ADEKA1928年に分離した日本農薬の連結子会社化、公開買付けと第三者割当増資による51%取得

支配権を最短で取るか、少数株主の持分を守るか——上場を維持したまま過半を握る設計をめぐる賛否

時期 2018年8月
意思決定者(推定) 城詰秀尊・取締役会 社長
論点 上場子会社化と少数株主の利益
概要
2018年8月21日、ADEKAが日本農薬との資本業務提携契約を結び、公開買付けと第三者割当増資を組み合わせて同社株式の51%を取得すると公表した経営判断。総額は約200億円で、同年9月28日の増資払込をもって連結子会社化が完了した。日本農薬は1928年にADEKAの前身である旭電化工業の農業薬品部門を分離して生まれた会社であった。
背景
ADEKAは中期経営計画「BEYOND 3000」で3カ年の投融資1,000億円のうち500億円をM&A資金の枠として用意し、樹脂添加剤・化学品・食品に続く第4の柱をライフサイエンスに求めていた。日本農薬の側も、世界トップ10の農薬企業を目標に掲げるなかで研究開発とM&Aの原資を要し、財務基盤の強化を課題に挙げていた。
内容
公開買付価格は1株900円(前日終値に対するプレミアム34.3%)、買付予定数は1,205万6,049株。第三者割当増資は普通株式2,089万5,600株を1株670円で発行し、総額は最大140億円。二つを合わせて希薄化後の持株比率がちょうど51%になるよう設計された。日本農薬の東証第一部上場は維持された。
含意
買付価格900円に対して割当価格が670円という差と、売らずに残る株主の持分が薄まる構造に、米系の機関投資家が反発した。ライフサイエンス事業の売上高は2026年3月期に1,118億円まで伸びた一方、2025年には親子上場の解消を促す株主提案を受け、資本のかたちをめぐる問いは残った。
筆者の見解

支配権の取り方が残した傷

公開買付けだけでは51%に届かなかった。ADEKAは足りない分を、日本農薬に新株を発行させて埋めている。1株900円で市場から買い、同じ会社に1株670円で新株を出させる——この二段構えは、支配権を最短で確保する設計として合理的である一方、売らずに残った株主から見れば、自分の持分が安い価格で薄められる話でもあった。米国の機関投資家が少数株主の利益を無視していると反発したのは、価格の水準よりもこの組み合わせ方に対してであったとみられる。

ただ、事業の面では取り込みは実を結んでいる。ライフサイエンス事業の売上高は344億円から1,118億円へ伸び、第4の柱は実際に立った。日本農薬の側も、研究開発とM&Aの原資として財務基盤の強化を自ら課題に挙げていた当事者である。それでも、7年後にシティインデックスイレブンスが求めたのは日本農薬の保有方針を検討する特別委員会であった。事業の成果と資本のかたちへの疑義は、別々のまま残っているといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

90年前に切り出した相手

日本農薬は1928年11月、旭電化工業の農業薬品部門を切り出して生まれた会社であった。ADEKA自身、子会社化を公表した2018年8月の説明資料で、日本農薬を旭電化工業の農薬部門と藤井製薬の合併によって誕生した会社と説明し、親和性の高さを挙げている。分離から90年を経てもなお、ADEKAは日本農薬株の24.20%を持ち、持分法適用会社として社外取締役1名と社外監査役1名を送っていた[1][2]

90年の間に、切り出された側は独立した上場会社としての厚みを備えていた。2018年3月期のADEKAが連結売上高2,396億円・連結従業員3,551名であったのに対し、日本農薬は2017年9月期の連結売上高が600億円、連結従業員1,461名。規模はおよそ4分の1にとどまるものの、東証第一部に単独で上場し、株主総数は1万4,347名を数えていた[3][4]

第4の柱を欲した側と、資金を欲した側

ADEKAは2018年度からの中期経営計画「BEYOND 3000」で、2020年度に売上高3,000億円超・営業利益率10%・ROE10%を掲げ、3カ年の投融資1,000億円のうち500億円をM&A資金の枠として用意していた。樹脂添加剤・化学品・食品の3本柱に続く第4の柱として狙ったのがライフサイエンスで、診断薬や医療機器の開発は進めていたものの、事業を広げるには許認可ビジネスの知見が足りないとみていた[5][6]

