東工場で多結晶シリコン製造開始(1982年・トクヤマの決断)

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論点構造不況の中で電子材料に何を選ぶか
トクヤマ:業績の推移
売上高(億円)経常利益率(%)
自社の塩素と水素を生かした、半導体ウエーハ原料の国産化への参入

何をなぜ決めたか:自社の塩素と水素を生かした、半導体ウエーハ原料の国産化への参入

概要

1982年11月、徳山曹達は東工場T-7号埋立地で年産200トンの多結晶シリコン製造設備の建設に着工し、1984年7月に完成させた。多結晶シリコンは、スライスして半導体ウエーハにする単結晶シリコンの原料である。この設備は、1982年6月に社長へ就任した尾上康治社長にとって就任後最初の大型案件だった。

多結晶シリコンを選んだ理由は4つある。半導体ウエーハの原料としての将来性、国産の能力が低く価格・数量とも不安定な輸入品に依存していた国内の事情、製造に要る塩素と水素を自社で持つこと、そして電力原単位を引き下げる製造技術を自社で開発したことである。

背景

着工の前、徳山曹達の収益は低い水準にあった。1983年3月期の単体経常利益は22億円にとどまる。1983年5月には産構法が制定され、主な事業の大半が同法の構造改善の対象に入り、余った設備を廃棄して生産を集約する必要に迫られた。

産構法の制定を前に社長へ就任した尾上康治氏は、イオン交換膜製塩法などの技術開発を手がけた理学博士で、技術畑から出た初の社長である。1983年には、創立70周年の1988年2月を目標年次とする経営5カ年計画「P-70作戦」を策定した。経常利益70億円に加え、売上高と経常利益に占める新規事業の割合を30%へ引き上げる目標を掲げている。

内容

国内の半導体生産は1980年ごろから増え始め、1983〜84年に急成長した。欧米では多結晶シリコンの増設が進み、国内でも高純度シリコンの増設計画や、日本鋼管など鉄鋼メーカーの参入の動きがあった。徳山曹達は1983年11月の組織改正でポリシリコン事業部を新設し、事業化の体制を構築した。

1984年7月の第1期工場完成から5か月後の同年12月には2期工事に着工し、1985年8月に年産1,200トン体制とした。能力は6倍となり、一挙に国内最大手の規模に達した。東工場の発電所の能力不足に備え、徳山工場から電気・蒸気・原料を送る多目的連絡海底トンネルも1985年3月に着工し、30億円をかけて1987年3月に完成させた。

含意

増設の直後に需要が冷えた。1985〜86年は4年に1度のシリコンサイクルの減退期に当たり、日米半導体摩擦で対米輸出も減少して、生産は予測を下回った。年産能力を6倍にした時期に半導体不況に入ったため新規事業部門の収益が悪化し、新規事業30%の目標は達成できない見通しとなった。単体経常利益は1986年3月期に38億円へ下がり、1987年3月期に68億円へ戻した。

事業はその後も続いた。2008年3月期には多結晶シリコンを含む特殊品事業が売上高1,012億9千万円、営業利益305億3千万円を計上し、売上高全体の32.9%を占めた。一方、2009年8月にマレーシアで設立した製造会社は太陽電池向けで損益が悪化し、製造設備の減損損失によって2016年3月期に親会社株主に帰属する当期純損失1,005億63百万円を計上した。2025年3月期には半導体向け多結晶シリコンの販売数量が増加し、電子先端材料セグメントの営業利益は9,583百万円となった。

いつ何が起きたか12件
考察:原料が手元にある品目から入る
考察

考察:原料が手元にある品目から入る

なぜ多結晶シリコンだったのか。素材メーカーが電子材料に入るには、自社の技術とつながる品目を選ぶのが近道である。徳山曹達はソーダ電解で塩素と水素を自前で持ち、電力原単位を下げる製法も開発していた。原料と製法が社内にそろう品目なら、販路も実績もない新参でも採算の見通しを立てやすい。国内の需要が不安定な輸入品に依存していたことも、国産の供給者が入る余地を示していた。尾上康治社長が就任後最初の大型案件にこれを選んだのは、構造不況の素材事業から体質を転換する一手として、最も確度の高い品目だったからだろう。

