セッツの歴史

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沿革

1947年に増田義雄氏が兵庫県尼崎市杭瀬で設立した摂津板紙が起源。

1960年に原料パルプから段ボールケースまでの一貫体制を整え、故紙を主原料とする板紙で事業を拡大した。系列に属さず下級板紙で首位を取った板紙メーカーだったが、1999年にレンゴーへ吸収合併された。

1947年 1951年 1986年 1999年 摂津板紙 1947年設立 摂津紙業 1951年吸収合併 相互紙器 1951年吸収合併 摂津板紙 1951年2社を合併 セッツ 1986年商号変更 セッツ 1999年レンゴーへ合併 セッツカートン 1999年段ボール部門分社
  1. 摂津板紙を設立[9]
  2. 段ボール中芯原紙の抄造を開始[9]
  3. 黄板紙の抄造を開始[9]
  4. 第3号抄紙機でルーフイング原紙の抄造を開始[9]
  5. 摂津紙業と相互紙器を吸収合併[9]
  6. 第4号抄紙機を新設して中芯原紙を増産[9]
  7. チップボールの抄造を開始[9]
  8. 第6号抄紙機を新設して黄中芯原紙を増産[9]
第1章美作製紙杭瀬工場を譲り受けた資本金500万円の出発
売上高
  • 売上高
セッツ1958年3月期売上高12.8億円
  1. ケミグランドパルプの生産を開始[9]
  2. 第7号抄紙機を新設してパルプ中芯原紙の抄造を開始[9]
  3. コルゲートマシンの新設で段ボール事業に参入[9]
  4. 段ボールライナーの抄造を開始[9]
  5. 原料パルプから包装ケースまでの一貫体制を確立[9]
  6. 株式を東京店頭に公開[14]
  7. 既存生産設備の拡充・合理化工事に着手[9]
  8. 段ボール工場の新設などの第二期工事に着手[14]
  9. 大阪証券取引所第2部に上場[9]上場
  10. 東京工場の建設に着手[10]
  11. 伊丹工場の建設に着手[9]
  12. 大阪証券取引所第1部に指定替え[9]
  13. 伊丹工場が完成[9]
第2章原料パルプからパッキングケースまでの一貫体制
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
セッツ1975年3月期売上高312.7億円売上高当期純利益率4.3%
就任年社長氏名役職名
1962年増田義雄代表取締役社長
  1. セッツに商号変更[16]商号変更
  2. レンゴーとの合併契約書に調印[16]
  3. 段ボール部門をセッツカートンとして分社[17]
  4. 株式が上場廃止[16]上場廃止
  5. レンゴーに吸収合併され社名消滅[16]
第3章不況のどん底で決めた80億円の尼崎工場合理化
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
セッツ1985年3月期売上高632.4億円売上高経常利益率12.0%
就任年社長氏名役職名
1962年増田義雄代表取締役社長
1980年増田芳久代表取締役社長
出典・参考 17件
出典・参考
  • [1]株式会社年鑑 1962年版「摂津板紙」
  • [2]会社年鑑(1963年版)
  • [3]会社年鑑(1967年版)
  • [4]企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)「摂津板紙」
  • [5]会社年鑑(1971年版)
  • [6]会社年鑑(1976年版)
  • [7]会社年鑑(1986年版)
  • [8]ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版「摂津板紙」
  • [9]ダイヤモンド会社産業総覧版「摂津板紙」(1964年)
  • [10]ダイヤモンド会社産業総覧 1964年版
  • [11]証券アナリストジャーナル 1980年8月号(増田芳久・講演要旨)
  • [12]野田経済 1960年8月8日号
  • [13]野田経済 1961年10月9日号
  • [14]野田経済「摂津板紙〈巧みな経営急テンポの成長〉」(1961年10月9日)
  • [15]野田経済 1963年3月18日号
  • [16]レンゴー沿革
  • [17]セッツカートン会社概要

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