筆者の見解
リスク遮断の代償として現れた統合コスト
この経営判断の核心は、43年間別法人として運営されてきた親会社と子会社を、対等合併という枠組みのもとに一つの経営体へ組み替えた点にある。1926年の日本レイヨン設立は、化学繊維という不確実性の高い事業のリスクを本体の綿紡績事業から遮断する、当時としては合理的な選択だった。しかし分離の期間が43年に及んだことで、綿紡と化繊はそれぞれ独自の事業慣行と管理手法を育て、1969年の再統合はその差異を解消するどころか、社内に持ち込む結果を招いたのだろう。
対等合併は希望退職を伴わない雇用維持を前提としたとみられ、2万2,000名という従業員数をそのまま抱えて発足したことが、1人あたり生産性で東レ・帝人に見劣りする出発点をつくった一因であったといえる。この特徴は、55年後の2024年に祖業の繊維事業から撤退した際にも、雇用への配慮が経営判断の前提として語られたことと重なる。規模を確保することと、その規模を一つの経営体として機能させることは別の課題であり、ユニチカの合併は、その距離を埋めるのに長い歳月を要した事例として記憶されてよい。
Yutaka Sugiura, 2026年7月