名鉄グループ新中期経営計画と不採算事業整理(2003年・名古屋鉄道の決断)

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論点多角化した事業をどこまで縮小するか
名古屋鉄道:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
赤字の観光・流通子会社からの撤退と損失の一括計上による財務再建

何をなぜ決めたか:赤字の観光・流通子会社からの撤退と損失の一括計上による財務再建

概要

2003年1月、名古屋鉄道は2003〜2005年度を期間とする「名鉄グループ新中期経営計画」を発表した。計画の主眼はグループの再構築に置かれた。決めたのは1999年6月に社長に就任した木村操氏である。木村操社長は運輸省で航空局次長を務めた後、1993年6月に名古屋鉄道の常務取締役となった経歴を持つ。

計画の発表と並行して、名古屋鉄道は赤字の子会社の整理を始めた。発表の2か月前の2002年11月末には、木曽川の舟下りを運営する子会社、日本ライン観光の清算を決めている。2003年1月には、前年10月に不動産部門と金融部門を切り出した名鉄総合企業を解散し、3月に清算を終えた。

背景

名古屋鉄道は鉄道を中心に、観光・レジャーや流通の事業を子会社で営んできた。日本ライン観光も、名鉄が1950年3月に創業した会社である。その舟下りの利用客は1992年の年間32万人から1994年に15万人へ減少し、2002年には約6万5,000人まで減少した。自動車の普及で、鉄道と観光施設を組み合わせて集客する効果も見込めなくなっていた。

悪化は決算にも出ていた。2002年9月の中間決算で、レジャー事業部門は約30億円の連結営業赤字を計上した。2002年3月期の連結営業収益は8,038億円あったが、当期純利益は2億円にとどまった。総資産1兆3,426億円に対して純資産は1,773億円で、自己資本比率は13.2%だった。

内容

計画の初年度にあたる2003年3月期、名古屋鉄道は当期純損失473億円を計上した。純資産は前期の1,773億円から1,278億円に減少し、自己資本比率は9.9%まで下がった。損失の出る年に整理をまとめて進め、翌2004年3月期には当期純利益209億円に戻している。

整理は子会社だけでなく、名古屋鉄道本体の事業にも及んだ。2004年2月に名鉄百貨店を簡易株式交換で完全子会社とし、同社は名古屋証券取引所の上場を廃止した。2004年10月には自社の自動車事業部門を、同年5月に設立した名鉄バスへ営業譲渡した。この分社化に伴い、2005年3月期に退職金関連費用3,828百万円を計上している。2005年4月には、岐阜地区の揖斐線・岐阜市内線・美濃町線・田神線の計36.6km、41駅を廃止した。

含意

整理は1回では終わらなかった。2005年3月期、名古屋鉄道は再び当期純損失59億円を計上した。この期の減損損失は全セグメントで298億円にのぼり、うちレジャー・サービス事業が122億円を占めた。計画が終わった2006年3月期には当期純利益132億円、自己資本比率16.3%まで戻し、連結従業員数は2002年3月期の42,412人から35,281人に減少した。

撤退した事業がすべて消えたわけではない。日本ライン下りは、犬山市と各務原市の経営者20人が出資した木曽川観光が2003年4月に設立されて引き継いだ。一方で名古屋鉄道の規模は戻らず、営業収益は2013年3月期に6,098億円まで縮んだ。同じ期の自己資本比率は19.7%まで上がっている。

いつ何が起きたか12件
考察:赤字の年にまとめて整理する
考察

考察:赤字の年にまとめて整理する

なぜ2003年に整理をまとめたのか。2002年3月期の当期純利益は2億円しかなく、レジャー事業部門は中間期だけで約30億円の営業赤字を計上していた。子会社を1社ずつ整理していけば、毎期の利益は保てたはずである。それでも名古屋鉄道は、中期経営計画の初年度に473億円の当期純損失を計上した。損失を一度に処理すれば、残りの2年は黒字の体制で計画を進められる。木村操社長はそう判断したと思われる。

もっとも、この整理は地元の事業から撤退することでもあった。日本ライン観光は、名鉄が1950年に創業して半世紀以上運営してきた会社である。解散の後、舟下りを残したのは犬山市と各務原市の経営者20人の出資だった。鉄道会社が沿線の観光を担う役割と、赤字を止める必要は、ここで正面から衝突した。整理の対象が地元に関わる事業へ及ぶほど、名古屋鉄道は地域との関係を保つ負担も抱えたとみられる。

結果は部分的な成功である。財務は立て直った。自己資本比率は2003年3月期の9.9%から、2013年3月期には19.7%まで上がった。2006年3月期の当期純利益は132億円で、その後も黒字が続いた。しかし、整理は1回では終わらず、2005年3月期にも減損で再び赤字を計上した。営業収益も2013年3月期には6,098億円まで縮み、事業の規模は戻っていない。名古屋鉄道は、損失をまとめて処理して利益と財務を守ったが、成長は後の時代に残した。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
数字で見る2表

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図と表

名古屋鉄道:連結の営業収益と損益の推移

営業収益(百万円)経常利益率(%)

当期純損失は2003年3月期の47,385が底で、2006年3月期から黒字が続いた

名古屋鉄道:連結の営業収益と損益の推移
(百万円)営業収益経常利益当期純利益備考
2002年3月期803,81419,194231当期純利益は2億円まで減少していた
2003年3月期798,92623,870△47,3851月に新中期経営計画を発表。当期純損失47,385を計上
2004年3月期783,54827,72020,914名鉄百貨店を2月に完全子会社化
2005年3月期790,82828,543△5,859減損損失29,889を計上し再び純損失。自動車事業を分社化
2006年3月期740,27631,14113,219中期経営計画の最終年度
2007年3月期696,92730,11812,865
2008年3月期710,93727,89412,426
出所:名古屋鉄道 有価証券報告書 第142期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】 / 名古屋鉄道 有価証券報告書 第144期(2008年3月期)【主要な経営指標等の推移】
出所:名古屋鉄道 有価証券報告書 第142期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】 / 名古屋鉄道 有価証券報告書 第144期(2008年3月期)【主要な経営指標等の推移】

名古屋鉄道:連結従業員数の推移

連結従業員数(人)
名古屋鉄道:連結従業員数の推移
(人)連結従業員数臨時従業員数備考
2002年3月期42,4128,769
2003年3月期41,1119,944
2004年3月期39,1299,958
2005年3月期37,4919,991
2006年3月期35,2818,724ストア事業・百貨店業からの撤退などで減少
2007年3月期35,2577,868
2008年3月期34,4028,101
出所:名古屋鉄道 有価証券報告書 第142期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】【従業員の状況】 / 名古屋鉄道 有価証券報告書 第144期(2008年3月期)【主要な経営指標等の推移】
出所:名古屋鉄道 有価証券報告書 第142期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】【従業員の状況】 / 名古屋鉄道 有価証券報告書 第144期(2008年3月期)【主要な経営指標等の推移】
参考文献

参考文献

参考
  • 日経ビジネス 2003年2月24日号(日経BP社)
  • 日経ビジネス 2003年12月22日・29日号(日経BP社)
  • 名古屋鉄道 有価証券報告書「第142期(2006年3月期)」
  • 名古屋鉄道 有価証券報告書「第144期(2008年3月期)【主要な経営指標等の推移】」
  • 名古屋鉄道 有価証券報告書「第149期(2013年3月期)【主要な経営指標等の推移】」

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