もっとも、半導体の需要には4年に1度の波がある。徳山曹達は第1期工場の完成から5か月で2期工事に着工し、能力を年産1,200トンへ6倍に増やした。国内最大手の規模を一気に獲得した判断は、需要の山で設備を積み増す判断でもあった。実際、増設が終わった直後に半導体不況が重なり、新規事業部門の収益は大きく悪化した。新規事業30%の目標にも届かない見通しとなった。量で先行する戦略は、市況の谷で固定費を抱える弱みを同時に持っていたと思われる。

結論から言えば、1982年の参入は成功だった。いったん収益を悪化させた事業から徳山曹達は撤退せず、2008年3月期には多結晶シリコンを含む特殊品事業が営業利益305億3千万円を計上する主力事業に育った。2025年3月期にも半導体向けの販売数量が増加し、電子先端材料セグメントは営業利益9,583百万円を計上している。ただし、2009年に設立したマレーシアの製造会社は太陽電池向けで損益が悪化し、2016年3月期の純損失1,005億63百万円につながった。半導体向けで始めた参入は成功し、太陽電池向けに規模を追った海外の量産は失敗したといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

トクヤマ:単体の売上高と経常利益の推移

売上高(億円)経常利益率(%)
トクヤマ:単体の売上高と経常利益の推移
(億円)売上高経常利益備考
1978年3月期1,16731
1979年3月期1,18847
1980年3月期1,54122
1981年3月期1,63113
1982年3月期1,70820
1983年3月期1,639221982年11月に年産200トンの設備に着工した期
1984年3月期1,64536
1985年3月期1,721491984年7月に第1期工場が完成し製造を開始
1986年3月期−38年産1,200トンへ増設した直後に半導体不況。売上高は手元に無い
1987年3月期−68経常利益は社史の値。売上高は手元に無い
出所:徳山曹達 会社年鑑(単独業績) / 徳山曹達『徳山曹達70年史 道標はるかに』(1988年)第4編第3章第7節「創立70周年を迎えて」表4-15
出所:徳山曹達 会社年鑑(単独業績) / 徳山曹達『徳山曹達70年史 道標はるかに』(1988年)第4編第3章第7節「創立70周年を迎えて」表4-15
参考文献

参考文献

参考
  • 徳山曹達『徳山曹達70年史 道標はるかに』(1988年)第4編第3章第5節「電子材料など新規事業の展開」
  • 徳山曹達『徳山曹達70年史 道標はるかに』(1988年)第4編第3章第2節「経営は福田社長から尾上社長へ」
  • 徳山曹達『徳山曹達70年史 道標はるかに』(1988年)第4編第3章第7節「創立70周年を迎えて」
  • 徳山曹達『徳山曹達70年史 道標はるかに』(1988年)第4編第3章第3節「進展する素材型化学工業の構造改善」
  • トクヤマ 有価証券報告書 第161期(2025年3月期)【沿革】
  • トクヤマ 有価証券報告書 第161期(2025年3月期)【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】
  • トクヤマ 公式サイト「沿革」
  • 徳山曹達 会社年鑑(単独業績)
  • 徳山曹達『徳山曹達70年史 道標はるかに』(1988年)第4編第3章第7節「創立70周年を迎えて」表4-15
  • トクヤマ 企業公式サイト「沿革」
  • トクヤマ 有価証券報告書「第144期(2008年3月期)【業績等の概要】」
  • トクヤマ 有価証券報告書「第152期(2016年3月期)【財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】」
  • トクヤマ 有価証券報告書「第161期(2025年3月期)【沿革】【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】」

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