SGLの黒鉛電極事業買収による世界トップ化「逆張り買収」の断行

斜陽とされた黒鉛電極を市況低迷のさなかに世界規模で買い集める判断は、なぜ過去最高益へ転じたのか

更新:

時期 2016年10月
意思決定者 森川宏平 社長
論点 黒鉛電極の世界シェアと収益安定
概要
2017年10月、昭和電工が市況低迷期のドイツSGL GE Holdingを買収し、旧BOCの北米拠点と合わせて黒鉛電極で世界トップ級のシェアを確保した経営判断である。森川宏平社長の主導によるもので、買収発表当時は黒鉛電極を手がける各社が赤字という中での「逆張り買収」であった。
背景
黒鉛電極は電炉で鉄スクラップを溶かす消耗品で、中国の高炉過剰生産による電炉操業度の低下から斜陽事業とみられ、昭和電工の同事業も2013年から2016年にかけて赤字であった。一方で同社には、圧倒的シェアで収益を安定させるニッチ世界一の経営思想があった。
内容
世界2位の独SGL GE Holdingを取得し、北米・欧州・国内の三極を1社に束ねた。競争法への対応で米国事業は東海カーボンへ譲渡し、ウルトラハイパワー大型電極を量産できる実質3社の寡占構造に加わった。
含意
買収直後に中国の地条鋼禁止で市況が爆騰し、2018年12月期に営業利益1800億円・純利益1115億円という過去最高益を記録した。偶発的に得た多額の現金が2020年の日立化成買収の原資の一つとなり、半導体・電子材料への業態転換を後押しした。
筆者の見解

逆張りは再現できるのか

この決断の含みは、斜陽とされた事業を最悪期に世界規模で押さえた点にある。景気循環が反転するという読みと、圧倒的シェアで市況の振れを吸収するという狙いは、事後に振り返れば筋の通った戦略に見える。ただし2018年の過去最高益をもたらしたのは、中国の地条鋼禁止という外からの政策転換であった。読みの正しさと、想定を超える追い風とが重なった結果であって、逆張りの成否をどこまで経営の手柄と呼べるかは、なお慎重にみる余地があるとみられる。

より本質的な問いは、市況の波しだいで上下する一過性の利益を、いかに恒常的な収益力へ置き換えるかにある。森川社長が「個性派事業」を語り、稼いだ現金を日立化成の買収へ振り向けた選択は、その問いへの一つの答えであった。市況の当たりくじを、半導体・電子材料という長期の柱へ組み替えられるか。黒鉛電極の逆張りが真に果実であったかどうかは、業態転換後のレゾナックが安定して稼げる会社になれるかにかかっているといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

斜陽とされた黒鉛電極

黒鉛電極は、電炉に大電流を流して鉄スクラップを溶かすために使う消耗品である。2010年代前半、高炉を主体とする中国鉄鋼メーカーの過剰生産が世界の電炉の操業度を押し下げ、消耗品である黒鉛電極の需要も細っていた。市況の底が見えないまま、この領域へさらに資本を投じる合理性は、当時ほとんど見いだしにくいものであった。斜陽の重厚長大事業という評価が、黒鉛電極には長くつきまとっていた[1]

昭和電工は1988年にザ・ビー・オー・シー・グループのエアコ・カーボン黒鉛電極事業を買収し、北米に生産の足場を持っていた。国内と北米の二極で事業を営んでいたものの、単独では世界の需給を動かすほどの規模を持てず、黒鉛電極事業は2013年から2016年にかけて赤字が続いた。市況任せの収益構造を、当時の同社はまだ抜け出せずにいた[2][3]

ニッチ世界一という経営思想

昭和電工には、市況に翻弄される総合化学の体質を、ニッチな領域での世界一で補うという発想が根づいていた。2007年、高橋恭平社長は素材・技術・ノウハウの三つを融合させて成功する事業を生むという「成功の法則」を公表している。世界一や唯一と呼べる製品が、2006年12月期には売上高の33%を占めていた。個々の市場は小さくとも圧倒的なシェアを握れば安定して稼げる、という考え方であった[4][5]

2016年6月に社長へ就いた森川宏平のもとでも、この思想は黒鉛電極へと向けられた。森川社長は、収益を安定させるには業界内で圧倒的なシェアを取ることが要ると考えていた。加えて、景気の循環はおおむね5年で一巡するという経験則から、赤字が続く黒鉛電極もそろそろ好転すると読んでいた。市況が最も悪い時期こそ、寡占へ動く好機とみていた[6]

