レゾナックHD の歴代社長

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1996年2000年2010年2020年2026年

大橋光夫退任

1996年社長就任

取締役社長

高橋恭平退任

2005年社長就任

2002年取締役代表取締役社長

市川秀夫退任

2011年社長就任

2006年執行役員2008年取締役代表取締役社長

森川宏平退任

2017年社長就任

2013年執行役員2016年取締役代表取締役社長

髙橋秀仁現任

2022年社長就任

2013年取締役2016年執行役員代表取締役社長・CEO
創業社長の関係
創業

1908年に森矗昶氏が千葉で沃度製造の総房水産を興したのが源流で、1939年に森系2社が合併して昭和電工が生まれた。娘婿の安西正夫氏、共同創業者一族の鈴木治雄氏まで創業家系の社長が続き、1981年の岸本泰延氏で途切れている。

社長登用の傾向
登用

直近20年は高橋恭平氏、市川秀夫氏、森川宏平氏と生え抜きが並び、現職の髙橋秀仁氏だけが例外である。三菱銀行から日本GEなど外資系の事業経営を渡り歩き、2015年に昭和電工へ入って最高戦略責任者を務め、6年で社長に就いた。

社長任期の傾向
任期

10年超の長期政権は安西正夫氏の11年と鈴木治雄氏、村田一氏の各10年までで、以降は5、6年で代わる。直近3代は市川秀夫氏6年、森川宏平氏5年、髙橋秀仁氏が2022年から5年目にあたり、日立化成の統合と社名変更を任期に収めている。

いまの体制への含意
含意

取締役9名のうち社外は4名で半数に届かず、機関設計も監査役会設置会社のままである。指名諮問委員会は社長本人を含む6名の任意機関で、後継者計画を審議しても答申までしか行わない。外から来た社長を外から選び直す仕組みには見えない。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
日野原節三(1946年就任)1946〜1952年1946年就任6年退任取締役社長
永井清次(1952年就任)1952〜1958年1952年就任6年退任取締役社長
安西正夫(1958年就任)1958〜1970年1958年就任12年退任取締役社長
鈴木治雄(1970年就任)1970〜1980年1970年就任10年退任取締役社長
岸本泰延(1980年就任)1980〜1986年1980年就任6年退任取締役社長
村田一(1986年就任)1986〜1996年1986年就任10年退任取締役社長
大橋光夫(1996年就任)1996〜2005年1996年就任9年退任生え抜き取締役社長
高橋恭平(2005年就任)2005〜2011年2005年就任6年退任生え抜き代表取締役社長
市川秀夫(2011年就任)2011〜2017年2011年就任6年退任生え抜き代表取締役社長決断2017年SGL黒鉛電極事業買収
森川宏平(2017年就任)2017〜2022年2017年就任5年退任生え抜き代表取締役社長決断2020年日立化成の買収
髙橋秀仁(2022年就任)2022年〜現任2022年就任5年現任外部出身代表取締役社長・CEO1986年4月に三菱銀行へ入行し、2002年2月に日本GEへ移って事業開発部長を務めた。2004年10月にGEセンシングのアジアパシフィック プレジデント、2008年10月にモメンティブのシリコーン事業社長兼CEO、2013年1月にGKNドライブラインジャパンの代表取締役社長を歴任した。昭和電工へ入社したのは2015年10月で、シニアコーポレートフェローとして迎えられた。入社までの29年を銀行と外資系メーカーで過ごした外部出身者である。決断2023年昭和電工マテリアルズとの統合
歴代社長の在任期間 全11代
1946年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

日野原節三退任

1946年社長就任

取締役社長

永井清次退任

1952年社長就任

取締役社長

安西正夫退任

1958年社長就任

取締役社長

鈴木治雄退任

1970年社長就任

取締役社長

岸本泰延退任

1980年社長就任

取締役社長

村田一退任

1986年社長就任

取締役社長

大橋光夫退任

1996年社長就任

取締役社長

高橋恭平退任

2005年社長就任

1968年入社2002年取締役代表取締役社長

市川秀夫退任

2011年社長就任

1975年入社2006年執行役員2008年取締役代表取締役社長

森川宏平退任

2017年社長就任

1982年入社2013年執行役員2016年取締役代表取締役社長

髙橋秀仁現任

2022年社長就任

1986年入社2013年取締役2016年執行役員代表取締役社長・CEO

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