日東電工の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

売れている製品を自ら入れ替える比率を、社内の数値で縛ってきた。1961年2月、消費者向けの乾電池と磁気テープをマクセルとして分離独立させ日立製作所へ売却し、産業向け材料へ人と資金を絞った。1973年の石油危機で製造業に偏った販売構造が減収を招くと、土方三郎社長は1975年、1959年から続く三新運動に新製品比率30%の規律を据えた。過去3年以内に発売した新製品が売上の30%以上を占めること、研究開発費を売上比で約5%に保つことを常設の規律とし、製造・販売・研究を横断する組織を置いている。顧客の内製化で一度受注を失った経験が、製品の入れ替えを景気任せにしない仕組みへ変わった。

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