ニフコITWとの提携完全解消と主力品目15種への絞り込み
極東の枠を抱えたまま多角化するか、提携を解いて自動車部品に集中するか
- 概要
- 2002年、ニフコは創業以来のITWとの提携を完全に解消した。あわせて缶飲料向け結束材を手がける合弁子会社ニフコ・ハイコーン・リーシングの譲渡を決め、数百種に及んでいた主力品目を15種へ統一する方針を定めた。
- 背景
- 1967年の合弁契約はニフコが売ってよい地域を日本・台湾・香港・韓国に限っていた。1990年代の国内自動車需要が伸びないなか、この枠のもとでは海外の自動車メーカーへ自ら売り込む道が開かなかった。
- 内容
- 提携解消と同時期に、スペインのアクリプラス・グループ4社の買収、台湾の合弁先の子会社化、タイでの新会社設立が続いた。合弁と現地パートナーに頼った海外拠点を、100%子会社に組み替えている。
- 含意
- 整理の費用は2004年3月期に表れ、経常利益101億円に対して当期純利益は6億円へ落ちた。その後は2006年3月期に営業利益117億円、2008年3月期に売上高1,416億円・経常利益151億円まで伸び、自動車部品専業としての拡大が続いた。
借りた技術を返し、売り先を取り戻す
1967年の合弁は、技術と引き換えに売り先の広さを差し出す取引であった。ニフコはその条件のもとで国内首位に立ち、東証一部にも上場している。制約が費用として意識されたのは、国内の自動車需要が伸びなくなってからであり、1996年の異業種買収も、売り先を広げられない会社が国内で別の収益を探した結果にあたる。提携の解消は、多角化とは逆向きに、本業の売り先そのものを取り戻す手であった。
解いた側が払った対価は、缶飲料向けの包装事業と、数百種に及んだ品目の大半である。かつて「5年後には新分野だけで年商80億円」と語られた多角化の系譜は、ここで自動車部品への集約に置き換わった。2013年4月にニフコが買収したドイツKTSの納入先は、フォルクスワーゲン・BMW・ダイムラーであった。1979年の契約では、いずれもニフコが自ら売りに行けない土地の顧客であった。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
契約が引いた線と、その内側の成長
ニフコの海外事業は、創業時の契約が引いた線の内側で組み立てられてきた。1979年の講演で小笠原敏晶社長が挙げた販売可能な地域は日本・台湾・香港・韓国で、ITWが進出していないインドネシア・マレーシア・インドが潜在的な候補として続くにとどまる。欧州や北米の自動車メーカーに自ら売り込む道は、契約の外にあった[1]。
それでも資本の側では距離が縮んでいた。1986年にITWとの資本関係が解かれ、1996年4月には米国オハイオ州へ自前の子会社Nifco U.S. Corporationを設けている。1997年12月には米国の合弁ITW-Nifco Inc.の株式を取得し、Nifco U.S. Corporationを存続会社として合併した。米国での持ち分の整理は、提携そのものの見直しに先立って進んでいた[2]。
増えすぎた品目と、社長の交代
製品の数は創業期から膨らみ続けていた。1979年の講演で小笠原社長は製品が2,500種におよぶと述べ、その9割近くは自動車・テレビ・冷蔵庫の内部にあって人目に触れないと説明している。1978年時点で成形金型は約2,000種類を数えた。顧客ごとに設計する受注生産の型が、そのまま品目数の増加として蓄積されていた[3][4]。
2001年、創業者の小笠原敏晶氏が社長を退いて会長となり、渡辺隆治氏が社長に就いた。設立から34年、事業の輪郭を一人で決めてきた創業者が執行の座を離れる。契約の解消も品目の整理も、創業者が自ら結んだ取り決めと自ら広げた品揃えに手を入れる作業であり、代替わりの直後に着手された[5]。
決断
提携の解消と缶飲料向け事業の切り離し
