三共の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

一品に経営資源を集中して高収益を得たが、二品目を得られずに終わった。1914年の輸入途絶を機に国産化へ進み、同じ年に日本最初の合成樹脂、1924年に農薬、1932年にパン用イーストと、薬の外まで領域を広げている。1938年以降は朝鮮・満州・台湾・北支・中支の五社と大連工場を外地に置き、その全てを敗戦で失った。戦後は1949年の人員整理と、米パーク・デイビス社から供与された抗生物質クロロマイセチンで立ち直り、1953年に東西両代理店制を直売制へ改めている。1973年に自社の醗酵研究所が青かびから見つけた阻害物質を、18年かけて高脂血症治療薬メバロチンとして1989年に発売した。1993年度には売上首位の武田薬品工業の経常利益を上回った。

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