東海旅客鉄道私鉄型の多角化を後追いしない選択 ── 名古屋圏の集客力という制約
駅の乗車人数で東京に及ばない会社は、なぜ非鉄道事業の拡大を選ばなかったのか
- 概要
- 2001年、完全民営化を前にJR東日本が駅の集客力を活かした非鉄道事業の強化を打ち出すなか、東海旅客鉄道(JR東海)が同じ道を追わず、鉄道事業そのものへ資源を集中する方針をとった経営判断。葛西敬之社長は「私鉄型の関連事業は後追いしない」と述べ、駅にデパートやホテルを置く生活密着型の事業は生活様式や設備の変化で陳腐化すると説明した。
- 背景
- 1999年度の1日平均乗車人数はJR東日本に10万人以上の駅が32あり、新宿75万人、池袋57万人を数えたのに対し、JR東海で最大の名古屋駅は16万人にとどまった。JR東日本の営業圏で成り立つ駅ビル型のビジネスモデルは、名古屋圏を地盤とするJR東海では同じようには成立しなかった。
- 内容
- JR東海は関連事業を鉄道がアドバンテージになる事業と、鉄道が生んだ技術を別分野で使う事業の二つに分けて捉え、前者を後追いしない立場をとった。名古屋駅のセントラルタワーズは私鉄型の事業にあたるが、名古屋の一等地という条件から例外と位置づけ、百貨店・ホテル・賃貸のいずれも開業初年度から黒字を確保した。
- 含意
- 関連事業を広げない選択は、収益を東海道新幹線へ集中させる構造を固定した。2006年3月期の運輸業セグメント利益3271億円は連結営業利益の約94%を占め、2019年3月期も運輸業6648億円が約94%と比率は変わらなかった。この一極集中は高い利益率を生む一方、2020年からのコロナ禍では発足以来初の純損失として弱さが表れた。
背景
駅の乗車人数という埋めがたい差
完全民営化を見越したJR東日本は2000年11月に中期計画を発表し、駅の集客力を活かした物販・ホテル・賃貸など非鉄道事業の強化を打ち出した。同じ道をJR東海が採れるかは、営業地盤の条件に左右された。1999年度の1日平均乗車人数を見ると、JR東日本には10万人以上の駅が32あり、新宿は75万人、池袋は57万人を数えた[1][2]。
これに対し、JR東海で最大の名古屋駅は16万人にとどまり、JR東日本であれば13位の有楽町駅並みの水準だった。静岡駅6.3万人、金山駅4.6万人と続く駅も、JR東日本の順位でいえば60位前後、90位前後にすぎない。集客密度の高い駅では駅ビルを建てるだけで物販や賃貸の事業が成り立つが、JR東海の営業圏ではその前提が働かなかった[3][4]。
内容
関連事業を二つに分けて考える
葛西敬之社長は関連事業を二とおりに分けて捉えていた。一つは鉄道がアドバンテージになる事業で、駅にデパートやホテルを置き、沿線に住宅や遊園地を作る私鉄型の関連事業にあたる。もう一つは鉄道が生んだハードやソフトの技術を、鉄道とは独立した分野で活用する事業である。葛西社長は前者について「私鉄型の関連事業は後追いしない[6]」と述べた[5]。
後追いしない理由として挙げたのは陳腐化の速さだった。生活密着型で駅に各種の施設を作る関連事業は、生活パターンが変わったり設備が古くなったりしただけで価値を失う。私鉄系のデパートや遊園地の経営が傾いた事例をその証左として示した。名古屋駅のセントラルタワーズも私鉄型の事業にあたるが、名古屋の一等地でほかに代わりがないため当分は成り立つとみていた[7][8]。
含意
固定された一極集中の収益構造
名古屋駅の複合施設は例外として成果を上げた。1999年12月にJRセントラルタワーズが竣工し、2000年3月にジェイアール名古屋タカシマヤ、5月に名古屋マリオットアソシアホテルが開業して、百貨店・ホテル・賃貸のいずれも開業初年度から黒字を確保した。ただしこれは名古屋の一等地という条件に支えられたもので、同じ形を各地へ広げる展開は採られなかった[9][10]。
関連事業を広げない選択は、収益を東海道新幹線へ集中させる構造を固定した。2006年3月期の運輸業セグメント利益3271億円は連結営業利益の約94%を占め、この比率は2019年3月期の運輸業6648億円でも約94%と変わらなかった。高い利益率を生む構造である一方、需要が消えれば固定費が損益へ直結する脆さを併せ持ち、その弱さは2020年からのコロナ禍で表面化した[11][12]。
- 週刊東洋経済 2001年5月12日号「[特集]ドラマチック名古屋2001 JR東海完全民営化後の試練と課題 関連事業拡大より、鉄道への資源集中がカギ」
- 東海旅客鉄道 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
- 東海旅客鉄道 有価証券報告書(2006年3月期)
- 東海旅客鉄道 有価証券報告書(2019年3月期)