決断
売れている製品を自ら入れ替える比率を、社内の数値で縛ってきた。1961年2月、消費者向けの乾電池と磁気テープをマクセルとして分離独立させ日立製作所へ売却し、産業向け材料へ人と資金を絞った。1973年の石油危機で製造業に偏った販売構造が減収を招くと、土方三郎社長は1975年、1959年から続く三新運動に新製品比率30%の規律を据えた。過去3年以内に発売した新製品が売上の30%以上を占めること、研究開発費を売上比で約5%に保つことを常設の規律とし、製造・販売・研究を横断する組織を置いている。顧客の内製化で一度受注を失った経験が、製品の入れ替えを景気任せにしない仕組みへ変わった。
2017年11月 杭州錦江集団へ技術供与
杭州錦江集団へ技術供与液晶パネルの大型分野がコモディティ化して価格競争の場になるなか、40年かけて世界首位にした偏光板の製造技術を中国メーカーへ供与し、自社はハイエンドとニッチトップの領域へ資源を振り向けた判断同じ経営論点に直面した企業 | 提携・合弁業績の推移2016 2017 2022 売上高(億円) 7,930 7,677 8,534 営業利益率(%) 12.9 12.1 15.5 1987年11月 米ハイドロノーティクス買収
1975年 三新活動の導入
三新活動の導入石油危機で製造業偏重の販売構造の弱さが露呈するなか、新製品比率30%・研究開発費約5%という数値の規律と、製・販・研を横断するSPGを常設し、新陳代謝を経営の基本動作として制度化した判断業績の推移1974 1975 1980 売上高(億円) 411 419 746 純利益率(%) 7.1 6.7 5.2 1961年2月 マクセル分離と日立へ売却
1948年7月 日立との資本提携解消