- 創業
- 1872年、福原有信氏が東京・銀座に洋風調剤の資生堂薬局を開いた。ただし有信氏は1924年に没しており、社長には就いていない。1927年の株式会社化で三男の福原信三氏が初代社長となり、以後は福原信和氏・福原義春氏と創業家が断続的にトップへ戻った。創業家の社長は1997年に福原義春氏が退いて途切れている。
- 登用
- 直近20年のトップは前田新造氏・末川久幸氏・魚谷雅彦氏・藤原憲太郎氏の4人。外部出身は日本コカ・コーラ社長だった魚谷雅彦氏だけで、残る3人は入社から29年から35年を経た生え抜きである。ただし末川久幸氏はウエラジャパン社長を経ての復帰、藤原憲太郎氏は韓国・中国の現地法人と、社外か海外で結果を出している。
- 任期
- 在任10年超は、1940年就任の松本昇氏の14年と、1987年からの福原義春氏の10年にとどまる。直近3代は末川久幸氏が2年、魚谷雅彦氏が社長9年に会長CEO2年を足した約11年、藤原憲太郎氏が現任で3年半。魚谷雅彦氏だけが長いのは海外買収の後始末が任期をまたいだためと思われる。
- 含意
- 2024年3月に指名委員会等設置会社へ移り、取締役12名のうち8名が社外、取締役会議長も指名委員会の委員長も社外が務める。CEOは取締役会の決議で解任できる。ただしガバナンス報告書は後任候補の情報を現任CEOから受け取ると書いており、名前を最初に出すのは今も社内である。
1949〜1952年・4年/外部出身
1953〜1957年・5年/生え抜き
1958〜1963年・6年/生え抜き
1964〜1965年・2年/生え抜き
1966〜1973年・8年/生え抜き
1974〜1976年・3年/創業家
1977〜1982年・6年/生え抜き
1983〜1985年・3年/生え抜き
1986〜1995年・10年/創業家
1996〜1999年・4年/生え抜き
2000〜2003年・4年/生え抜き
2004〜2009年・2012〜2012年・通算7年/生え抜き
2010〜2011年・2年/生え抜き
2013〜2021年・9年/外部出身
藤原憲太郎現任
2022年〜現在・5年/生え抜き
藤原憲太郎
ふじわら けんたろう
生え抜き(1991年入社)。韓国資生堂社長、中国地域CEOなど海外事業を歩み、中国事業担当の常務から社長COOへ。2024年に社長CEO
魚谷雅彦
うおたに まさひこ
外部出身(2013年入社)。ライオン歯磨を経て日本コカ・コーラ社長・会長。2013年にマーケティング統括顧問として招かれ、翌年に外部出身として初の社長へ
末川久幸
すえかわ ひさゆき
生え抜き(1982年入社)。祖父は資生堂専務、父母も資生堂社員。ウエラジャパン社長・P&Gを経て2006年に復帰し、経営企画部長から52歳で社長へ
前田新造
まえだ しんぞう
生え抜き(1970年入社)。マーケティング本部化粧品企画部長、国際事業本部アジアパシフィック地域本部長、経営企画室長を経て社長へ。2013年に会長から社長を兼務して再登板
池田守男
いけだ もりお
生え抜き(1961年入社)。牧師を志して神学部に学んだのち入社し、秘書・総務畑で歴代5人の社長に仕え、副社長から社長へ
弦間明
げんま あきら
生え抜き(1959年入社)。20年余りを国内販売で過ごし、1982年資生堂コスメティチ・イタリア社長、1987年取締役チェインストア部長、1990年常務、1992年専務、1996年副社長を経て社長へ
福原義春
ふくはら よしはる
創業家(1953年入社)。創業者・福原有信の孫。シセイドーコスメティックス(アメリカ)代表取締役、企画部次長、取締役外国部長、常務・専務を経て1987年副社長、同年7月に社長へ
大野良雄
おおの よしお
生え抜き(1939年入社)。1972年取締役、常務・専務を経て1982年副社長。山本吉兵衛社長の死去を受けて社長へ。在任中の1987年7月に死去
山本吉兵衛
やまもと きちべえ
生え抜き(1936年入社)。宣伝部長・チェイン部長など販売畑を歩み、1970年取締役、常務・専務を経て社長へ。在任中の1984年10月に死去
福原信和
ふくはら のぶかず
創業家(創業者・福原有信の孫、父は有信の長男・福原信一)。1952年取締役、1962年常務、1973年専務を経て社長へ
岡内英夫
おかうち ひでお
生え抜き(1929年入社)。1947年取締役、1960年常務、1966年専務を経て社長へ。1975年に会長
森治樹
もり はるき
生え抜き(1926年入社)。大阪支店に入社し財務畑を歩み、1941年財務部長、1944年取締役、1947年常務、1961年専務を経て社長へ
伊藤隆男
いとう たかお
生え抜き(1916年入社)。中学卒業と同時に入社し、1927年取締役、1948年大阪資生堂専務を経て社長へ
伊与田光男
いよだ みつお
生え抜き(1920年入社)。東京帝大の大学院で研究を続けながら入社し、1930年取締役、専務を経て社長へ
松本昇
まつもと のぼる
外部出身(1917年入社)。ニューヨーク大学を卒業後、初代社長・福原信三に招かれて支配人となり、1927年専務取締役を経て社長へ