日本触媒の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

触媒でつくれる原料を自前化し、その原料を使う製品まで下りてきた。1959年6月、資本金4.8億円の2倍を超える9.8億円を投じて日本石油化学の川崎コンビナートへ参画し、酸化エチレンの製造を開始した。1970年5月には姫路製造所でアクリル酸の国産化を果たし、1983年11月には姫路製造所で高吸水性樹脂の量産に入っている。無水フタル酸で磨いた気相酸化の触媒技術がアクリル酸へ移り、そのアクリル酸が紙おむつ用樹脂の原料になった。原料から最終製品までを一社で持ったことが、後発の参入でも先発を上回る原価を作った。

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