旭化成水島の自社エチレンセンターの停止と、西日本3社によるエチレン集約への参加
自ら建てた分解炉を持ち続けるか、他社の設備に委ねるか——構造的な低稼働の前で旭化成は何を手放したか
- 概要
- 2010年5月31日、旭化成が岡山県倉敷市の水島地区で三菱化学とエチレンセンターを統合する共同出資会社の設立に基本合意し、2014年2月には2基を三菱設備1基へ集約して自社設備を廃棄することで合意した経営判断。1972年に自社で完成させた分解炉は2016年2月に停止し、2026年には三井化学・三菱ケミカルとの西日本3社集約で出資比率10%の位置へ退いた。
- 背景
- 国内需要の縮小に加え、中東の天然ガス由来エチレンと中国の大型設備の新増設により、余剰を吸ってきた輸出が細った。2011年の国内エチレン生産は前年比4.7%減の669万トンで2000年以降の最低となり、両社は現行の事業体制のままでは事業存続が困難という共通認識に立った。
- 内容
- 2011年4月に西日本エチレン有限責任事業組合が両社の水島2基を一体運営し、エチレン需要3割減を前提とした能力削減を2012年までに実施した。2014年2月25日には三菱設備へ集約し旭化成設備は廃棄すると合意し、集約後の能力は圧縮機のローター交換で50万トンから57万トンへ引き上げられた。
- 含意
- 2023年12月、工藤幸四郎社長は稼働率の低迷を「構造として不可逆的な変化」と述べた。2026年5月には西日本3社の共同事業体の出資比率が三井化学45%・三菱ケミカル45%・旭化成10%を前提とされ、同時に水島の一部誘導品も2030年度を目途に生産を終えると決議された。
止めた年より、止めたあとの年数で測る
1972年に自ら建て、自ら運営してきた分解炉を、旭化成は一度に止めていない。2010年に運営を三菱化学と一体にし、2014年に廃棄する側へ自社を置き、2016年に火を落とし、2026年には10%の持ち分へ退いた。基礎化学品の引き取り手として残りながら、設備の負担だけを16年かけて先に外す手順であった。工藤幸四郎氏が「エチレン設備がどうなっても絶対生き残る」と言えたのも、川上を手放す前提で川中を組み替えていたからだとみられる。
ただ、この手順の代価は先に出ている。自社設備を止めて7年後の2023年度にも、水島を中心とした汎用石化・樹脂の資産で584億円の減損損失を計上し、誘導品の生産終了は2030年度を目途とする計画のまま終わっていない。2016年の1基化を「先行的な整理」と呼べたのは、業界全体の稼働率が90%を割り込み続けた後から振り返ったからでもある。畳む判断が早かったかどうかは、止めた年ではなく、止めたあとに何年払ったかで測るほかないといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年8月
背景
余剰を吸っていた輸出が細る
エチレンの国内生産は、長らく内需だけでは消化しきれず、余剰分は輸出に回っていた。中国などの成長により輸出は年180万〜220万トン程度で推移してきたが、2000年代後半から天然ガス由来の安価なエチレンに強みを持つ中東と、最大の需要地である中国で年100万トン級の大型設備の新増設が相次いだ。2011年の国内エチレン生産は前年比4.7%減の669万トンと、2000年以降で最も低い水準へ落ちた[1][2][3]。
旭化成ケミカルズ社長の坂本正樹氏は、2011年のエチレン内需を製品換算で約500万トンと例年並みとみる一方、輸出は150万トン程度と従来から50万〜60万トン減ったと分析している。旭化成社長の藤原健嗣氏と三菱ケミカルホールディングス社長の小林喜光氏は、エチレンの国内生産が500万トン程度まで減るという見方で一致していた。内需が消えるのではなく、余剰の受け皿が消えるという読みであった[4][5]。
水島に並んだ50万トン2基
水島地区では、旭化成ケミカルズの水島製造所と三菱化学の水島事業所が岡山県倉敷市潮通3丁目で隣り合い、それぞれ年50万トンのエチレンセンターを持っていた。旭化成側の操業開始は1965年2月、三菱化学側は1964年7月にさかのぼる。旭化成の設備は、宮崎輝社長が売上高に匹敵する投資を決めて1972年4月に山陽エチレンが完成させた年産35万トンのセンターの後身にあたる[6][7]。
畳みにくさは、日本の石油化学の構造そのものにもあった。国内のナフサ分解ではエチレンと同時にプロピレンとブタジエンも抽出され、これらの系統の化成品が利益を稼ぐため、エチレン系の採算が悪くても全体の生産を落としにくい。坂本氏はこの事情を指摘している。設備を1基止めるには、基礎原料の受け皿と誘導品の供給責任を同時に組み替える必要があった[8]。
決断
設備より先に運営を一つにする
2010年5月31日、旭化成と三菱ケミカルホールディングスは、水島地区の基礎石油化学原料事業を集約・統合するための共同出資会社を設立し、2011年4月1日から両社のエチレンセンターの一体運営を始めることで基本合意したと発表した。出資比率は旭化成ケミカルズ50%、三菱化学50%。両社は、現行の事業体制のままでは事業存続が困難であるとの共通認識に立ったと記している[9][10]。
