旭化成 の歴代社長

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2003年2010年2020年2026年

蛭田史郎退任

2003年社長就任

代表取締役社長

藤原健嗣退任

2010年社長就任

2009年執行役員代表取締役社長

浅野敏雄退任

2014年社長就任

2003年執行役員2008年取締役代表取締役社長

小堀秀毅退任

2016年社長就任

2008年執行役員取締役社長

工藤幸四郎現任

2022年社長就任

2016年執行役員2021年取締役代表取締役社長
創業社長の関係
創業

1931年に延岡アンモニア絹絲として設立された。創業者は日本窒素肥料を興した野口遵氏で、アンモニア技術から肥料・繊維・火薬を派生させる事業配置を戦前のうちに整えている。創業家という主体はなく、一族から社長は出ていない。1946年の財閥解体を経て旭化成工業として独立した。

社長登用の傾向
登用

直近20年の社長は蛭田史郎氏・藤原健嗣氏・浅野敏雄氏・小堀秀毅氏・工藤幸四郎氏の5人で、全員が新卒入社の生え抜きである。出身は化学・医薬・電子部品・繊維とばらけており、うち3人は分社した事業会社の社長を務めてから本体の社長に就いた。

社長任期の傾向
任期

宮崎輝氏は1961年から24年社長を務め、会長を含めれば1992年に出張先で急逝するまで31年間トップに座り続けた。以後は長期政権が出ていない。退任済みの直近3代は藤原健嗣氏の4年、浅野敏雄氏の2年、小堀秀毅氏の6年である。

いまの体制への含意
含意

社長を外から選ぶ主体が不在の会社であるように見える。指名諮問委員会は2015年度に置いた任意機関で、社外取締役が過半を占めるものの、責務は検討への参画と助言にとどまる。取締役8名のうち社外は4名でちょうど半数である。後継は事業会社を率いた社内人材から出ている。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
片岡武修(1949年就任)1949〜1961年1949年就任13年退任生え抜き取締役社長決断1961年赤字部門を抱えての多角化
宮崎輝(1961年就任)1961〜1985年1961年就任24年退任生え抜き取締役社長決断1968年水島コンビナート建設1972年「ヘーベル」で住宅参入1980年石油依存の収益構造から脱却1985年リチウムイオン電池を確立
世古真臣(1985年就任)1985〜1989年1985年就任4年退任生え抜き取締役社長
弓倉礼一(1989年就任)1989〜1997年1989年就任8年退任生え抜き取締役社長決断1993年宮崎輝の死後の事業売却
山本一元(1997年就任)1997〜2003年1997年就任6年退任生え抜き取締役社長
蛭田史郎(2003年就任)2003〜2010年2003年就任7年退任生え抜き代表取締役社長
藤原健嗣(2010年就任)2010〜2014年2010年就任4年退任生え抜き代表取締役社長決断2012年米ZOLLを買収
浅野敏雄(2014年就任)2014〜2016年2014年就任2年退任生え抜き代表取締役社長決断2015年杭打ちデータ偽装2016年水島エチレンセンター停止
小堀秀毅(2016年就任)2016〜2022年2016年就任6年退任生え抜き取締役社長
工藤幸四郎(2022年就任)2022年〜現任2022年就任5年現任生え抜き代表取締役社長1982年に旭化成へ入社した生え抜きで、上席執行役員に就任したのは入社34年目の2016年4月である。2019年4月に常務執行役員、2021年6月に取締役へ進み、2022年4月に代表取締役社長に就任した。
歴代社長の在任期間 全10代
1949年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

片岡武修退任

1949年社長就任

取締役社長

宮崎輝退任

1961年社長就任

1958年取締役取締役社長

世古真臣退任

1985年社長就任

1979年取締役取締役社長

弓倉礼一退任

1989年社長就任

取締役社長

山本一元退任

1997年社長就任

1957年入社1983年取締役取締役社長

蛭田史郎退任

2003年社長就任

1964年入社1997年取締役代表取締役社長

藤原健嗣退任

2010年社長就任

1969年入社1998年取締役2009年執行役員代表取締役社長

浅野敏雄退任

2014年社長就任

1975年入社2003年執行役員2008年取締役

小堀秀毅退任

2016年社長就任

1978年入社2008年執行役員取締役社長

工藤幸四郎現任

2022年社長就任

1982年入社2016年執行役員2021年取締役代表取締役社長

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