旭化成の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

赤字を計上する事業を持ったまま、次の事業を建て続けた。1961年に宮崎輝氏が社長へ就任し、繊維の合理化で確保した利益で新規事業の赤字を許す方針を掲げた。1968年7月には当時の売上高に匹敵する約1,000億円を水島の石油化学へ投じた。1972年にはALC建材のヘーベルを戸建てブランドへ仕立て、1980年からは原子力・電子・医薬へ広げている。ところが宮崎輝氏の急逝後、1993年に路線は反転し、食品・酒類を売却して選択と集中へ移った。31年の拡張と、それに続く収縮とが、現在の3事業を残した。

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