光記録メディア事業撤退(2015年・太陽誘電の決断)更新:2026/07/24論点縮小する記録メディアから撤退するか太陽誘電:業績の推移売上高(億円)営業利益率(%)データ出所一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰何をなぜ決めたか:一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰概要2015年6月11日、太陽誘電はCD-R・DVD-R・BD-Rを含む光記録メディア事業からの撤退を発表し、同年12月末で製品の販売を終えた。1988年9月にCD-Rを世界で初めて商品化してから27年目の幕引きで、これにより同社は電子部品以外の収益源を持たない体制へ戻った。背景HDDの大容量化とクラウドの普及でディスクに記録する需要は減少し、2011年3月期には記録製品その他事業に70億5300万円の減損損失を計上した。主力の積層セラミックコンデンサも韓国勢にシェアを侵食され、2012年3月に330人の希望退職を募集する状況が重なっていた。内容撤退の理由として太陽誘電が挙げたのは、想定を超える市場の縮小と原材料価格の高騰であった。生産を担ってきたザッツ福島は高付加価値の電子部品の工場へ転じ、2015年7月に福島太陽誘電へ商号を変更した。業績への影響は軽微と説明された。含意2016年3月期から報告セグメントは電子部品事業の単一となり、売上高は2403億円、営業利益は234億円へ回復した。売却した製造設備は磁気研究所が引き継ぎ、CD-Rは2021年に国立科学博物館の未来技術遺産へ登録された。いつ何が起きたか9件考察:世界初の事業から撤退するということ考察考察:世界初の事業から撤退するということ市場が消えた以上は撤退も当然だった、と読むのはたやすい。しかし記録製品その他事業の営業損益は2014年3月期に1億9600万円の黒字を回復しており、その場で立ち行かなくなっていたわけではない。太陽誘電が閉鎖したのは、CD-Rという名称まで自ら付け、追記型ブルーレイまで三世代を世界で最初に商品化した27年分の蓄積であった。この判断の芯は、技術で競争優位を築けるかどうかではなく、減少する市場に人と設備を張り続けるかどうかにあっただろう。もっとも、この撤退を良い判断と呼べるのは、その後に受動部品が伸びた事実を知っているからにすぎない。会社は撤退による業績への影響を軽微と見込んでいた。翌期に営業利益が132億円から234億円へ伸びた主因も、光メディアをやめたことではなくコンデンサの需要であった。売却した設備は磁気研究所へ渡り、細いながら光ディスクの需要は残った。撤退の巧拙は、撤退した事業ではなく、空いた手を何に使ったかで測られるとみられる。Yutaka Sugiura, 2026年7月参考文献参考文献参考太陽誘電「太陽誘電のあゆみ(沿革)」太陽誘電 有価証券報告書 第84期(2025年3月期)【沿革】太陽誘電 有価証券報告書(2011年3月期・2012年3月期・2014年3月期・2015年3月期・2016年3月期・2022年3月期・連結)太陽誘電 ニュースリリース 2021年9月1日「太陽誘電:光記録メディア「CD-R」が重要科学技術史資料(未来技術遺産)に登録」次に読む決断太陽誘電の意思決定1972年太陽誘電太陽誘電「脱磁器コンデンサ」方針表明主力製品への依存を断つ方針の表明と、新製品領域への多角化1972年1988年太陽誘電太陽誘電CD-Rの世界初商品化That''sブランドによる消費財市場への参入と、追記型光記録メディア1988年同じ問い:集中のための事業売却2016年旭化成旭化成水島エチレンセンターの1基化自社のエチレン設備の停止と、三菱化学との運営会社からの原料購入2016年2010年セイコーエプソンセイコーエプソンSE07で中小型液晶を譲渡電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡2010年2008年日立化成日立化成日立ハウステックの譲渡投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退2008年2007年シチズン時計シチズン時計電子デバイス事業から撤退携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中2007年2006年ヤマハヤマハレクリェーション事業の撤退減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理2006年×出所