外部プロ経営者・魚谷雅彦氏の招聘と「VISION 2020」

生え抜きの老舗はなぜ初めて外からトップを迎え、1兆円企業への到達は何を積み残したか

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時期 2014年4月
意思決定者 魚谷雅彦 資生堂 社長CEO
論点 経営体制と構造改革
概要
2014年4月、資生堂が、日本コカ・コーラ社長などを務めた魚谷雅彦氏を創業以来初の社外出身社長に据え、同年12月に中長期戦略「VISION 2020」を策定して、ブランド投資への集中・地域本社制・社内公用語の英語化を柱とする構造改革に踏み込んだ経営判断。招聘は前田新造会長が主導した。
背景
2000年代後半以降、国内偏重と多ブランドへの分散で成長が鈍り、2013年3月期には連結最終赤字に沈んでいた。同年3月の会長の社長復帰という異例の人事を機に、前田新造会長は外部のマーケターである魚谷氏を招き入れた。
内容
魚谷氏はマーケティング投資を2015〜2017年度で累計1000億円超増やし、業績が計画に届かなくても広告宣伝費は削らないと宣言した。「ブランド軸」と「地域軸」のマトリクス組織とリージョナルヘッドクォーター制を敷き、プレステージ領域とグローバル展開へ資源を寄せた。
含意
2019年12月期に連結売上高は初めて1兆円を超え、営業利益は過去最高の1138億円に達した。ただし利益の多くを中国とトラベルリテール(免税)に負う構造が生まれ、コロナ後の急落と過去最大級の赤字(turnaround-2025)の伏線となった。
筆者の見解

外から来た変化の、その先

魚谷雅彦氏の招聘は、生え抜きの論理で回ってきた老舗が、外の視点に経営を委ねる思い切った選択であった。マーケティングの発想で投資を絞らずに攻め、社内の言葉づかいから組織のかたちまで作り替えて、資生堂を国内の盟主から世界で戦うブランド企業へと押し上げた——その成果は、2019年の1兆円という数字に一度は結実したとみることができる。停滞した老舗にあっても、外部の経営者が変化を起こし得ることを、この時期の資生堂は示していた。

ただ、その1兆円がどのように稼がれたかは、あわせて見ておく必要がある。利益の多くを中国と免税に負う成長は、地政学や感染症といった自らの手に負えない要因へ業績を委ねることでもあった。攻めの投資がいったん実を結んだときに、その果実が特定の市場へ偏っていたという事実は、コロナ後の急落と過去最大級の赤字(turnaround-2025)へ尾を引いていく。外から来た経営者が起こした変化を、どこまで持続する強さへ変えられたのか——魚谷体制の到達と限界は、いまも資生堂の問いとして残っているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

国内偏重と成長の頭打ち

資生堂は長く国内化粧品の盟主であったが、2000年代後半には市場の成熟と競合の攻勢でシェアが低下し、数多くのブランドへ資源が分散したまま成長が頭打ちになっていた。海外の比率も伸びきらず、収益は国内に偏っていた。2013年3月期には減損などが重なって、親会社株主に帰属する当期純損益は146億円の赤字に沈み、立て直しの舵取りが急務になっていた[1]

同じ2013年3月、資生堂は末川久幸社長が退き、会長であった前田新造氏が社長を兼務して復帰するという異例の人事に踏み切った。いったん会長へ退いたトップが再び社長へ戻る布陣は社内外に動揺を与え、日本経済新聞のコラムはこの人事に企業イメージ上の矛盾を指摘した。前田氏はこの人事を、外部から経営者を招く決断への転機とした[2]

マーケター魚谷雅彦氏の招聘

前田新造会長が白羽の矢を立てた魚谷雅彦氏は、ライオン、日本コカ・コーラ、NTTドコモを渡り歩いたマーケティングの専門家で、日本コカ・コーラ社長時代には缶コーヒー「ジョージア」などのヒットを主導した実績を持っていた。資生堂は2013年、まず魚谷氏をマーケティング統括顧問として迎え、消費者を第一に考える発想を経営へ持ち込ませた。生え抜きを重んじてきた老舗にとって、外部の専門家を経営の中枢へ据える布石であった[3][4]

決断

創業以来初の社外出身トップ

2014年4月、魚谷雅彦氏は資生堂の社長に就いた。1872年の創業以来、経営の頂点は創業家か生え抜きが占めてきた老舗にとって、外部から迎えた人物がトップに立つのは初めてのことであった。前田新造会長との二人三脚で船出した新体制は、国内の販売立て直しに追われる守りの経営から、世界で戦えるブランド企業へ脱皮することを掲げた[5]

同年12月、魚谷社長は中長期戦略「VISION 2020」を打ち出した。2020年度に売上高1兆円超・営業利益1000億円超・ROE12%以上を掲げ、2015〜2017年度にマーケティング投資を累計1000億円超増やす計画を据えた。業績が計画どおりに運ばなくても広告宣伝費は削らないと言い切り、費用削減が販売の縮小を招く悪循環を断とうとした[6][7]

地域本社制と「人ありき」の経営

VISION 2020は組織のかたちも組み替えた。「ブランド軸」と「地域軸」を掛け合わせるマトリクス運営を敷き、地域ごとに意思決定を担うリージョナルヘッドクォーター制(地域本社制)を導入して、商品開発と販売の判断を市場の近くへ移した。プレステージ(高価格帯)とグローバル展開へ資源を寄せ、分散したブランドの整理を進めた[8]

魚谷社長は改革の土台に人を置いた。本社機能の国際化を進め、2017年には東京本社で会議資料やプレゼンを英語へ切り替える公用語化を宣言し、外国籍人材の登用と多様性を経営の柱に据えた。後年、魚谷氏は自らの経営観を「資生堂の事業は"人"がすべてである」と語っている。制度や数値目標を整える前に、まず担い手の意識を変えることを改革の第一歩に置いていたことがうかがえる[9][10]

結果

売上1兆円と過去最高益

改革は数字となって表れた。2019年12月期、資生堂の連結売上高は1兆1315億円と初めて1兆円を超え、営業利益は1138億円と過去最高を記録した。2015年当時に約7000億円だった売上を、VISION 2020が掲げた1兆円へと目標より前倒しで届かせた。マーケティング投資を絞らずに攻め続けた賭けは、いったんは成果として結実したとみることができる[11][12]

ただし1兆円の中身には偏りがあった。成長を牽引したのは中国と、空港免税店などのトラベルリテール(免税)で、資生堂は日本・中国・トラベルリテールを一つの市場とみなし、中国の顧客を軸にアジア全域で高価格帯ブランドを売り込んだ。トラベルリテール事業は2019年に前年比16.6%増の1022億円と初めて1000億円を超え、高価格帯の伸びが利益を押し上げた。成長の源泉が特定の地域と客層へ集中する構造が、この時期に固まった[13]

コロナ後の急落

集中の裏返しは、外部環境が揺れたときに一気に表れた。2019年には韓国での日本製品不買や香港のデモがアジアの売れ行きを鈍らせ、翌2020年には新型コロナウイルスの感染拡大が国内外の化粧品販売と、頼みの綱だった訪日・免税需要を直撃した。2020年12月期、資生堂は8期ぶりの連結最終赤字に転落し、営業利益も150億円へ急落した。翌年には日用品のパーソナルケア事業を手放して高価格帯へさらに絞り込んでいく。魚谷体制が築いた1兆円企業は、その到達とほぼ同時に構造の弱さを露わにした[14][15][16]

出典・参考