合意には、設備をどこまで落とすかまで書き込まれていた。エチレン需要3割減を前提とした設備対応を2012年までに実施し、さらなる需要の縮小時にはセンターを一基へ集約すると明記している。2011年4月からは西日本エチレン有限責任事業組合が運営に入り、生産量が落ちても採算が取れるようダウンサイジングが進んだ。1基化は、統合を決めた時点ですでに条件つきで予告されていた[11][12]。
廃棄される側に自社を置く
条件が満たされたのは4年後であった。2014年2月25日、両社は水島地区の2基を1基へ集約すると発表し、集約方法を「三菱設備に集約し旭化成設備は廃棄」と記した。集約時期は2016年4月、集約後の能力は圧縮機の主要部品であるローターの交換により50万トンから57万トンへ引き上げる計画で、集約後は両社折半出資の株式会社を設立して共同運用するとされた[13][14]。
旭化成ケミカルズ水島製造所のエチレンセンターは、2016年2月に停止した。1972年の完成から44年で、自社で建てて自社で運営してきた分解炉が設備表から消え、旭化成は折半出資会社である三菱ケミカル旭化成エチレンの株主として基礎化学品を引き取る立場へ移った。工藤幸四郎氏は後年、この1基化について「その時点では先行的な整理だった」と振り返っている[15][16]。
結果
低稼働を構造変化と呼んだ社長
2023年12月、社長の工藤幸四郎氏は、日本全体のエチレン設備の稼働率が80%前後という極めて低い水準にあり、以前のように安定的に90%を超えるのは厳しいと語った。景気の波ではなく、構造として不可逆的な変化が起きているという認識を示し、石化全体の再編の機運に旭化成も乗る必要があると述べている。中期経営計画の最終年度である2024年度内に石化全体の方向性を示すと明言した[17][18]。
数字はその認識を追認した。石油化学工業協会が発表した2024年10月の国内エチレン設備の稼働率は77.4%で、好不況の目安となる90%割れは27カ月連続と、東日本大震災後を超えて過去最長を記録した。旭化成は2023年度に、水島を中心とした汎用石化・樹脂の資産グループに関連する設備で584億円の減損損失を計上している。工藤氏は2025年1月の取材で、3社連携でエチレン設備がどうなっても絶対生き残ると述べた[19][20][21]。
出資比率10%と、川中の生産終了
2024年5月8日、旭化成は三井化学・三菱ケミカルとの3社連携の検討開始を発表し、同年11月8日には共同事業体の設立を前提に、将来の能力削減を含む生産体制の最適化をさらに深く検討することで合意した。2025年8月19日には出資比率1対1対1で瀬戸内エチレン有限責任事業組合を設立し、2026年1月27日、2030年度を目途に三菱ケミカル旭化成エチレン水島工場の設備を停止して大阪石油化学へ集約する基本契約を締結している[22][23][24]。
2026年5月12日、3社は共同事業体の出資比率を三井化学45%、三菱ケミカル45%、旭化成10%とする前提で統合検討を進めると発表した。比率は基礎化学品の引き取り量に基づいて算定されている。同じ日、旭化成は2030年度を目途に水島製造所のスチレンモノマーとポリエチレンの生産を終えると決議し、エッセンシャルケミカルの売上構成比が2025年度の12%から2030年度近傍には数%になるとの見通しを示した[25][26][27]。
- 旭化成・三菱ケミカルホールディングス プレスリリース 2010年5月31日「水島地区エチレンセンター統合の共同出資会社の設立について」
- 旭化成・三菱ケミカルホールディングス プレスリリース 2014年2月25日「水島地区エチレンセンター集約に関する基本合意について」
- 旭化成・三井化学・三菱ケミカル プレスリリース 2024年11月8日「西日本におけるエチレン製造設備のカーボンニュートラル実現に向けた3社連携の進捗について」
- 旭化成・三井化学・三菱ケミカル プレスリリース 2025年9月1日「西日本におけるエチレン製造設備に関わる有限責任事業組合(LLP)を設立」
- 旭化成・三井化学・三菱ケミカル プレスリリース 2026年1月27日「西日本エチレン生産体制のグリーン化推進に向けた基本契約締結」
- 旭化成・三井化学・三菱ケミカル プレスリリース 2026年5月12日「西日本におけるエチレン製造設備の統合に向けた共同事業体の出資比率について」
- 旭化成 説明資料 2026年5月12日「2030年度を目途とする水島製造所の一部誘導品事業の再構築について」
- 週刊東洋経済 2010年6月12日号「NEWS TOP4 03 化学 頼みの中国市場を警戒 石油化学で再編加速」
- 週刊東洋経済 2012年1月24日号「スペシャルリポート01 エチレン余剰に苦悶 石化大再編を阻む壁」
- 週刊東洋経済 2023年12月23日号「旭化成 社長 工藤幸四郎『エチレンの低稼働は戻らない構造変化』」
- 週刊東洋経済 2024年12月28日号「【第1特集 2025年大予測】Part4 産業・企業 石油化学 中国と脱炭素が迫る エチレン再編の行方」
- 週刊東洋経済 2025年1月11日号「トップに直撃 旭化成 社長 工藤幸四郎『勝てるシナリオを決め 外れる事業は整理する』」
- 旭化成 2024年3月期 決算説明会 質疑応答
- 旭化成 有価証券報告書【沿革】
- 旭化成 有価証券報告書(2016年3月期・連結)