- 歴代社長は田中稔一・淡輪敏・橋本修と生え抜きが続いており、田中氏は石油化学事業・経営トップ育ち、淡輪氏は人事労制出身・基礎化学品育ち、橋本氏は経営企画・ヘルスケア事業出身と、三井東圧化学時代からの事業経営経験者が就く系譜。
- 社長在任は田中稔一がFY11からFY13、淡輪敏がFY14からFY18、橋本修がFY19から現任と、概ね4〜5年の任期で交代。CEO退任後は淡輪敏のように代表取締役会長として数年残る継承型の体制が定着している。
- 昇進ルートは事業本部長・経営企画部長を経て代表取締役に就く形が目立ち、淡輪敏は基礎化学品事業本部長、橋本修はヘルスケア事業本部長を歴任後に社長へ就任。基盤素材とヘルスケアという主力事業領域の責任者が最有力候補となる傾向にある。
1962〜1962年・1年/外部出身
1963〜1968年・6年/外部出身
1969〜1975年・7年/生え抜き
1976〜1981年・6年/生え抜き
1982〜1983年・2年/生え抜き
1984〜1991年・8年/生え抜き
1992〜1996年・5年/生え抜き
1997〜1997年・1年/生え抜き
1998〜2003年・6年/生え抜き
2004〜2007年・4年/生え抜き
2008〜2012年・5年/生え抜き
2013〜2018年・6年/生え抜き
2019〜2024年・6年/生え抜き
市村聡現任
2025年〜現在・2年/生え抜き
市村聡
いちむら さとし
生え抜き(1992年三井東圧化学入社)。大阪工場で18年を過ごした現場技術者出身で、経営企画部長・CSO を経て社長へ
橋本修
はしもと おさむ
生え抜き(1987年三井石油化学工業入社)。経営企画部長・ヘルスケア事業本部長を経て社長へ
淡輪敏
たんのわ つとむ
生え抜き(1976年三井東圧化学入社)。人事・労制部長から基礎化学品事業本部長を経て社長へ
田中稔一
たなか としかず
生え抜き(1968年東洋高圧工業入社。同社は同年三井化学工業と合併し三井東圧化学となる)。基礎化学品事業を歩み、副社長から社長へ
藤吉建二
ふじよし けんじ
生え抜き(1969年三井石油化学工業入社)。生産技術研究所長・研究開発本部を歩んだ研究畑出身で、S計画準備室長として構造改革を担当した後に社長へ
中西宏幸
なかにし ひろゆき
生え抜き(1966年三井石油化学工業入社)。1997年6月に同社最後の社長となり、同年10月の合併では三井化学副社長・経営企画本部長として合併実務を担ったのち、1999年6月に社長へ昇格した
佐藤彰夫
さとう あきお
生え抜き(1957年三井化学工業入社。同社は1968年に東洋高圧工業と合併し三井東圧化学となる)。三井東圧化学社長として合併交渉に臨み、1997年10月発足の三井化学の初代社長に就いた
幸田重教
こうだ しげのり
中途入社(1950年日産化学工業入社、1962年4月に三井石油化学工業へ転じる)。技術開発部長・取締役・常務・専務・副社長を経て社長となり、三井東圧化学との合併を決めた
竹林省吾
たけばやし しょうご
生え抜き(1943年三井鉱山入社、1956年に三井石油化学工業へ移籍)。取締役から副社長まで昇り、8年にわたり社長を務めた
中野精紀
なかの きよのり
生え抜き(1940年三井鉱山入社、1955年12月に三井石油化学工業へ移籍)。取締役・常務・専務・副社長を経て社長へ
淡輪就直
たんのわ なりただ
生え抜き(1937年三井鉱山入社、1955年7月の三井石油化学工業設立時に移籍)。取締役・常務・副社長を経て社長へ
鳥居保治
とりい やすじ
生え抜き(1932年三井鉱山入社、1941年三井化学工業へ)。技術部長として石油化学進出を支え、社内昇格で初の技術系社長となった
岩永巌
いわなが いわお
外部出身(東洋レーヨン副社長から)。前任の安居喜造に続き、東洋レーヨン経営陣から送り込まれた社長
安居喜造
やすい きぞう
外部出身(三井銀行副頭取から)。1961年に三井石油化学工業社長へ迎えられ、1962年10月の東京・大阪証券取引所市場第二部上場を社長として迎えた