売却した住宅設備は、1962年の分離独立からしばらく会社の収益を支えた事業であった。2001年に会社分割で日立ハウステックとして分け、2008年には株式の約93%をニューホライズンキャピタルへ渡している。それでも切り離せたのは、住宅設備が日立という大口需要家を持たず、頭打ちの国内住宅市場だけを相手にしていたからだと思われる。電子材料へ会社を絞り込むうえで、由緒はあっても外部市場のみに依存する周辺事業から先に整理する順序を取っていた。
もっとも、追い込まれた末の売却という色合いも残る。分離に伴う譲渡益は30億円にとどまり、事業を高値で売却できたわけではなく、住宅市場が縮小してからの決断であった点は否めない。それでも日立ハウステックは同業へ吸収されず、ハウステックとして存続した。譲渡する側と譲り受ける側の双方に逃げ道を用意した売り方が、後に昭和電工が1兆円近くで買う電子材料メーカーの輪郭を、この時点で整えていたといえる。