決断

市況低迷期の買収断行

2016年10月、昭和電工はドイツのSGL GE Holdingの黒鉛電極事業を買収すると発表し、2017年10月に取得を完了した。発表の当時は、黒鉛電極を手がける各社が軒並み事業赤字という異常な状態であった。市場からは「なぜ買収するのか」という否定的な評価が多く寄せられたが、森川宏平社長はこれを押し切って断行した。市況が最悪の時期に世界2位を丸ごと取り込む選択は、まさしく逆張りであった[7][8]

買収の狙いは、あくまで収益を安定させる圧倒的シェアの確保にあった。景気循環が底を打てば市況は反転するという読みのもと、最悪期の安値で世界2位を取りにいった判断であった。もっとも、そのままでは競争法上の問題を抱えるため、SGL GEが持つ米国事業は、同業の東海カーボンへ譲渡している。日本・欧州の中核を残し、抵触部分を切り離す形で買収を成立させた[9]

世界トップへの三極集約

この買収で、昭和電工は北米の旧BOC拠点、欧州のSGL、そして国内という三つの拠点を1社に束ねた。黒鉛電極のなかでもウルトラハイパワーと呼ばれる大型品を量産できるのは、実質的に昭和電工と東海カーボン、米GTIの3社しかない。世界寡占の一角へと、買収によって明確に踏み込んだ。設備の新設が難しい製品だけに、この構図は容易には崩れにくい参入障壁になっていた[10]

森川社長は後に、2017年に世界2位のSGLを買収して世界首位になったと振り返っている。決断の主眼は目先の市況ではなく、市況が沈んでも一定の利益を残せる事業構造の側にあった。個々の年の相場に一喜一憂するのではなく、需給を左右できる規模そのものを手に入れる。総合化学の一事業を、価格支配力を持つ寡占事業へ組み替える判断であった[11]

結果

市況爆騰と過去最高益

買収の直後、外部の環境が昭和電工に強く味方した。中国政府が2017年に地条鋼と呼ばれる粗悪な鉄鋼の生産を禁止したため、現地で電炉による生産が急増し、高品質な黒鉛電極の需給が一気に逼迫した。価格は2017年の1トン約3000ドルから、2018年には1万ドルを超える水準まで跳ね上がった。市況は前年比で4倍に達し、赤字だった事業が一転して最大の稼ぎ手へ変わった[12][13]

業績への跳ね返りは大きかった。2018年12月期の連結営業利益は1800億円と、前年の777億円から倍以上に伸び、中期経営計画の目標を上回る過去最高益となった。黒鉛電極を柱とする無機セグメントが、その7割以上を稼いだ。原料のニードルコークスがリチウムイオン電池向けと競合して不足したことも、価格の上昇に拍車をかけた。逆張りで取りにいった寡占が、想定を超える早さで実を結んだ[14][15]

一時的な現金の使い道

もっとも、森川社長は市況の高騰を恒久のものとは見なしていなかった。黒鉛電極が稼いでくれている今のうちに、市況に左右されない他の事業のレベルを上げておく必要があるとして、営業利益が数十億円以上・利益率2桁以上・安定した事業構造という条件を満たす「個性派事業」を育てる方針を掲げた。加藤俊晴CFOも、需給の逼迫は2020年まで続くとみて、稼げる期間には限りがあると見込んでいた[16][17]

稼げるうちに次の柱を仕込むという発想は、まもなく巨大な買収として形をとった。黒鉛電極で積み上げた現金は、2020年4月に約9600億円を投じた日立化成の買収の原資の一つとなった。半導体後工程材料で世界トップ級の会社を丸ごと取り込むこの買収は、旧来の総合化学から半導体・電子材料企業への業態転換を不可逆にした。市況が偶然もたらした利益が、長期の変身を賄う元手へと姿を変えた[18]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2018年6月30日号「昭和電工『逆張り買収』の果実」
  • 週刊東洋経済 2019年4月13日号「トップに直撃 昭和電工 社長 森川宏平」
  • 週刊東洋経済 2007年9月29日号「昭和電工流『成功の法則』」
  • 昭和電工 有価証券報告書【沿革】
  • 昭和電工 有価証券報告書(2017年12月期・連結)
  • 昭和電工 有価証券報告書(2018年12月期・連結)