日産化学の石油化学撤退が円滑に進んだ要因の一つは、1987年から1988年の市況好転期に売却を完了した点にある。不況期に撤退の布石を打ち好況期に売却を実行するという時間差は、1980年から合弁方式で段階的に事業を移管していた8年間の準備期間があって初めて可能となった。後発参入ゆえ…
石油化学撤退後の日産化学では、社員が「目の色を変えて」新規事業に取り組んだと中井社長が述懐している。主力事業を失うという存亡の危機が、逆説的に組織の活性化と個人能力の発揮を促した構造がある。農薬・医薬品・機能性材料の3分野で約10年間に主力製品を揃えた開発速度は、石油化学時代の日…