タダノ事業領域のLE(移動機能付き抗重力・空間作業機械)への限定と、多角化の不採用

逃げ場を持たない専業でいくか、製品の幅で不況を吸収するか——三度の当期損失のあとに引いた事業の外周

時期 2008年1月
意思決定者(推定) 多田野宏一 社長
論点 事業領域の定義と多角化の可否
概要
2008年、タダノが事業領域をLE(Lifting Equipment=移動機能付き抗重力・空間作業機械)と定義し、吊る・持ち上げる・高い所で作業する移動できる機械に事業を限ると明文化した経営判断。多角化で需要の振れを吸収する道を採らず、一つの分野で世界一を目指す方針を掲げた。
背景
1998年度・1999年度・2001年度と三度の当期損失を出し、そのつど人員整理を行っていた。国内建設投資の縮小がそのまま業績に響く構造を経験したうえで、幅を広げて凌ぐか、狭いまま世界へ出るかの選択が残った。
内容
多田野宏一社長は統合報告書で「LE以外の事業を営む選択肢もあったのかもしれませんが」と書き、あえてLEを事業領域と定めたうえで、LE世界No.1・海外売上高比率80%・平時の営業利益率20%以上という長期目標を掲げた。同じ2008年には千葉工場を新設し、米スパンデックInc.を買収してクローラクレーンの足がかりも得ている。
含意
2010年度・2016年度・2020年度と需要が振れるたびに業績は落ち、専業の代償が同じ数字に出た。他方でデマーグ、マニテックス、IHI運搬機械の運搬システム事業と、欠けた製品を買って埋める行為が続き、外周そのものも押し広げられている。
筆者の見解

線を引いた側が、線に縛られる

「LE以外の事業を営む選択肢もあったのかもしれませんが」という一文には、選ばなかった道を自ら書き残す律儀さがある。三度の当期損失と119人の退職を経た会社が、幅を広げて振れを吸収する常道ではなく、狭いまま世界一を目指す方を採った。この選択の実質は、業績が落ちたときに他の事業へ資金を逃がす操作を、あらかじめ自分に禁じたことにあった。欠けている製品は自力で作るか、持っている会社を買うしかない——2008年の定義は、その後の投資の形まで決めていたとみることができる。

代償は隠されていない。2010年度に売上高898億円・当期純損失67億円、2016年度に営業利益184億円、2020年度に当期純損失130億円と、需要が一方向へ振れるたび数字が沈んだ。しかも線そのものが動いている。2025年に取り込んだ運搬システム事業には、移動しない固定式のクレーンが含まれる。定義に忠実であろうとして品揃えを買い足すうちに、定義の側が書き換えられていく。外周を自社の言葉で引いた会社の強みと危うさは、同じところにあるといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

上場来初の赤字と、三度の人員整理

1998年10月、週刊東洋経済の「会社四季報」最新情報はタダノについて、主力のクレーンが大苦戦し稼働率が悪化して上期は営業黒字も微妙、緊急経費削減に着手したと伝えた。翌1999年4月には上場来初の赤字転落が報じられ、選択定年制の拡充で119人が退職して経費が10億円減ったと記されている。期末の押し込み販売を断念した結果でもあった。損失は1998年度、1999年度、2001年度と三度に及んだ[1][2][3]

需要の細り方には構造があった。クレーンの平均寿命は約30年と長く、工事が減れば手持ちの機械で足りてしまう。レンタル会社の稼働率が落ちれば新車の発注がまず止まる。売り方にも手を入れ、2000年4月には車両搭載型クレーンの販売子会社13社を一度に解散して、本体と代理店で売る形へ改めた。地域ごとに販売会社を置く方式は、好況期の強みが不況期には固定費として残った[4][5]

忘れてはいけない三つの出来事

20年後の統合報告書で、多田野宏一社長は社員に伝える「絶対に忘れてはいけない3つの重要な出来事」の一つ目に、1998年から2002年にかけての3回の人員整理を挙げている。残る二つは2004年のリコールと、過去4件の労災死亡事故であった。以後この会社は「人材」を「人財」と書くようになる。不況期の損失を景気の波として片づけず、自社の備えの問題として社内に語り継いだ形跡がそこにある[6]

備えの問い直しは製品の安全にも及んだ。2004年12月に自社最大となる8型式16機種15,278台のリコールを届け出て、2005年からCSRの推進を本格化し、2006年1月にCSR憲章を定めている。人員整理とリコールという二つの出来事が続いた数年のあとに、自分たちは何を作る会社なのかを言い直す作業が置かれたとみられる。事業を絞るか広げるかの判断は、その延長で下された[7]

