ニフコ の歴史

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創業 1967年
創業者 小笠原敏晶
創業地 東京都
創業
1967年2月、貿易商社の日英物産と米イリノイ・ツール・ワークスが合弁で日本工業ファスナーを資本金4,800万円で設立した。出資は日英物産が60%、ITWが40%で、同時に結んだ技術援助契約により、金属の留め具をプラスチックへ置き換える特許と量産技術が日本へ入った。小笠原敏晶氏の側に技術は無く、代わりに売ってよい地域を日本と極東に限る条件を受け入れている。1970年12月に株式会社ニフコへ商号を変更し、1977年10月には出資者だった日英物産を吸収合併した。1979年7月に東京証券取引所市場第二部へ上場し、1984年3月には第一部へ指定されている。
決断
技術を借りる代価として差し出した売り先の広さを、35年かけて取り戻した。1967年の合弁契約は、プラスチック製ファスナーの特許と量産技術を得る代わりに、売ってよい地域を日本と極東に限る取引だった。国内の自動車と家電が伸びるあいだ、この線引きは費用として意識されない。需要が頭打ちになった1996年には英字新聞と高級ベッドの会社を取得し、本業の外に収益源を探している。2001年に東芝出身の渡辺隆治氏が社長へ就任し、翌2002年にITWとの提携を完全に解消して主力品目を絞った。数百種あった品目は15種へ集約された。極東という線を消したことが、国内の自動車生産に業績を委ねる構成を解き、海外売上高が7割を占める会社へ入れ替えた。
現況
利益の9割は、車の内装に使う樹脂の留め具が生んでいる。2026年3月期の連結売上高は3,526億円、営業利益481億円、純利益341億円で、合成樹脂成形品事業が売上3,157億円・利益477億円、ベッド及び家具事業が370億円・利益60億円を計上した。後者は1996年に取得したジャパンタイムズとシモンズのうち、現在まで残った側にあたる。地域別では日本1,070億円に対し海外が2,456億円を占め、米国722億円、韓国412億円、中国402億円が続く。2024年には2013年に取得したドイツKTS系の欧州事業を独ファンドへ譲渡し、政策保有株式も縮減した。中期経営計画は2027年度のROIC18〜20%と総還元性向45%以上を掲げ、売上規模から投じた資本の利回りへ経営目標を置き換えた。
競合
系列に属さない樹脂部品メーカーとして、営業利益率13%台を保っている。トヨタ紡織は1972年に紡織からトヨタ向け自動車部品へ売り先を入れ替え、現在も売上の9割弱をトヨタグループ向けが占める。豊田合成もトヨタ自動車が株式の43.58%を保有する。これに対しニフコの上位株主は信託銀行と創業者の記念財団で、特定の完成車メーカーが議決権の過半を持たない。そのため納入先は国内外に散り、競争の焦点は留め具1点の単価ではなく、車1台あたりに搭載される点数と、内装の設計段階から提案できるかへ移っている。どの系列にも属さなかったことが、量ではなく1台あたりの搭載金額で伸ばす売り方を選ばせた。
ニフコ:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年3月期2026年3月期

創業ストーリー 日米合弁ファスナーメーカーの創業と東証一部上場 (1967年〜)

小笠原敏晶氏のキャリアとITW合弁設立

1967年2月、日英物産株式会社と[1]米国イリノイ・ツール・ワークス(ITW)社の合弁により、日本工業ファスナー株式会社(資本金48,000千円)が設立された[2]。創業者の小笠原敏晶氏は終戦直後に22歳でロンドン大学を卒業した英語通で、貿易商社『日英物産』を立ち上げ、外貨規制下で葉タバコの取り扱いシェアを確保して業容を拡大していた。1960年にはベルクロ社から技術導入した製品を『マジックテープ』として国内販売するなど、貿易業と技術提携を組み合わせる経営を志向した。1960年代に小笠原氏は政治家を志して米国プリンストン大学ロースクールへ留学、政治家にはならなかったものの留学中にITW経営陣と知遇を得て、ITWから工業用ファスナーの日本進出案を持ちかけられた。これを受けて日英物産とITWの合弁会社として日本工業ファスナーを設立、ITWが保有するプラスチック製ファスナーの特許利用を許可された。設立時の出資比率は日英物産60%・ITW40%で小笠原氏が主導権を握ったが、ニフコの展開地域は契約上、日本を含む極東地域に限定され、ITWの工業ファスナー部門の日本法人という位置づけとなった。

