ジャパンタイムズの取得(1996年・ニフコの決断) 更新:2026/07/22 論点 頭打ちの本業を異業種の取得で補うか ニフコ:業績の推移 売上高(億円)当期純利益率(%) シモンズを併せた取得で進めた、資本負担の軽い事業の多角化 何をなぜ決めたか:シモンズを併せた取得で進めた、資本負担の軽い事業の多角化 概要 1996年7月、ニフコは英字新聞のジャパンタイムズと、米国の寝具ブランドを扱うシモンズおよびSimmons Bedding & Furniture (HK) Limitedの株式を取得し、いずれも子会社とした。自動車部品以外の収益源を国内に持つための買収であった。 背景 連結売上高は1992年3月期の508億円から1996年3月期の468億円へ4期で減っていた。ITWとの契約で売れる地域は極東に限られ、国内の自動車需要が伸びなければ業績もそのまま止まる関係にあった。 内容 買ったのは新聞発行とベッド販売という、樹脂成形とは無縁の二つの事業である。設備を新たに起こさず、出来上がった事業と顧客をそのまま引き取る形をとった。同じ年、中国・上海と米国オハイオ州には自前の子会社を設立している。 含意 買収の翌期、連結売上高は468億円から647億円へ増えた。二つのうち英字新聞はのちに連結の外へ出た一方、ベッドは"ベッド及び家具事業"として残り、2025年3月期に売上高371億円・全社の11%を占めている。 いつ何が起きたか 6件 考察:資本を使わない多角化という選択 考察 考察:資本を使わない多角化という選択 1996年の買収は、成長が止まった部品メーカーが選んだ逃げ道の設計として読める。海外へ売り先を広げる道は契約で塞がれ、国内の自動車需要は伸びない。残された手は本業の外に収益源を置くことであり、そこで工場を建設する投資ではなく、顧客と販路のついた会社を買う方法が採られた。技術を外から買って国内で売るという創業以来の型が、ここでは事業そのものを買うところまで進んだ。 選んだ二つの事業の性格は対照的であった。英字新聞は経営者個人の関心と結びつき、規模の面では本業の傍らに置かれたまま連結の区分から消えた。寝具は自動車生産と無関係な需要を国内に持ち、部品と並ぶセグメントとして残った。2025年3月期のベッド及び家具事業の売上高371億円は、買収当時のニフコ連結売上高468億円の8割に当たる。 Yutaka Sugiura, 2026年7月 参考文献 参考文献 参考ニフコ 有価証券報告書(連結)ニフコ 有価証券報告書【沿革】ニフコ 有価証券報告書(2015年3月期)ニフコ 有価証券報告書(2025年3月期)ニフコ 公式サイト「沿革」証券アナリストジャーナル 1979年8月号(17巻8号)小笠原敏晶講演公益財団法人 小笠原敏晶記念財団「設立者 小笠原敏晶」 次に読む決断 ニフコの意思決定1967年ニフコニフコ米ITWとの合弁設立日英物産との出資による日本工業ファスナーの立ち上げ1967年2002年ニフコニフコITWとの提携解消提携の完全な解消と、扱い品目の主力15種への集約2002年同じ問い:飛び地への参入2004年楽天グループ楽天グループ東北楽天ゴールデンイーグルス設立50年ぶりのプロ野球への新規参入と、球団運営による知名度の向上2004年2004年ソフトバンクグループソフトバンクグループ福岡ダイエーホークスの買収球団保有への進出2004年1962年ヤマハヤマハレジャー事業への参入志摩・英虞湾の土地取得を起点とした事業領域の拡張1962年1990年パナソニックパナソニック米MCA買収し5年で売却7800億円を投じた大型買収から短期で手を引く、方針の転換1990年2004年メイテックグループHDメイテックグループHDドレーク・ビーム・モリン買収不況期の新たな収益源を求めた企業買収による事業の上積み2004年 × 出所