決断
赤字を計上する事業を持ったまま、次の事業を建て続けた。1961年に宮崎輝氏が社長へ就任し、繊維の合理化で確保した利益で新規事業の赤字を許す方針を掲げた。1968年7月には当時の売上高に匹敵する約1,000億円を水島の石油化学へ投じた。1972年にはALC建材のヘーベルを戸建てブランドへ仕立て、1980年からは原子力・電子・医薬へ広げている。ところが宮崎輝氏の急逝後、1993年に路線は反転し、食品・酒類を売却して選択と集中へ移った。31年の拡張と、それに続く収縮とが、現在の3事業を残した。
2016年 水島エチレンセンター停止
業績の推移2015 2016 2021 売上高(兆円) 2.0 1.9 2.1 営業利益率(%) 7.9 8.5 8.2 2015年10月 杭打ちデータ偽装
特別損失合計2015 2016 2021 特別損失合計(百万円) 11,241 24,173 44,795 2012年3月 米ZOLLを買収
米ZOLLを買収医薬と医療機器の2領域では第3の柱に届かず、未保有のクリティカルケア(救命救急医療)を自前開発ではなく米国企業の全株取得で獲得する同じ経営論点に直面した企業 | M&A・買収のれんの推移2011 2012 2017 のれん(億円) 51 85 2,856 1993年9月 宮崎輝の死後の事業売却
宮崎輝の死後の事業売却宮崎輝氏の急逝を契機に、拡大路線から資本効率重視の選択と集中へ経営方針を転換し、非中核の食品・酒類事業を段階的に売却した同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1992 1993 1998 売上高(兆円) 1.3 1.2 1.3 純利益率(%) 2.3 1.5 1.6 1985年 リチウムイオン電池を確立
リチウムイオン電池を確立研究員だった吉野彰氏が負極に炭素材料を採用する技術的判断を下し、1985年から86年の特許出願を経て2019年のノーベル化学賞受賞に至った同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1984 1985 売上高(億円) 7,065 7,653 経常利益率(%) 3.8 4.6 1980年12月 石油依存の収益構造から脱却
石油依存の収益構造から脱却二度の石油危機による原燃料コストの急騰で石油化学・合繊の収益基盤が揺らぎ、「油漬け」の企業構造そのものの転換を迫られた同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1979 1980 1985 売上高(億円) 4,247 5,419 7,653 経常利益率(%) 4.7 5.8 4.6 1972年9月 「ヘーベル」で住宅参入
「ヘーベル」で住宅参入繊維のサイクル到来を見据えた宮崎輝社長が「住の不足」に次の成長の種を求め、自社素材ALCを足がかりに住宅産業へ参入した多角化戦略同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1971 1972 1977 売上高(億円) 2,322 2,541 4,734 純利益率(%) 3.1 2.0 1.0 1968年7月 水島コンビナート建設
水島コンビナート建設合繊原料が石油化学の誘導品として安価に生産される見通しのなか、基礎原料を他社から購入する立場のままでは総合化学会社への脱皮も原料コストの主導権も得られないと判断した同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1967 1968 1973 売上高(億円) 1,335 1,525 2,684 純利益率(%) 3.0 3.6 2.4 1961年7月 赤字部門を抱えての多角化
赤字部門を抱えての多角化ポリエステル台頭による合繊業界の供給過剰とカシミロンの採算悪化という市場環境の急変が、経営体制刷新と多角化方針の確立を促した同じ経営論点に直面した企業 | 経営計画・中期戦略業績の推移1960 1961 1966 売上高(億円) 366 449 1,130 純利益率(%) − − 2.8 1946年4月 日窒コンツェルンから独立