2002年、ニフコはITWとの提携を完全に解消した。1967年の設立から35年にわたって続いた、技術の借り受けと販売地域の制限をひとまとめにした関係の終わりであった。あわせて、缶飲料向けの樹脂製結束材を手がける子会社ニフコ・ハイコーン・リーシングの譲渡を決めている。同社はニフコが60%を出資するITWとの合弁で、提携の解消がそのまま事業の切り離しにつながった[6]。
手放した缶飲料向けの事業は、かつて多角化の柱として期待された商材であった。1978年、ニフコは省資源の包装資材としてハイコーンを米国から輸入し、北海道と中京のコカ・コーラボトリングに食い込んで国内生産を計画する。1979年の講演でも、米国で缶入りビールの95%・清涼飲料の70%以上に使われている実績を挙げ、大量販売用の包装として伸びると見込んでいた。その読みは四半世紀を経て切り離しの対象へ転じた[7][8]。
15種への統一と、海外拠点の組み替え
品目の側では、主力製品を数百種類から15種類に統一する方針が定められた。1979年に2,500種を数えた製品群を、自動車の内装と機能部品を中心とする少数の型へ寄せる作業である。顧客の求めに応じて品目を増やしてきた受注生産の会社が、売る物を先に決めて顧客に合わせてもらう方向へ組み替えを図った[9]。
海外の子会社も同時に組み替えられた。2001年4月にスペインのアクリプラス・グループ4社を買収してNifco Products Espana, S.L.U.とし、2002年6月には台湾の合弁会社・台湾扣具工業の株式を買い増して子会社に、2002年7月にはタイ・チョンブリ県へNifco (Thailand) Co., Ltd.を設立した。合弁と現地パートナーに依存した拠点網が、100%子会社による直接運営へ寄せられていく[10]。
結果
整理の費用と、その後の伸び
整理の費用は決算に表れた。2004年3月期の連結売上高は1,110億円、経常利益は101億円と前期の85億円から増えた一方、当期純利益は前期の45億円から6億円へ落ちる。子会社の売却などに伴う特別損益が利益を削った期であった。品目と子会社を減らす作業が、単年度の利益で見れば明確な負担であったことが数字に残っている[11]。
伸びはその後に来た。連結売上高は2006年3月期に1,234億円・営業利益117億円、2007年3月期に1,316億円・営業利益137億円、2008年3月期には1,416億円・営業利益146億円・経常利益151億円へ達する。当期純利益も2008年3月期に99億円まで戻った。売上高営業利益率は10%台に乗り、自動車部品に絞った収益構造が定着した[12][13]。
制約が外れたあとの11年
提携の解消から11年後の2013年4月、ニフコはドイツのKTS社とそのグループ会社を買収した。フォルクスワーゲン・BMW・ダイムラーといった独系メーカーへの納入を得る買収であり、連結売上高は2014年3月期の1,852億円から2015年3月期2,254億円へ22%増える。営業利益は210億円と初めて200億円台に乗り、2016年3月期には売上高2,657億円・営業利益276億円へ達した[14]。
集中の効果は利益率に残った。2025年3月期の連結売上高は3,530億円、営業利益492億円、営業利益率13.9%で、経常利益521億円・当期純利益448億円はいずれも過去最高となる。中期経営計画ではROE12〜14%・ROIC18〜20%・総還元性向45%以上を掲げ、規模より資本の効率を測る指標が目標の中心に置かれた。品目を絞った会社が、投じた資本あたりの稼ぎで評価される段階に入っている[15][16]。
- 証券アナリストジャーナル 1979年8月号(17巻8号)小笠原敏晶講演「ニフコ/ユーザーのニーズに積極対応」
- 日経ビジネス 1978年5月8日号「ニフコ『技術とアイデアで食べてる会社』」
- 週刊東洋経済 2008年4月19日号「長老の智慧 その2 小笠原敏晶 お客が7割儲けてうちが3割 このくらいがちょうどいい」
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