決断
赤字は、事業ではなく資産の売却で埋めてきた。1971年度には約100億円の資産売却益を計上したが本業の採算は戻らず、1975年3月期に経常赤字187億円を出すと、名古屋・犬山・桐生の3工場を閉鎖する減量経営へ転じた。以後も1977年にビニロンとレーヨンを分離し、2010年に保険、2011年に環境プラント、2015年にメディカルと金属繊維を譲渡して、縮小と売却を50年繰り返した。2026年3月期に182億円の当期純利益を計上できたのも、固定資産売却益237億円が押し上げた結果である。
2024年11月 REVIC支援下の繊維撤退
REVIC支援下の繊維撤退1969年の合併以来続いた繊維事業の慢性的な赤字体質が2014年の金融支援でも解消されず、2024年3月期に上場来初の営業赤字へ転落したことを受け、祖業からの全面撤退と870億円規模の金融支援要請、経営陣の総退陣に踏み切った経営判断同じ経営論点に直面した企業 | 事業売却・撤退業績の推移2023 2024 2026 売上高(億円) 1,179 1,183 1,186 営業利益率(%) 1.1 -2.1 8.9 1975年 名古屋・犬山・桐生工場閉鎖
名古屋・犬山・桐生工場閉鎖繊維の構造的な設備過剰と急激な需要減という外部環境の悪化に対し、拠点・設備・人員を削る減量経営で対応し、巨額の経常赤字は土地・有価証券の売却益で穴埋めした経営判断同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1974 1975 1980 売上高(億円) 2,617 2,338 1,962 純利益率(%) 2.8 0.3 0.3 1969年10月 ニチボーとの合併で発足
業績の推移1968 1969 1974 売上高(億円) 751 753 2,617 純利益率(%) 1.6 1.3 2.8