  • ニフコ 有価証券報告書
    • [1]1967年2月 日英物産とITWの合弁で日本工業ファスナー株式会社を設立
    • [2]設立時資本金 48,000千円

小笠原氏自身、後年の講演でこの合弁の内実を語っている。日英物産とITWがニフコ(日本工業ファスナー)を設立した当時の契約は、ITWが工業用プラスチック・ファスナー技術を提供する対価としてロイヤリティを、日英物産が経営ノウハウを提供する対価としてマネージメント・フィーを取る仕組みで[3]、技術と経営の両輪を分担する体制だった。その後ニフコの業績が伸びて双方の信頼感が強まったことを受け、昭和51年末(1976年末)の契約更新でニフコに有利[4]な条件へと改定された。

1970年12月に株式会社ニフコへ商号変更し[5]、自社ブランドでのプラスチック製ファスナー製造販売を拡大させた。1960年代後半の日本は高度成長期の終盤にあり、自動車・家電・建材といった工業製品の量産化が進む過程で、金属部品をプラスチック成形品で代替する技術需要が立ち上がりつつあった。日米合弁による技術導入という出自は、後の海外展開で米国・欧州への進出を比較的早期に実行した背景に直結している。

  • ニフコ 有価証券報告書
    • [5]1970年12月 株式会社ニフコへ商号変更
  • ニフコ 有価証券報告書
    • [1]1967年2月 日英物産とITWの合弁で日本工業ファスナー株式会社を設立
    • [2]設立時資本金 48,000千円
    • [5]1970年12月 株式会社ニフコへ商号変更
    • [3]設立当初の契約はITWがロイヤリティ、日英物産がマネージメント・フィーを取る体制だった(小笠原敏晶社長講演)
    • [4]昭和51年末(1976年末)の契約更新でニフコに有利な条件へ改定された(小笠原敏晶社長講演)

自動車メーカーへの追随進出と国内拠点網

1969年7月に大阪市西区へ大阪営業所を新設し[6]、関西に集積する家電メーカーへの売り込みを開始した。ニフコの受注1号は松下精工(パナソニック系列)の換気扇向け留め具で、ITW特許を活用した『プラスティリベット』として納入した。1976年12月、愛知県豊田市に名古屋工場を新設[7]、トヨタ自動車向けの自動車用工業ファスナーを生産する体制を整えた。1969年ごろから名古屋に営業拠点を置いてトヨタ向け営業を強化していた経緯がある。1977年10月、株式の額面金額を500円から50円へ変更する目的で日英物産株式会社を吸収合併[8]、株式上場に向けて創業者を中心とした資本関係を整理した。

  • ニフコ 有価証券報告書
    • [6]1969年7月 大阪市西区に大阪営業所を設置
    • [7]1976年12月 愛知県豊田市に名古屋工場を新設
    • [8]1977年10月 日英物産を吸収合併(額面500円→50円)

1978年5月の北九州営業所[9]、1980年9月の相模原工場[10]、1982年4月の宇都宮事業所[11]、1984年4月の浜松出張所[12]、1987年8月の広島事業所[13]、1990年3月の東京支社(東京都港区)[14]と、主要自動車メーカーの本社・主力工場立地に合わせて国内拠点を順次設けた。宇都宮事業所はホンダ向け、広島事業所はマツダ向けの取引拡大を狙った立地で、ニフコの拠点配置は日本自動車メーカーの現地体制と同じ構造で進んだ。

  • ニフコ 有価証券報告書
    • [9]1978年5月 北九州営業所を設置
    • [10]1980年9月 相模原工場を新設竣工
    • [11]1982年4月 宇都宮事業所を新設竣工
    • [12]1984年4月 浜松出張所を設置
    • [13]1987年8月 広島事業所を新設竣工
    • [14]1990年3月 東京都港区に東京支社を設置

