決断
採算の外にある論理で、海外の設備を引き受け続けた。二度の石油危機で電力多消費のアルミ製錬が成り立たなくなり、住友化学は1976年7月に同事業を分離し、1981年10月に撤退した。その一方で1982年2月には、日本・インドネシア経済協力事業として年産22.5万トンのアサハン・アルミニウムが操業を開始する。1983年1月に愛媛のエチレンを止めて千葉へ集約した翌1984年3月にも、日本・シンガポール経済協力事業の年産30万トンのコンビナートが稼働した。国内で減らし海外で建てる非対称は、2004年5月のサウジ・アラムコとの折半合弁によるラービグへの進出まで続く。2009年4月に動き出したこの製油・石化の一貫拠点が、20年後の赤字の主因になった。
2025年10月 田中化学研究所の完全子会社化
2024年4月 赤字転落後の構造改革
赤字転落後の構造改革石油化学と医薬品の同時不振で創業以来最大の赤字に陥り、資産売却と在庫圧縮でキャッシュを創出しながら、汎用品依存の事業構造を高付加価値へ組み替える危機発の再建同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ減損損失の推移2023 2024 2026 減損損失(億円) 1,094 2,694 346 2004年5月 「ラービグ」への進出
業績の推移2003 2004 2009 売上高(兆円) 1.1 1.2 1.8 純利益率(%) 2.8 3.0 -3.3