ADEKA の歴史

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創業 1917年
母体 古河合名会社
創業地 東京都荒川区
創業
1917年1月、古河合名会社系の東京電化工業所を改組し、資本金100万円で旭電化工業が東京府北豊島郡尾久に創立された。目的は輸入に依存していた苛性ソーダを電解法で国産化することにあり、あわせて電解で必ず出る副生水素を魚油に添加して硬化油を二本目の事業とした。以後は石鹸・グリセリン・人造バターへ品目を広げ、1928年には農業薬品部門を分離して日本農薬を設立する。1949年に東京証券取引所へ上場し、2006年に社名をADEKAへ改めた。無機のソーダと有機の油脂を最初から併せ持つ構えが、のちの添加剤と食品の両方を生んだ。
決断
主役の素材ではなく、それに混ぜる側の品目で稼いできた。1955年に塩化ビニル用安定剤を出して樹脂添加剤へ参入し、1962年には米アーガス・ケミカルとの合弁で潤滑油添加剤へ広げた。混ぜ物は使用量が少なく、価格ではなく純度と配合で採否が決まる。1981年に電解事業から高純度塩素の製造を始めると、その純度管理がそのまま半導体材料へつながった。2018年には1928年に切り出した日本農薬を約200億円で連結子会社化し、農薬と医薬の許認可を扱う知見を取り込んでいる。
現況
収益の中心は、樹脂に混ぜる添加剤から半導体の膜をつくる材料へ移りつつある。2026年3月期の連結売上高は4,165億円、営業利益は416億円で過去最高を更新した。内訳は化学品2,148億円、ライフサイエンス1,118億円、食品830億円で、セグメント利益は化学品の264億円が全体の6割を超える。その化学品のなかで伸びているのが半導体材料で、2022年に世界シェア1位の高誘電体ALD材料の生産能力を韓国で倍増させた。ただし化学品の利益は市況の振れで前期を下回っており、伸びと振れが同じ事業に同居している。
競合
同じ半導体材料でも、装置の中で使う量が少ない品目ほど価格を維持できる。ADEKAの高誘電体材料は成膜の一工程に入る少量品で、顧客の量産ラインに採用されれば数年は入れ替わらない。レゾナックのように後工程材料をまとめて取得して規模で並ぶ道とは、費用のかけ方が違う。国内では日産化学が農薬と機能性材料で高い利益率を保っており、ADEKAも日本農薬を傘下へ入れて同じ場所に並んだ。ただし2025年には親子上場の解消を求める株主提案を受けており、資本の形は決まっていない。
ADEKA:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2026年3月期

設立ストーリー 古河系電気化学からの出発と戦前の電解ソーダ・油脂事業の確立 (1917年〜)

古河財閥の化学部門として電解ソーダと油脂買収で築いた二本立て

ADEKAの源流は、1915年(大正四年)に古河合名会社が中心となって電解法による苛性ソーダの研究に着手したことに始まる。[1]研究の母体となった東京電化工業所を改組する形で、1917年1月、電解法による苛性ソーダ(カセイソーダ)の製造を目的として旭電化工業株式会社が資本金100万円で創立された[2]。古河合名会社は古河鉱業(現・古河機械金属)・古河電工・横浜ゴム等を擁する古河財閥の中核で、旭電化はその化学部門を担った。1928年11月には農業薬品部門を分離して日本農薬を設立[3]し、専業化を進めた。

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [1]1915年(大正四年)古河合名会社が中心となり電解法による苛性ソーダの研究に着手したのがADEKAの源流
  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1917年1月 東京電化工業所を改組して旭電化工業株式会社を資本金100万円で創立(電解法による苛性ソーダの製造目的)
    • [3]1928年11月 農業薬品部門を分離して日本農薬を設立

