四国化成HDの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

レーヨン会社とのつながりを足場に、品目を一つずつ足してきた会社である。1949年に東邦レーヨンの資本参加で販路を固め、1956年12月にはレーヨンの工程から回収した結晶芒硝を精製する中性無水芒硝の企業化を決めた。1961年にはCMCを起こし、同年8月に水硫化ソーダの徳島第二工場に着工して、帝人・日清紡績・百十四銀行の資本参加を得た。1962年10月に東証二部へ上場し、1964年には塩素化シアヌル酸で国内初の企業化に進出した。需要家を株主に迎えて資金と販路を確保し、その上で無機薬品から有機薬品へ品目を広げた。

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