株式を取得した
  • 大王製紙 有価証券報告書(2023年3月期)
    • [114]2023年3月期の売上高6,462億円、営業損失214億円、親会社株主に帰属する当期純損失347億円
  • 大王製紙 有価証券報告書(2024年3月期)
    • [115]2024年3月期の営業利益は144億円
  • 大王製紙 有価証券報告書(2025年3月期)
    • [116]2025年3月期の売上高6,689億円、営業利益98億円、親会社株主に帰属する当期純損失112億円

大王製紙の沿革1943〜2023年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
愛媛県伊予三島で大王製紙を設立★★★
生産設備を三島工場に集約★★
銅山川製紙から設備を買収し川之江工場を開設★★
大阪証券取引所に上場
東京証券取引所に上場
大阪・東京両証券取引所の市場第一部に上場
会社更生手続開始の申立(同年6月開始決定)★★★
名古屋出張所の開設
大阪・東京両証券取引所で上場廃止★★
日本証券業協会大阪地区協会の店頭登録銘柄に指定
更生計画の認可★★
会社更生手続の終結★★
福岡出張所の開設
新1・2号ライナー抄紙機と新3号新聞用紙抄紙機を増設
新4号新聞用紙抄紙機の増設
東京紙パルプ交易の設立
日本証券業協会大阪地区協会の店頭登録銘柄に再指定
ティシューペーパー「エリエール」で家庭紙市場へ参入★★★
大阪証券取引所市場第二部に再上場
丸紅から名古屋パルプを買収★★
大阪証券取引所市場第一部銘柄に指定
新5号新聞用紙抄紙機の増設
燃料転換のための大型石炭燃焼設備が完成
東京証券取引所市場第一部に再上場
新7号新聞用紙抄紙機の増設
東京支社を東京本社に昇格させ二本社制へ移行★★
新8号コート原紙抄紙機の増設
フォレスタル・アンチレの設立
新6号新聞用紙抄紙機の増設
いわき大王製紙の設立
井川意高名古屋パルプを吸収合併し可児工場へ改組★★
井川意高米P&Gから大人用紙おむつ「アテント」事業を譲受★★
井川意高新10号塗工紙抄紙機の増設
佐光正義エリエール・インターナショナル・タイランドの設立
佐光正義連結子会社を37社から8社に変更★★
佐光正義エリエール・インターナショナル・コリアの設立
佐光正義連結子会社を8社から19社に変更
佐光正義連結子会社を19社から43社に変更
佐光正義大王(南通)生活用品の設立
佐光正義エリエール・インターナショナル・トレーディング・インドネシアの設立
佐光正義同一事業の子会社間合併で連結子会社を35社に集約
佐光正義エリエール・インターナショナル・マニュファクチャリング・インドネシアの設立
佐光正義段ボール事業の子会社間合併で連結子会社を29社に集約
佐光正義東京本社と関連部門を千代田区富士見に移転・集約
佐光正義日清紡ホールディングスから日清紡ペーパープロダクツの全株式を取得★★
佐光正義三浦印刷の取得
佐光正義川之江工場で衛生用紙の新マシンが稼働
若林賴房千明社を設立しSMSから印刷事業等を譲受
若林賴房トルコの衛生用品メーカー、ウゼンの全株式を取得★★
若林賴房ブラジルの衛生用品メーカー、サンテルの株式51%を取得★★
若林賴房三島工場でペーパータオル専抄マシンが稼働
若林賴房川之江工場で2台目の衛生用紙マシンが稼働
若林賴房子会社5社の合併によりダイオーミウラを設立
若林賴房東京証券取引所プライム市場へ移行
若林賴房ペット用品製造の大貴の全株式を取得★★
若林賴房エリエール・インターナショナル・ベトナムの設立
出典・参考
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1988年40巻4号・第469号)
  • 新規上場会社紹介 大王製紙株式会社(証券 1957年8号・第99号)
  • 大王製紙(会社銀行八十年史、1955年、2篇 日本会社史)
  • 大王製紙 有価証券報告書【沿革】
  • 紙・パルプ-急追する新進企業(日本産業史 第2巻、日本経済新聞社)
  • 大王製紙 有価証券報告書(2006年3月期)
  • 大王製紙 有価証券報告書(2008年3月期)
  • 大王製紙 有価証券報告書(2012年3月期)
  • 大王製紙 有価証券報告書(2013年3月期)
  • 大王製紙 有価証券報告書(2016年3月期)
  • 大王製紙 有価証券報告書(2023年3月期)
  • 大王製紙 有価証券報告書(2024年3月期)
  • 大王製紙 有価証券報告書(2025年3月期)

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