1979年7月に東京証券取引所市場第2部へ上場[15]、1984年3月には同第1部へ指定された[16]。設立から17年で東証一部上場という比較的早いペース[17]は、自動車メーカー向けプラスチック成形品の量産受注が60〜70年代を通じて拡大したことと、ITW技術導入による製品開発力で国内競合に対する競争優位を保ったことが背景にある。

  • ニフコ 有価証券報告書
    • [15]1979年7月 東京証券取引所市場第2部に上場
    • [16]1984年3月 東京証券取引所市場第1部へ指定
    • [17]設立(1967)から東証一部指定(1984)まで17年
  • ニフコ 有価証券報告書
    • [6]1969年7月 大阪市西区に大阪営業所を設置
    • [7]1976年12月 愛知県豊田市に名古屋工場を新設
    • [8]1977年10月 日英物産を吸収合併(額面500円→50円)
    • [9]1978年5月 北九州営業所を設置
    • [10]1980年9月 相模原工場を新設竣工
    • [11]1982年4月 宇都宮事業所を新設竣工
    • [12]1984年4月 浜松出張所を設置
    • [13]1987年8月 広島事業所を新設竣工
    • [14]1990年3月 東京都港区に東京支社を設置
    • [15]1979年7月 東京証券取引所市場第2部に上場
    • [16]1984年3月 東京証券取引所市場第1部へ指定
    • [17]設立(1967)から東証一部指定(1984)まで17年

海外展開と1986年のITW株式売却

1985年1月、韓国亀尾市に合弁会社Korea Industrial Fastener Corporation(現Nifco Korea Inc.)を設立[18]、1986年11月には米国オハイオ州にITW-Nifco Inc.を合弁設立した[19]。米国オハイオ州はホンダの米国進出先であり、日本自動車メーカーのグローバル化に合わせてニフコも海外展開を始めた。1987年7月に中国香港子会社Nifco (HK) Ltd.[20]、1988年11月にタイ・バンコクの合弁Union Nifco Co., Ltd.[21]と、東南アジア・中華圏への拠点設置をした。

  • ニフコ 有価証券報告書
    • [18]1985年1月 韓国亀尾市にKorea Industrial Fastener Corporation(現Nifco Korea Inc.)を合弁設立
    • [19]1986年11月 米国オハイオ州にITW-Nifco Inc.を合弁設立
    • [20]1987年7月 中国香港子会社Nifco (HK) Ltd.を設立
    • [21]1988年11月 タイ・バンコクにUnion Nifco Co., Ltd.を合弁設立

1986年、合弁パートナーのITW社は機械コングロマリットを志向するM&A資金捻出のためにニフコ株式の売却を決定し、ニフコへ売却を打診した。ニフコはITWとの資本関係を解消、ITWの保有比率は23.1%から1.8%へ低下した。同年、小笠原氏はジャパンタイムズの経営権を個人で取得し、日米貿易摩擦が深刻化するなかで英字新聞の経営に参画した。1990年7月、英国クリーブランド州でElta Plastics Ltd.(現Nifco U.K. Ltd.)を買収し、欧州初の生産拠点を獲得した[22]。欧州自動車メーカー(フォルクスワーゲン・BMW・ダイムラー・ルノー・PSA)の現地サプライヤー認証取得を目的とした買収で、80年代後半のITW-Nifco(米国合弁)に続く現地法人化の第2弾となった。1990年2月に山形県山形市へ合弁会社・株式会社JTニフコ(現株式会社ニフコ山形)を設立[23]、日英物産時代の取引先であったJT(日本たばこ産業)の工場閉鎖に伴う雇用継承を目的とした拠点で、地域雇用の維持と工業用ファスナー生産を組み合わせた。1991年12月には熊本県菊池郡に九州JTニフコ(現株式会社ニフコ熊本)を設立[24]し、東北・九州の自動車生産拠点向け供給体制を整えた。