日本農薬の側にも資本を受け入れる理由があった。同社はグループビジョンとして世界で戦える優良企業を掲げ、売上高2,000億円以上の世界トップ10に入る農薬企業を目標に置いていた。世界の農薬市場は大手の大型合併と品目買収が続き、2017年の規模は537億ドル。この競争に残るには研究開発とM&Aの原資が要るとして、同社自身が財務基盤の強化を課題に挙げていた[7][8]

決断

公開買付けと第三者割当を組み合わせる

2018年8月21日、両社の取締役会が資本業務提携契約の締結を決議し、ADEKAは公開買付けと第三者割当増資を組み合わせて日本農薬株の51%を取得すると公表した。総額は約200億円。公開買付価格は1株900円で、前日終値に対するプレミアムは34.3%であった。買付予定数は1,205万6,049株(所有割合18.04%)、これに満たなければ買付けを行わない下限は766万7,952株(同11.47%)に置かれた[9][10]

もう一方の第三者割当増資は、日本農薬が普通株式2,089万5,600株を1株670円で発行し、ADEKAが引き受ける枠組みであった。総額は140億円で、公開買付けへの応募が上限に達すれば払込は約80億円へ縮み、下限にとどまれば約140億円に膨らむ。二つを合わせた希薄化後の持株比率がちょうど51%になるよう、増資の株数は公開買付けの結果に応じて調整される設計であった[11][12]

賛同はするが、応募は勧めない

日本農薬の取締役会は同じ日に、この公開買付けへ賛同する意見を表明した。ただし応募するか否かは株主の判断に委ねると決議し、応募の推奨には踏み込んでいない。ADEKAは日本農薬を連結子会社とする一方で上場廃止は企図せず、公開買付け成立後も東京証券取引所市場第一部の上場を維持する方針を示していた。過半を握られながら上場は続くという形が、ここで意図して選ばれた[13][14]

意思決定の場では、両社の人的な近さがそのまま利益相反の懸念になった。日本農薬の社外取締役である郡昭夫氏はADEKAの代表取締役会長を兼ねていたため、この件の審議と決議には参加していない。ADEKAの役員を兼ねる社外監査役1名も審議を外れた。90年にわたる人的交流の厚みが、いざ資本を動かす段になると、距離を取るべき理由へ裏返っていた[15][16]

結果

海外株主からの反発

公開買付けが終わる2018年9月19日、日本経済新聞は日本農薬の米系株主が反発していると伝えた。同紙は、株主の売却機会の確保をめぐるルールの違いと、上場子会社の少数株主になるのを嫌う欧米流の考え方が溝を生んでいると整理している。日経ビジネスも同じ日、大株主である米国の機関投資家が少数株主の利益を無視していると怒っていることを取り上げた[17][18]

批判は月をまたいで続いた。ニューヨーク州弁護士のスティーブン・ギブンズ氏は10月12日のダイヤモンド・オンラインで、この取引を海外なら成立しないものとして論じ、一般株主がADEKAの指名する経営陣の意思決定に翻弄される無力な少数株主になったと書いた。日本経済新聞も10月18日、市場で子会社化の経緯に異論が出ていることを取り上げている[19][20]

7年後の数字と、蒸し返された論点

事業の数字だけを見れば、取り込みは効いた。日本農薬を中心とするライフサイエンス事業の連結売上高は、子会社化の効果が半年分入った2019年3月期で344億円、通年となった2020年3月期で604億円、2026年3月期には1,118億円へ伸び、セグメント利益も98億円に達した。ADEKA全体の連結売上高4,166億円のうち、4分の1あまりを新しい柱が担っている[21][22]

一方、親子上場という形そのものは論点として残った。2025年4月17日、旧村上ファンド系のシティインデックスイレブンスがADEKAに株主提案を行い、上場子会社の保有方針を検討する特別委員会の設置に係る定款変更を、6月の定時株主総会の議題に求めた。ADEKAは5月にこれへの反対を表明し、日本農薬に関する判断は取締役会が状況に応じて行うべきものとの立場を示した[23][24]

出典・参考

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