ITWとの提携解消(2002年・ニフコの決断) 更新:2026/07/22 論点 提携を解消し海外へ自ら販売するか ニフコ:業績の推移 売上高(億円)経常利益率(%) 提携の完全な解消と、扱い品目の主力15種への集約 何をなぜ決めたか:提携の完全な解消と、扱い品目の主力15種への集約 概要 2002年、ニフコは創業以来のITWとの提携を完全に解消した。あわせて缶飲料向け結束材を手がける合弁子会社ニフコ・ハイコーン・リーシングの譲渡を決め、数百種に及んでいた主力品目を15種へ統一する方針を定めた。 背景 1967年の合弁契約はニフコが売ってよい地域を日本・台湾・香港・韓国に限っていた。1990年代の国内自動車需要が伸びないなか、この枠のもとでは海外の自動車メーカーへ自ら売り込む道が開かなかった。 内容 提携解消と同時期に、スペインのアクリプラス・グループ4社の買収、台湾の合弁先の子会社化、タイでの新会社設立が続いた。合弁と現地パートナーに頼った海外拠点を、100%子会社に組み替えている。 含意 整理の費用は2004年3月期に表れ、経常利益101億円に対して当期純利益は6億円へ減少した。その後は2006年3月期に営業利益117億円、2008年3月期に売上高1,416億円・経常利益151億円まで伸び、自動車部品専業としての拡大が続いた。 いつ何が起きたか 8件 考察:借りた技術を返し、販売先を取り戻す 考察 考察:借りた技術を返し、販売先を取り戻す 1967年の合弁は、技術と引き換えに売り先の広さを差し出す取引であった。ニフコはその条件のもとで国内首位に立ち、東証一部にも上場している。制約が費用として意識されたのは、国内の自動車需要が伸びなくなってからであり、1996年の異業種買収も、売り先を広げられない会社が国内で別の収益を探した結果にあたる。提携の解消は、多角化とは逆向きに、本業の売り先そのものを取り戻す手であった。 解いた側が払った対価は、缶飲料向けの包装事業と、数百種に及んだ品目の大半である。2013年4月にニフコが買収したドイツKTSの納入先は、フォルクスワーゲン・BMW・ダイムラーであった。1979年の契約では、いずれもニフコが自ら売りに行けない土地の顧客であった。 Yutaka Sugiura, 2026年7月 参考文献 参考文献 参考証券アナリストジャーナル 1979年8月号(17巻8号)小笠原敏晶講演日経ビジネス 1978年5月8日号ニフコ 有価証券報告書(連結)ニフコ 有価証券報告書【沿革】ニフコ 有価証券報告書(役員の状況) 次に読む決断 ニフコの意思決定1967年ニフコニフコ米ITWとの合弁設立日英物産との出資による日本工業ファスナーの立ち上げ1967年1996年ニフコニフコジャパンタイムズの取得シモンズを併せた取得で進めた、資本負担の軽い事業の多角化1996年同じ問い:グローバル経営1999年ANAHDANAHDスターアライアンスへ加盟世界最大の航空連合への参加と「選択と集中」による経営再建1999年2008年タダノタダノLE事業への限定移動機能付き抗重力・空間作業機械への事業領域の集中と、多角化の不採用2008年1993年第一製薬第一製薬クラビットの発売タリビッドのL体だけを製品にした後継の抗菌剤と、原薬輸出と導出による海外展開1993年2014年資生堂資生堂魚谷雅彦氏が社長就任外部のプロ経営者に経営を委ねる決断と、「VISION 2020」の始動2014年2023年荏原製作所荏原製作所E-Plan2025策定対面市場別5カンパニー制への移行と、成長事業・基盤事業の区分2023年 × 出所