日本ゼオンの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

原料の作り方を自前化し、その原料の向かう先を替えてきた。1959年7月に川崎工場で合成ゴムの生産を開始し、1965年には徳山工場でナフサ分解のC4留分からブタジエンを抽出するGPB法を実用化して原料を自給した。同じ抽出技術をC5留分へ広げ、イソプレン用のGPI法は国内3社と海外5社へ供与している。1987年のダンピング提訴で米国向けニトリルゴムの輸出が止まると、総額200億円で英BPケミカルズと米B.F.グッドリッチの特殊ゴム部門を取得し、日米欧3極の生産体制へ移った。汎用樹脂を量で競う場所からは、この時点で離れている。

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