大塚HD米ファーマバイトの経営権取得と健康食品ブランド「ネイチャーメイド」の獲得
日本にサプリメント市場がない時代に、大塚明彦社長はなぜ米国の健康食品会社を買ったか
- 概要
- 1989年、大塚製薬は米カリフォルニア州のサプリメントメーカー、ファーマバイト社の経営権を取得した。同社の主力ブランド「ネイチャーメイド」をそのまま取り込み、日本にサプリメント市場がほとんど存在しない時代に、海外の健康食品事業を先取りした買収であった。
- 背景
- 大塚グループはオロナミンCやポカリスエットといった大衆消費財と輸液中心の医薬品を並走させて拡大してきた。1976年に社長を継いだ大塚明彦氏は「医薬品メーカーとして最後に生き残るのは世界で20社」との認識から国際化を掲げ、1982年以降は欧米に基礎研究所と米国現地法人を設けていた。
- 内容
- 1971年創業のファーマバイト社を買収し、米国でビタミン・ミネラルの有力ブランドに育っていた「ネイチャーメイド」を獲得した。同じ時期、国内でも大塚ベバレジの設立やネッスルとの缶コーヒー提携など、既存の枠に収まらない消費財事業の組み替えが進んでいた。
- 含意
- 取得から4年後の1993年に「ネイチャーメイド」を日本へ逆輸入し、後から国内市場を開いた。この買収は後年「ニュートラシューティカルズ関連事業」と呼ばれる第二の柱の出発点となり、2025年12月期には同事業の連結売上収益は5776億円へと育った。
市場より先に、ブランドを取りにいくということ
この買収を、海外M&Aの先見の明とだけ評するのは物語を単純にしすぎる。1989年当時、日本の製薬企業の海外買収はほぼ医薬品を狙ったもので、国内に市場すら存在しない健康食品の会社をまるごと取りにいった例はまれであった。大塚明彦氏が「世界で20社」に残るための国際化を掲げながら選んだ相手が、創薬ではなくファーマバイト社とネイチャーメイドだった点に、医薬と消費財を切り離さない大塚特有の発想が表れているとみることができる。
もっとも、この選択がすぐ実を結んだわけではない。ネイチャーメイドの日本発売は買収から4年後の1993年で、国内のサプリメント市場が本格的に立ち上がるまでにはさらに10年近くを要した。買収が第二の柱を用意したと言えるのは、その後の健康志向の広がりを知っているからにすぎない。市場のない領域を海外ブランドごと先取りする判断は、それが育つまでの長い時間に会社が耐えられるかどうかで評価が分かれる——大塚のこの買収は、その一例として読むことができる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
医薬と消費財を並走させる企業体質
大塚グループは徳島の零細企業から出発し、オロナイン軟膏やオロナミンC、ポカリスエットといった大衆消費財と、輸液を軸とする医薬品を同じグループのなかで走らせて拡大してきた。大塚正士氏が率いた1980年代前半、グループは徳島研究所に安全性試験とバイオ研究のための「ハイゼットタワー」を60億円かけて建設し、研究開発に大きく資金を割いた。医薬専業へ絞り込むのではなく、健康と消費財の境目に事業を広げる体質が、この時期にはすでに定着していた[1][2]。
1976年に父・正士氏の後を継いだ大塚明彦氏は、国際化を経営の中心に据えた。明彦氏は「医薬品メーカーとして最後に生き残るのは世界で20社ともいわれる。その中に入るためには国際展開は避けて通れない」との認識から、1982年以降、欧米3カ所に基礎研究所を設け、続いて米国に自社販売網を整える現地法人を設立した。ファーマバイト社の買収に踏み切る前に、海外へ足場を築く布石はすでに打たれていた[3]。
決断
市場のない領域を、海外ブランドごと取得する
1989年、大塚製薬は米カリフォルニア州のサプリメントメーカー、ファーマバイト社の経営権を取得した。同社は1971年に薬剤師のバリー・プレスマン氏らが創業し、ビタミン・ミネラルを扱う「ネイチャーメイド」を主力ブランドに育てていた。日本にサプリメント市場がほとんど存在しない時代の買収であり、当時の日本の製薬企業による海外M&Aは医薬品の獲得が中心だった。大塚はオロナミンCやポカリスエットの延長として、健康関連消費財の海外橋頭堡を選んだ[4][5]。
買収と同じ時期、大塚は国内でも消費財事業を組み替えていた。1989年2月に大塚製薬・大塚食品・大塚化学の3社共同出資で嗜好飲料の販売会社・大塚ベバレジを設立し、翌1990年7月にはネッスルと提携して「ネスカフェ」ブランドの缶コーヒーを扱う道を選んだ。自社生産にこだわる正士氏と、独自のコンセプトを貫く明彦氏の意見は割れたが、明彦氏が方針を押し通した。海外でも国内でも、既存の枠に収まらない事業の作り方が同時に進んでいた[6]。
結果
逆輸入と、ニュートラシューティカルズという第二の柱
取得から4年後の1993年、大塚製薬はファーマバイト社から「ネイチャーメイド」を輸入し、日本での販売を始めた。米国で育ったブランドを先に押さえ、後から国内市場を開いていく順序で、通常の製薬M&Aの論理では説明しにくい。国内のサプリメント市場は1990年代末から2000年代にかけて健康志向の高まりとともに本格化し、ネイチャーメイドは日本でも主要ブランドの一つに育った[7]。
この買収は後年、「ニュートラシューティカルズ関連事業」と呼ばれる第二の柱の出発点となった。2025年12月期には同事業の連結売上収益は5776億円に達し、グループ全体の約2割を占めた。医薬品事業が特許切れや臨床試験の失敗で揺れる時期でも、消費財の現金収入が業績を下支えする構図がこの時期に定着した。ポカリスエットとネイチャーメイドを看板とする消費財の厚みは、1989年のこの判断に源流を持つ[8]。
- 日経ビジネス 1982年10月18日号「大塚製薬グループスタディ 消費不況と無縁。“元気ハツラツ”快進撃」
- 日経ビジネス 1983年7月25日号「大塚正士[大塚製薬会長]経営者 強運をとらえた反常識経営の勝者」
- 日経ビジネス 1990年7月30日号「大塚製薬 ネッスルと提携、あえて没個性の危険冒す」
- 日経ビジネス 1991年4月15日号「21世紀へ 大塚明彦[大塚製薬社長]の100人「経営は理詰めでやります」」
- Pharmavite「History」(大塚グループ公式サイト)
- 大塚製薬 沿革「これまでの歩み 1984〜1993」(大塚グループ公式サイト)
- 大塚ホールディングス 有価証券報告書(2025年12月期・連結・IFRS)