住友化学 の歴代社長

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2000年2010年2020年2026年

米倉弘昌退任

2000年社長就任

代表取締役社長

廣瀨博退任

2009年社長就任

2001年取締役2004年執行役員代表取締役社長

十倉雅和退任

2011年社長就任

2003年執行役員2008年取締役代表取締役社長

岩田圭一退任

2019年社長就任

2010年執行役員2018年取締役代表取締役社長

水戸信彰現任

2025年社長就任

2015年執行役員2020年取締役
創業社長の関係
創業

1913年9月、住友総本店が別子銅山の煙害処理として愛媛県新居浜に肥料製造所を設けたのが起点である。梶浦鎌次郎氏が意見書を出した1908年から着手まで5年を要し、1925年6月に株式会社住友肥料製造所として独立、1934年2月に住友化学工業へ改めた。住友家の人間が社長に就いた例はない。

社長登用の傾向
登用

直近20年の社長は5人続けて生え抜きで、外部から招いた例は確認できない。入社から就任まで37年から40年を要し、直前の職はいずれも代表取締役の専務または常務執行役員である。東京大学の法学部・経済学部の出身が目立ち、経営企画室や事業企画系の部長職を通った者が選ばれてきた。

社長任期の傾向
任期

財閥解体を挟んで社名と会社の形を守った土井正治氏の約16年が最長で、石油化学へ広げた長谷川周重氏の12年が続く。以後は8年前後が標準になり、直近3代は8年・6年・2025年6月就任で1年目である。創業以来最悪の赤字を出した2024年3月期を挟んでも、交代の間隔は変わっていない。

いまの体制への含意
含意

創業家も親会社も持たず、社長は社内昇進だけで決まり、退任後は会長へ移る。設備処理の局面で人事畑の森英雄氏が据えられたように、その時期の課題に合う職歴から選ぶ人事が続いてきた。外から異論を差し込む回路が無く、汎用石化から降りる判断が2023年11月まで遅れた一因になったと思われる。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
土井正治(1947年就任)1947〜1963年1947年就任16年退任生え抜き社長
長谷川周重(1965年就任)1965〜1977年1965年就任12年退任生え抜き取締役社長
土方武(1977年就任)1977〜1985年1977年就任8年退任生え抜き取締役社長
米倉弘昌(2000年就任)2000〜2009年2000年就任9年退任生え抜き代表取締役社長決断2004年「ラービグ」への進出
廣瀨博(2009年就任)2009〜2011年2009年就任2年退任生え抜き代表取締役社長
十倉雅和(2011年就任)2011〜2019年2011年就任8年退任生え抜き代表取締役社長
岩田圭一(2019年就任)2019〜2025年2019年就任6年退任生え抜き代表取締役社長決断2024年赤字転落後の構造改革
水戸信彰(2025年就任)2025年〜現任2025年就任2年現任生え抜き代表取締役社長1985年4月に住友化学へ入社し、執行役員に就任したのは30年後の2015年4月だった。2018年4月に常務執行役員、2020年6月に代表取締役・常務執行役員、2021年4月に代表取締役・専務執行役員へ進み、2025年6月に社長へ就任した。代表取締役として5年を過ごしてからの就任で、前任の岩田圭一氏が代表取締役に就任して10か月で社長へ上がったのとは異なる。
歴代社長の在任期間 全8代
1947年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

土井正治退任

1947年社長就任

社長

長谷川周重退任

1965年社長就任

1951年取締役取締役社長

土方武退任

1977年社長就任

1971年取締役取締役社長

米倉弘昌退任

2000年社長就任

1960年入社1991年取締役代表取締役社長

廣瀨博退任

2009年社長就任

1967年入社2001年取締役2004年執行役員

十倉雅和退任

2011年社長就任

1974年入社2003年執行役員2008年取締役代表取締役社長

岩田圭一退任

2019年社長就任

1982年入社2010年執行役員2018年取締役代表取締役社長

水戸信彰現任

2025年社長就任

1985年入社2015年執行役員2020年取締役

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