トクヤマの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

ある工程の廃棄物を、次の事業の原料へ転じてきた会社である。1935年ごろ、ソーダの増産でマッドと石炭灰が1日約2,000トンに達する見込みとなり、徳山湾での埋立ても難しくなった。徳山曹達はこれをセメント原料に使う研究を大学へ委託し、1938年3月に1号キルンへ火を入れている。戦後に原料塩が尽きた時期も、同じ設備で作るセメントライクが1949年4月までに7,400万円を売り上げ、ソーダの空白を埋めた。1981年12月には企画部の起案で高純度多結晶シリコンと乾式シリカを2年半で立ち上げている。

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