1918年1月に尾久工場が完成して苛性ソーダの操業を開始[4]し、1922年12月には豊洲工場が竣工した。電解ソーダに続く第二の柱を油脂に求め、1919年(大正八年)には硬化油の製造を開始[5]して、ここにソーダと油脂を併せ持つ総合化学工業会社としての基礎ができた。さらに1927年12月、第一次世界大戦後の不況で経営難に陥った日油株式会社の油脂事業を買収統合し、油脂(マーガリン・ショートニング・グリセリン)事業を拡充した。電解ソーダで蓄積した化学プロセス技術と、油脂化学のプロセスを組み合わせる事業構造が、ここで形成された。自力増設ではなく経営難企業の事業買収によって事業領域を広げる手法を、旭電化はこの時期から繰り返し用いた。旭電化は斯界有数の規模を持つ自家火力発電所を備え、電力を自給することで安定した操業[6]を続けた。電解ソーダと油脂の二本立てが、化学品メーカーとしての旭電化の骨格を形づくった。

  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1918年1月 尾久工場が完成して苛性ソーダの操業を開始
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [5]1919年(大正八年)硬化油の製造を開始し、ソーダと油脂の総合化学工業会社としての基礎ができた
    • [6]斯界有数の自家火力発電所を持ち、常に安定した操業を行っていた
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [1]1915年(大正四年)古河合名会社が中心となり電解法による苛性ソーダの研究に着手したのがADEKAの源流
    • [5]1919年(大正八年)硬化油の製造を開始し、ソーダと油脂の総合化学工業会社としての基礎ができた
    • [6]斯界有数の自家火力発電所を持ち、常に安定した操業を行っていた
  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1917年1月 東京電化工業所を改組して旭電化工業株式会社を資本金100万円で創立(電解法による苛性ソーダの製造目的)
    • [3]1928年11月 農業薬品部門を分離して日本農薬を設立
    • [4]1918年1月 尾久工場が完成して苛性ソーダの操業を開始

合成樹脂進出と戦時生産を経て1949年上場に至る三事業基盤

苛性ソーダと硬化油を足場に、旭電化は早くから品目を広げた。石鹸・塩酸・グリセリンの製造に着手し、昭和初期にはマーガリン・脂肪酸・液化塩素・ケイ酸ソーダ・晒液[7]と相次いで生産品目を増やした。1932年4月には合成樹脂事業(フェノール樹脂)に進出し、苛性ソーダ・油脂に続く三つ目の化学品分野を加えた。電解ソーダで培った無機化学、日油買収で得た油脂化学、そして合成樹脂という有機化学が並び立つ構図が、戦前のうちに整った。苛性ソーダはガラス・繊維・紙など広範な工業の基礎素材であり、油脂は食用と工業用の両方に展開できる。一品目への集中ではなく複数の化学領域を抱える事業構造は、後年の樹脂添加剤・食品添加物・電子材料という三本柱体制の遠い出発点にあたる。古河系企業として、古河電工との取引(電線用樹脂・絶縁材料)も継続した。

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [7]石鹸・塩酸・グリセリンに続き、昭和初期にマーガリン・脂肪酸・液化塩素・ケイ酸ソーダ・晒液と生産品目を拡大

戦時期は軍需用化学品の生産を担い、戦後の1947年には製品販売を目的に陽光産業(現・ADEKAケミカルサプライ)を設立して、製造から販売までの商流を整えた。[8]1949年5月、東京証券取引所に株式を上場[9]した。創業当初の電解ソーダ・油脂・合成樹脂の3事業基盤は、戦後の化学産業構造の中で、化学品(化学品本部)・食品(油脂・食品添加物本部)・機能化学品の3事業へと展開する出発点となった。財閥解体で古河本社の支配からは離れたものの、古河系の取引基盤は保ったまま、独立した上場化学メーカーとして再出発した。上場後は資本市場から資金を調達できる体制を得て、戦後復興期の化学需要に対応する増産投資の原資を確保した。

  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1947年 製品販売を目的に陽光産業(現・ADEKAケミカルサプライ)を設立
    • [9]1949年5月 東京証券取引所に株式を上場
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [7]石鹸・塩酸・グリセリンに続き、昭和初期にマーガリン・脂肪酸・液化塩素・ケイ酸ソーダ・晒液と生産品目を拡大
  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1947年 製品販売を目的に陽光産業(現・ADEKAケミカルサプライ)を設立
    • [9]1949年5月 東京証券取引所に株式を上場