  • ニフコ 有価証券報告書
    • [22]1990年7月 英国でElta Plastics Ltd.(現Nifco U.K. Ltd.)を買収し欧州初の生産拠点を獲得
    • [23]1990年2月 山形県山形市に株式会社JTニフコ(現ニフコ山形)を設立
    • [24]1991年12月 熊本県菊池郡に九州JTニフコ(現ニフコ熊本)を設立
  • ニフコ 有価証券報告書
    • [18]1985年1月 韓国亀尾市にKorea Industrial Fastener Corporation(現Nifco Korea Inc.)を合弁設立
    • [19]1986年11月 米国オハイオ州にITW-Nifco Inc.を合弁設立
    • [20]1987年7月 中国香港子会社Nifco (HK) Ltd.を設立
    • [21]1988年11月 タイ・バンコクにUnion Nifco Co., Ltd.を合弁設立
    • [22]1990年7月 英国でElta Plastics Ltd.(現Nifco U.K. Ltd.)を買収し欧州初の生産拠点を獲得
    • [23]1990年2月 山形県山形市に株式会社JTニフコ(現ニフコ山形)を設立
    • [24]1991年12月 熊本県菊池郡に九州JTニフコ(現ニフコ熊本)を設立

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ニフコの沿革1967〜2013年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1967〜1990年日米合弁ファスナーメーカーの創業と東証一部上場日英物産と米ITWの合弁による日本工業ファスナーの設立

1967年2月、貿易商社の日英物産と米国イリノイ・ツール・ワークス(ITW)が資本金48,000千円で日本工業ファスナー(現ニフコ)を設立した。出資は日英物産60%・ITW40%で、あわせてITWと技術援助契約を結んだ。

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★★★
ITWと技術援助契約を締結★★
名古屋工場を新設
日英物産を吸収合併(株式の額面金額を500円から50円に変更)
北九州営業所を開設
東京証券取引所市場第2部に上場
相模原工場を新設竣工
合弁会社、台湾扣具工業股份有限公司を設立
合弁でKorea Industrial Fastener Corporationを設立
合弁会社、ITW-Nifco Inc.を設立
バンコク市に合弁会社、Union Nifco Co., Ltd.を設立
Elta Plastics Ltd.を買収
1990〜2012年多角化の試行とITW提携完全解消による自動車部品集中子会社、上海利富高塑料制品有限公司を設立
Nifco U.S. Corporationを設立
ジャパンタイムズとシモンズの取得による資本負担の軽い多角化

1996年7月、ニフコは英字新聞のジャパンタイムズと、米国の寝具ブランドを扱うシモンズおよびSimmons Bedding & Furniture (HK) Limitedの株式を取得し、いずれも子会社とした。自動車部品以外の柱を国内に持つための買収であった。

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★★★
シモンズとSimmons Bedding & Furniture (HK) Limitedを子会社化★★
アクリプラス・グループ4社(Nifco Products Espana, S.L.U.)を買収★★
渡辺隆治ITWとの提携完全解消と主力品目15種への絞り込み

2002年、ニフコは創業以来のITWとの提携を完全に解消した。あわせて缶飲料向け結束材を手がける合弁子会社ニフコ・ハイコーン・リーシングの譲渡を決め、数百種に及んでいた主力品目を15種へ統一する方針を定めた。

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★★★
渡辺隆治主力品目を数百種から15種に統一★★
渡辺隆治タイニン省に子会社、Kifco Vietnam Ltd.を設立
渡辺隆治ポーランドのシフィドニツァ市に子会社、Nifco Poland Sp.z o.o.を設立
小野寺優グルガオン市に子会社、Nifco India Private Ltd.を設立
小野寺優ジャカルタ市に子会社、PT.Nifco Indonesiaを設立
山本利行イラプアト市に子会社、Nifco Central Mexico S.de R.L.de C.V.を設立
2013年〜ドイツKTS買収と「資本効率重視」への変革(2013〜現在)山本利行ニフコ技術開発センターを新設竣工
山本利行KTS社・そのグループ会社を買収★★
出典・参考

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