日産化学 の歴代社長

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2000年2010年2020年2026年

藤本修一郎退任

2000年社長就任

取締役社長

木下小次郎退任

2008年社長就任

2002年取締役代表取締役社長

八木晋介現任

2021年社長就任

2016年執行役員2020年取締役代表取締役社長
創業社長の関係
創業

1887年2月、高峰譲吉氏・渋沢栄一氏・益田孝氏らが資本金25万円で東京人造肥料会社を興し、1893年の株式会社改組で渋沢栄一氏が初代取締役会長に就いた。財界人の共同出資で始まったため創業家は生まれていない。1937年12月に日産財閥へ入り、以後は資本を握る側からトップを迎える時期が続いた。

社長登用の傾向
登用

直近20年の社長は3人とも新卒で入社し、入社から就任まで31年から38年をかけている。取締役・常務・専務と社内の職位を順に上がってから就く昇進で、外から迎えた社長は1963年に日本興業銀行から招いた日高輝氏と、翌1964年に興銀副頭取から就いた石井一郎氏までさかのぼる。

社長任期の傾向
任期

中興の祖は1988年に石油化学からの全面撤退を決めた中井武夫氏で、赤字事業を8年かけて3社へ譲り、農薬・医薬品・機能性材料へ資源を移した。直近3代の在任は8年、12年10か月、そして就任6年目である。10年を超えたのは1代だけで、8年前後が交代の目安になっている。

いまの体制への含意
含意

トップは新卒入社から30年以上かけて社内を上がった人物に限られる。創業家を持たず、財閥解体で親会社も失った会社が、序列の上位から順に社長を出す形で1世紀を回してきた。1988年の石油化学撤退で規模より利益率を選ぶ型が定まり、その判断を見てきた世代が続けて経営にあたっていると思われる。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
藤本修一郎(2000年就任)2000〜2008年2000年就任8年退任生え抜き取締役社長
木下小次郎(2008年就任)2008〜2021年2008年就任13年退任生え抜き代表取締役社長
八木晋介(2021年就任)2021年〜現任2021年就任6年現任生え抜き代表取締役社長1985年4月に入社し、36年後の2021年4月に社長へ就任した生え抜きである。2016年4月に執行役員、2018年4月に常務執行役員、2020年4月に専務執行役員へ進み、同年6月に取締役を兼ねた。株式は信託銀行が上位を占め、2015年3月期の大株主は日本マスタートラスト信託銀行9.55%、日本トラスティ・サービス信託銀行7.29%の順で、取引先持株会2.55%と従業員持株会1.71%も名を連ねる。創業家も親会社も持たない会社である。

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