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ADEKAの沿革1917〜2023年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1917〜1949年古河系電気化学からの出発と戦前の電解ソーダ・油脂事業の確立古河系電気化学会社としての旭電化工業の創立と、電解副生水素による硬化油事業の併設

1917年(大正6年)1月27日、古河合名会社を中心とする東京電化工業所を発展的に解消し、資本金100万円の旭電化工業株式会社として創立した経営判断。電解法による苛性ソーダの製造を目的とし、東京府北豊島郡の尾久に工場を置いた。設立当初は苛性ソーダと晒粉を製造し、続いて電解の副生水素を使う硬化油事業に着手した。

詳細を読む
★★★
尾久工場が竣工
尾久工場が操業開始
農業薬品部門を分離し日本農薬を設立★★
陽光産業を設立
株式を東京証券取引所に上場
1949〜2010年樹脂添加剤・食品添加物・電子材料の3本柱体制の確立FMC社ほかとの合弁で、東海電化工業を設立(1999年4月、吸収合併)
旭友不動産を設立
アーガスケミカルとの合弁でアデカアーガス産業を設立★★
明石工場が竣工
明石工場が操業開始
アデカ・アーガス化学ほか3社との合弁でオキシラン化学を設立
鹿島工場の第1期工事を完成、操業開始
アデカクリーンエイドを設立
エイエス化成袖ケ浦工場完成、操業開始(1984年3月、同社解散、旭電化工業千葉工場)
アデカエンジニアリングを設立
東京環境測定センターを設立
食用油脂の海外生産拠点としてADEKA(SINGAPORE)PTE.LTD.を設立
長春人造樹脂廠股份有限公司等との合弁で長江化学股份有限公司を設立
韓農・韓精等との合弁でハンノンアデカCORP.を設立
三菱商事と米国MIC社との合弁で、AMFINE CHEMICAL CORP.を設立
アサヒ・ファインフーズを設立
相馬工場を完成、操業開始
アサヒデンカヨーロッパGmbHを設立
EBO手法により、国内5工場の末端加工工程を工場毎の加工サービス会社として分離設立★★
中嶋宏元ADEKA Europe GmbHがパルマロールを買収
中嶋宏元ドンブグループからドンブアデカCORP.を子会社化
中嶋宏元上原食品工業の全株式を取得
中嶋宏元ADEKAに商号変更
2010〜2025年半導体素材の世界シェア拡大と「ADEKA VISION 2030」による事業構造再設計櫻井邦彦ADEKA Al Ghurair Additives LLCが発足
郡昭夫AM STABILIZERS CORP.がHammond Groupから塩化ビニル用安定剤事業を取得
郡昭夫食品販売会社クラウンを子会社化
郡昭夫昭和興産の株式を追加取得し持分法適用会社化
城詰秀尊1928年に分離した日本農薬の連結子会社化、公開買付けと第三者割当増資による51%取得

2018年8月21日、ADEKAが日本農薬との資本業務提携契約を結び、公開買付けと第三者割当増資を組み合わせて同社株式の51%を取得すると公表した経営判断。総額は約200億円で、同年9月28日の増資払込をもって連結子会社化が完了した。日本農薬は1928年にADEKAの前身である旭電化工業の農業薬品部門を分離して生まれた会社であった。

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★★★
城詰秀尊監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行
城詰秀尊半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強

2022年7月22日、ADEKAが韓国子会社ADEKA KOREAの全州第二工場で、先端半導体メモリ向け高誘電材料『アデカオルセラ』シリーズの生産能力を現行の2倍以上へ引き上げると決めた投資判断。以後2023年・2024年と韓国での増設が続き、2024年7月の電子材料本部新設、2025年4月の半導体材料本部への改組へとつながった。

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★★★
城詰秀尊インキュベーション・アライアンスを子会社化
城詰秀尊グループ経営の効率化に向け、ADEKA総合設備が旭建築設計事務所を合併
出典・参考
  • ADEKA 有価証券報告書【沿革】
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)

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