名古屋鉄道の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

合併で集めた事業を、1990年代からは順に切り離してきた。1961年から1971年まで社長を務めた土川元夫氏は、鉄道の需要は自ら作るという考えのもとで輸送・不動産・レジャーを連ねるグループ経営を築いた。1965年に博物館明治村を開村し、1967年には新名古屋駅に当時東洋一とされた名鉄バスターミナルビルを建てている。ところがバブル崩壊で採算が悪化すると、1999年6月に不採算路線と多角化事業を見直して分社化し、全国へ広げた鉄道・バス・観光の事業網を中京圏へ引き戻した。2010年代は有利子負債の圧縮を優先し、成長投資へ転じたのは2018年である。整理に費やした20年が、名古屋駅地区の再開発へ向かえる財務を作った。

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