筆者の見解
半世紀の延命の果てに
1975年の3工場閉鎖も、2014年の375億円の金融支援も、赤字幅を圧縮する対症療法にとどまり、繊維事業への依存構造は残り続けた。2024年3月期の上場来初の営業赤字は、その反復がついに限界に達したことを映す数字であったと推察される。祖業を丸ごと手放すという選択には、延命ではなく再生を選ぶという、これまでとは異なる判断の重さがうかがえる。
もっとも、この決断が示すのは、事業の再生と会社の来歴が必ずしも同じ主体によって完結するとは限らないという現実でもある。祖業からの撤退と経営陣の総退陣は、上埜修司氏の手で決められたが、その後の再建は藤井実氏という後任と、REVICという外部資本、そしてセーレンの川田達男会長という買い手の手に委ねられた。135年続いた繊維事業の記憶は、ユニチカという会社籍を離れてなお、買い手のもとで問われ続けているといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月