バブル崩壊を先読みした先見の明、という評し方は、この判断を単純にしすぎる。1991年3月期の売上は過去最高の3147億円で、丹野毅社長が動いた根拠は景気の予測ではなく、2年間で150億円ふくらんで870億円に達した固定費と、経営企画部が出した来期赤字転落の見通しであった。外の環境が悪くなる前に社内の計数が異変を告げ、その報告を好況のさなかに額面どおり受け取ったところに、この決断の核心があると推察される。
もっとも、改革の射程は広くなかった。俎上に載った42の製品群は当時の売上高の10%前後にすぎず、事業部門ごと撤退する選択はこの時点では取られていない。住宅設備機器の事業を売却するには2008年まで要した。それでも、欧風システムキッチンや平面アンテナを打ち切る一方、赤字続きの合併浄化槽は残して小型化で主力製品に育てている。切る基準を数字で示し、残す判断も同じ基準の上で下したことに、後年の事業入れ替えへつながる型がうかがえる。