決断

自社造語で事業の外周を引く

2008年、タダノは事業領域をLE(Lifting Equipment)と定義した。日本語では「移動機能付き抗重力・空間作業機械」と置いている。吊る、持ち上げる、高い所で作業する、そして移動できる——この四つの条件を満たす機械だけを事業とする、という宣言であった。多角化で不況を凌ぐ道は採らず、一つの分野で世界一を目指す道を選んだ。事業の外周を他社との比較でも市場区分でもなく、自社の言葉で引いた点にこの定義の性格が表れている[8]

定義には目標が伴った。多田野宏一社長は統合報告書で「LE以外の事業を営む選択肢もあったのかもしれませんが」と書き、あえてLEを事業領域と定めたうえで、LE世界No.1、海外売上高比率80%、平時の営業利益率20%以上を目指すと述べている。専業に徹すると決めることは、次の不況でも逃げ場を作らないと決めることでもあった。三度の損失を経た会社が選んだのは、振れを吸収する幅ではなく、狭いまま外へ出る道であった[9]

定義した年に、工場と買収が並んだ

定義は文言だけで終わらなかった。同じ2008年11月に千葉市若葉区へ千葉工場を新設し、12月には米国のスパンデックInc.(現タダノ・マンティスCorp.)を買収してクローラクレーンの足がかりを得ている。前年7月には香川県多度津町に多度津工場を建てていた。外周を引く作業と、その内側に設備と製品を足す作業が同じ時期に進んだ。以後の投資は、この線の内か外かで説明できる形になった[10]

狭い領域で世界一を目指すなら、シェアの取り方も限られる。世界シェアは2007年に14%であった。多田野宏一社長は後年、価格を下げてシェアを取る発想はないと述べ、商品力・品質・部品供給を含めたサービス力・中古車の価値向上という「4拍子そろった会社」を目指すと語っている。クレーンは寿命が長く海外で二次使用されるため、この四つはつながっているという説明であった。値引きを手段から外せば、残るのは製品と地域を増やす道になる[11]

結果

逃げ場のなさは、そのつど数字に出た

定義から2年で試された。リーマンショック後の2009年から2010年にかけて建設用クレーンの世界需要は半減し、2010年度の連結売上高は898億円、営業損失37億円、当期純損失67億円となった。当時として過去最大の赤字である。多田野宏一社長は後年、このとき「会社というのは簡単に赤字になってしまうものだな」と痛感したと書いている。需要が一方向へ振れたとき、受け止める別の事業をこの会社は持っていなかった[12][13][14]

それでも事業構成の見直しには進まなかった。中国の景気対策もあって需要は戻り、2015年度には連結売上高2,094億円・営業利益311億円と当時の最高を記録している。ところが原油価格の下落で北米と中東のプラント向けが細ると、翌2016年度は1,796億円・184億円まで落ちた。2020年度も営業損失42億円・当期純損失130億円を計上している。専業の代償は、好況の数字と不況の数字の落差にそのまま現れた[15][16]

外周の内側で製品を買い足し、外周そのものが動く

欠けている製品は、自力で作るか買って埋めるしかない。2019年のデマーグクレーン事業の取得で超大型機を加え、2025年1月には米国のマニテックス・インターナショナルInc.を約141億円で完全子会社化した。1株5.8ドルで、買収前の保有比率は14.5%であった。車両搭載型クレーンと高所作業車の海外展開を進める狙いで、いずれもLEの内側で品揃えを埋める行為として説明がつく[17][18]

2025年7月にはIHI運搬機械の運搬システム事業を取得し、タダノインフラソリューションズほか4社を子会社に加えた。氏家俊明社長は、日本の海洋資源開発に将来貢献するであろう洋上のクレーンや運搬機械の可能性に着目して買収したと述べている。移動しないクレーンを取り込んだことで、2008年に引いた線の位置は動いた。同期の連結売上高は3,494億円と過去最高であった[19][20][21]

出典・参考
  • タダノ 有価証券報告書【沿革】
  • タダノ 有価証券報告書(2008年3月期・連結)
  • タダノ 有価証券報告書(2011年3月期・連結)
  • タダノ 有価証券報告書(2017年3月期・連結)
  • タダノ 有価証券報告書(2021年3月期・連結)
  • タダノ 有価証券報告書(2025年12月期・連結)
  • タダノ 統合報告書2018
  • タダノ 統合報告書2021
  • タダノ 統合報告書2023
  • タダノ 統合報告書2026
  • 週刊東洋経済 1998年10月17日号「『会社四季報』最新情報」
  • 週刊東洋経済 1999年4月17日号「『会社四季報』最新情報」
  • 週刊東洋経済 2017年2月25日号「この人に聞く タダノ社長 多田野 宏一 「トランプ特需」に即対応 海外でM&Aも仕掛ける」
  • 日本経済新聞(2024年9月13日)「タダノ、米建設機械会社を買収 141億円で完全子会社化」

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